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悪魔狩りの魔女  作者: 華井夏目
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16.悪魔と魔物は似て非である

「結局、グリゴリ事件の原因は分からずじまいだったね。」


 移動授業の最中にフレンダがそう言った。あの事件からもう一週間経つ。なのに、先生達からは明確な情報は伝えられず、私達は何も分からないまま事件前と同じ学校生活を送っている。


 だからなのか、同様に野外授業に出ていたシスター達によってあっという間に様々な噂が広まった。突然現れたグリゴリは生態系の変化だとか、人を喰う為に行動範囲が広がってるんじゃないかとか。


 中には誰かがグリゴリを呼び込んだんじゃないかと言う噂さえ流れた。そんな事はあり得ないと思うが・・・


 すると、一緒に歩いていたエレナがフレンダに少し怪訝な表情をして言葉を返す。


「と言うか、先生が教えてくれなかったんでしょ?」


「ええ。この間リン先生に訊いてみたけど何も答えてくれなかったわ。」


「・・・ねぇそれ、訊く相手間違えてない?」


 (あかり)の言葉にエレナが呆れた顔をしてそう返した。その反応に彼女の後ろでヘレンも「まちがえてる。」と相槌を打つ。二人のその反応に私は首を傾げた。


 そんなこんなで私達は揃って大講義場へ辿り着く。今日は中止になった野外授業の穴埋めという事で、野外授業を受けた二クラスが一つの部屋に集まり授業を受ける事になる。なので、いつもは別のエレナとヘレンが一緒と言う訳だ。


「・・・この間は屋外であんまり気にならなかったけど、二クラス合同だとやっぱり人が多いね。」


 部屋に入って早々にフレンダがそう言った。まあ実際、室内はシスターで溢れかえっており、それぞれグループを成して騒々しく雑談をしている。その中には行儀悪く机に座って大笑いしているシスターもいて私は少し彼女らの品性を疑ってしまう。


 密かに私がそう思っていると、その様子を横目にエレナがフレンダに返事を返す。


「そりゃそうでしょ。それよりどこ座る?」


「どうする?」


 エレナの質問にフレンダが質問を重ねる。それに対してエレナは意見を仰ぐ様に私に視線を移す。それを受けた私はふとヘレンを見ると彼女は彼女で明後日の方向を見ている。


 これは決まらなさそう・・・・仕方ないので私が「真ん中辺りでいいんじゃない?」と言うと三人はそれにすんなりと同意して私が推奨した席に座った。


 それから程なくして講師のサリーが入室してきて声を上げる。


「ほら!もう時間だよ、席に着いて。そろそろ始めるよ。」


 その声に従って生徒達は各々席に着き始める。さっきまで机に座っていたシスターも近くの席に座り受講の準備をしている。そして、教壇に立ったサリーは全員が着座したのを確認すると授業を開始した。


「ん、それじゃあ悪魔と魔物についての詳細とその違いについての授業を始めます。今日は合同授業だけど、だからって遊ばないでよ。お願いだから。」


 サリーは私達に頼み込むようにそう言うと持ってきた教材を開いてゆっくりと話し始める。


「さてと。先ず、悪魔とは魔力汚染により精神が侵され肉体が変異した生物の総称の事で、捕食衝動に駆られ、種族問わず貪り食う残酷な——」


「先生!この間の野外授業は何だったんですか?」


 サリーの話を遮る様に一人のシスターが声を上げる。その言葉に講義室内がざわつき、それに釣られるように別のシスターも声を上げた。


「グリゴリが出るなんてあり得ませんよね?あの時、一体何が起きたんですか?」


 二人のシスターの疑念の言葉にサリーは困惑した表情を見せて苦しそうに言葉を返す。


「う~ん、その事は今教団が調査中で私にはちょっと分からないの。」


「でも、グリゴリって特級悪魔ですよね?そんなのが街に現れたら・・・」


「心配しなくても大丈夫よ。あのグリゴリは元の生息域に帰ったのは確認したから。それよりも。さ、授業やるよ。」


 少しピリついた空気が漂う中、サリーの言葉で半ば強引に授業は再開される。


 ・・・本当に、サリーは何も知らないのだろうか。私が見た限り、彼女は少し嘘を吐いている印象を受ける。全ては知っている訳では無いが何かを知ってる。と言った印象。だけど、話さない・・・ということは、何か話せない事情が——


 あるか。何せ相手は特級悪魔、ここでそれを言ってしまえばパニックになる恐れがある。その事もあって教団から口止めされてるのかも。




 悪魔とは、魔力汚染によって肉体・精神共に変異した地球上生物の総称である。


 この生物は強力な魔法を行使し、あらゆる生物を無差別に貪り食う。通常兵器では彼らの身体に傷すら付かず、更には魔力のエネルギーにより不老である。


 悪魔に寿命という概念は存在しない。あるのは膨大な魔力のエネルギーによる、不死に匹敵する生命力だけ。その為、彼らを殺すには魔力を用いた攻撃で生命源の核を破壊するほか無い。


 これが、悪魔である。魔力が充満するこの地球に生息する全ての生物は、等しくこの生物になる危険性を持っている。


 悪魔には数多くの種類が存在しその種類を大まかに分類すると、人型、動物型、植物型の三種類である。一般的に個体数の多いとされる人狼型は人型に分類され、それぞれの型の違いで力に差は生まれる事は無い。だが、魔女と同様に保有する魔力が多いほどそれだけ力は強くなる。ただ一つ違いを言うなら——


 悪魔は、生物を捕食する事でその魔力を高める事が出来る。


 もっと正確に言えば、捕食によりその生物の魔力を直接摂取する事で自身の魔力を高めるという仕組み・・・なのだが、これは私達魔女も同じ方法で魔力を高める事は可能である。


 だから、魔女の中には力欲しさの為に人や動物を殺し、その魔力を摂取して力を高めようとする者も決して少なくはない。


 しかし——


「くれぐれも皆さんはやらないように。そんな事をすればすぐに悪魔化しますので。」


 今、サリーが言った様にそれを行えば即座に自身の許容魔力量を越えて汚染が始まる。そうなれば、身体は凄まじい速さで悪魔化を起こす。


 この悪魔化とは、文字通り悪魔になる現象の事を言う。生物が持つ魔力の耐性の許容量を超えると、魔力が持つ毒性が肉体に影響を与え形状や性質を大きく作り変え始める。そして、魔力の毒は核さえも侵食し体内魔力を活性化させ急激に増幅させる。それにより急増した魔力は中枢神経を汚染し生物の精神を崩壊させる。そうなれば、生物は理性を失い生物本来の欲求に過剰になり、制御が効かない怪物になり果てる。


 一度、悪魔化すれば元の生物に戻す事は叶わない。それは汚染された身体を元に戻す方法が存在しないからである。これは約百年の研究の結果、教団が下した決定的な事実である。だから、悪魔は殺さなければならない。相手が何であろうと、誰であろうと・・・


「魔力は私達に限りない力を与えてくれます。でも、魔女はその危険性を理解してなきゃいけません。それがどんな物で、何を生むのかをね。特に私達狩り人は、悪魔達を殺す者としてそれをよく理解していなければなりません。」


 諭す様にサリーはそう言った。でも、その表情は少し悲しげで苦しそうだった。


 きっと、彼女は色んなものを見て来たのだろう。魔力に蝕まれて全てを失ってしまった多くの者達や、魔法と言う強大な力に溺れて壊し壊れてしまった人達を・・・


「さて、ここまで悪魔について説明しましたが、次は魔物についてです。」


 気持ちを切り替える様にそう言ったサリーはさっきまで暗かった表情を明るくして話を本筋へ戻した。


 今、サリーの口から出た魔物とは、野外授業の最中にも遭遇したが魔力の毒性に対して、その影響に適応する為に進化した生物の事である。個体によっては魔法を使う事もでき、悪魔と似た異形の形をしている。だが、〝決して悪魔ではない。〟


 この違いはその身体が魔力の毒に汚染されているかどうかである。見た目に差異はあるものの、その点で言えば魔物は他の生物と同じと言えるだろう。


 むしろ、魔物は魔力の毒性を浄化する器官があると言われており、滞留魔力の高い地域でも生息する事が可能なのだという。


 あくまで、そう言う仮説があるって言うだけだが・・・


 ——ここまで悪魔と魔物について説明してきて、魔物を含めて普通の生物と悪魔の違いは『魔力汚染』だと説明した。


 だがこれは、あくまで魔力というエネルギーの一側面でしかない。


 その為、汚染を受けて身体が変異したとしても身体の構造が著しく変化するという事は無い。悪魔になっても動物は動物、人間は人間としての肉体構造は残り、悪魔共通の構造の違いというものは存在しない。


 それどころか、悪魔は本来の生物の姿に擬態する事も可能であり、通常の手段では悪魔かどうかを見極める事はほぼ不可能である


 つまり、二者の違いを見極めるには『魔力その物を観測する力』がなければならない。


 だが、現在の技術を持ってしても魔力を観測する事は出来ず、唯一その力があるのは魔女だけと言うのが現状である。


 だから、悪魔かどうかを見極める事が出来るのは魔女だけであり、狩り人の役目は悪魔を狩るだけではなく悪魔かどうかを見極める審判官を務めなければならない。


「だから、悪魔と魔物の体内魔力の違いを知る必要があるんだけど、その授業が中止になっちゃった野外授業だったんだよね・・・」


 サリーはそう言って困った表情を見せる。その授業がグリゴリによって無くなってしまったのか。まあ尤も、私にとっては意味の無い授業だが——


「そっか、あの授業はその為の授業でもあったんだね。」


「でもそんなの、見ればわかるでしょ。」


 フレンダの言葉にエレナが呆れた口調でそう言った。その二人に私は開いたノートにペンを走らせながら言う。


「確認の為でしょう。分からない人もいるかもしれないから。」


「いないでしょ、そんな人。」


「いない。」


 折角の私のフォローをエレナとヘレンがすぐに否定した。もしかしたらいるかもしれないでしょうに・・・


 でも実際、大抵の魔女は悪魔を識別できるものだ。何故なら、人生の中で悪魔を見た事が無い人なんて赤子くらいだから。なので、魔力を感じ取れる魔女はその経験上から自然と悪魔を識別できるようになる。


「んんっ、この様に悪魔と魔物は、姿形は似ていても全く違う生き物と言う訳です。なのに同一視されやすいのは、魔女以外の人にそれを見極める術が無いから。だから、この二者は同じものだと見られやすい訳です。」


 咳払いをしてサリーは今までの話をまとめる。一瞬私達の会話が聞かれたのかとヒヤヒヤしたがどうやらそうじゃないらしい。


 すると、丁度そこに授業終わりの鐘が講義室に鳴り響いた。


「ん。じゃあ、合同授業はこれでお終い。みんな噂話はいいけど程々にね。かいさ~ん。」


 軽い口調でそう言い残したサリーは荷物をまとめて講義室から退室する。長い講義が終わりシスター達もそそくさと荷物をまとめ始めた。エレナ達も同様に荷物をまとめると、これからどうするかを話し始める。


「これからどうする?」


「またHexe行く?」


 エレナとヘレンがそう話す中、私は荷物をまとめ終わると立ち上がる。その行動にフレンダが怪訝な表情をして私に尋ねる。


「どこ行くの?あかり。」


「サリー先生にグリゴリの事を訊こうと思って。」


「え?でもさっき先生は知らないって言ってたよ?」


「そうだけど、何か知ってるかもしれないから。みんなはHexeに行ってていいよ。後で私も行くから。」


 私がそう言うとフレンダは「私もついて行く」と言って立ち上がった。私は「いいよ。」断りを入れるが、フレンダに釣られる様にエレナとヘレンもしょうがないねと言った様子で立ち上がる。そんなみんなの優しさに私は思わず笑みが零れた。


 そうして私達は急いでサリーの後を追った。


 彼女は本当にあの事件の事を何も知らないのだろうか——

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