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悪魔狩りの魔女  作者: 華井夏目
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14.二輪の花と堕ちた天使、です!

「あかり!」


 (フレンダ)の声は虚しく森の中へ消えて行き、彼女に届く事は無い。さっきまですぐそこに迫っていたグリゴリの大きな身体も私達から遠ざかり、突然襲った現実とは思えない脅威が離れていく。


 一先ずこれで私達に危険が及ぶ事は無くなった。


 ただ一人、あかりを除いて・・・


「あのバカ、グリゴリ相手に一人で行くなんてどうかしてる!」


 エレナが呆れた口調で声を荒立てる。でも、彼女が言った様に特級悪魔を私達から遠ざける為に一人おとりとなったあかりは、あの丘のような巨体の向こう側——


 コウモリなのに地上速度が時速百五キロという、最早それは陸上生物じゃないかってツッコミを入れたくなるような馬鹿げた速度で爆走するグリゴリを彼女は今も必死に引き付けている。


「どうする?このままじゃ、あかり危ない。」


 動揺した声でヘレンが言葉を漏らした。


 どうする・・・ホントにどうする?このままじゃ、あかりは間違いなく殺される。自動車並みの速度じゃ逃げ延びるなんて絶対に不可能。グリゴリが起こす倒木の所為で隠れてやり過ごすのも危なくて難しいはず・・・


 これじゃ本当に、彼女が殺されるのも時間の問題——


「二人は先生にどうにかこの事を伝えて!あかりは私が!」


「ちょっ!ちょっとフレンダ⁉」


 エレナの制止を聞かず私は邪魔なリュックを脱ぎ捨ててあかりを助けにグリゴリの後を追って走り出した。


 ・・・どうしてこんな事をしたのか自分でもよく分からない。どうしようもなく怖かったし、行っても自分に何ができるかなんて分からなかった。


 でも、あかりが死んでしまう。それが、どうしようもなく嫌だった。


 もう誰も死んでほしくない。もう、誰かが悪魔に殺されるのを見たくない。その想いで私は専科に入って狩り人を目指して勉強してるんだ。


 だから、彼女を見捨てられない。どんなに危険でも彼女を助けたい。


 彼女が私より強い事は知ってる。行ったところで私は足手まといにしかならないかもしれない。


 それでも、危険を冒している彼女を前に何もしないなんて出来ない。あの時、通路から落ちた私を助けてくれた彼女の様に、今度は私が彼女を助けるんだ。


 私はグリゴリで荒らされた森の中を走り抜ける。倒れた木々を飛び越え、抉られた地面に足を取られながらあかりの元へ急ぐ。


 時折グリゴリが起こす土煙がジグザグと蛇行するように青天の空に立ち込める。それを目印に近づいて気付いたけど、土煙が上がる場所からあかりの魔力が感じられる。それと一緒に、グリゴリの嫌な魔力も——


 それを知って私は一層あの土煙へ歩を急がせる。いち早く一人と一匹の前へ。


「主はここに来たる。悪しきものよ、心せよ。主は汝の罪を咎める。主は汝の行いを罰する。主は汝に終局を告げる。されど、主は汝を赦す。魔に呑まれた哀れなものよ。その魂に救済を、Amenエィメン.」


 走りながら祈りの言葉を捧げた私は胸の前で十字を切る。念の為と思って捧げた祈りの言葉だけど、不思議と心が落ち着き引き寄せられる様に魔力が高まっていく。おかげで、グリゴリへの恐怖心も少しだけ薄れた気がした。


 再び土煙が上がる、それもかなり距離が近い。私は意を結して草木を突き破って土煙が上がった方向へ飛び込んだ。


「え⁈フレンダ⁉」


 どんぴしゃ!木々の隙間から飛び出した私はグリゴリから逃げるあかりの真ん前に辿り着いた。突然現れた私にあかりが驚いた表情を見せている。


 だけど、そんな私達の再会には一切構わずグリゴリが腕を振り上げて私達に襲い掛かる。


紫陽花の移り気ハイドランジア・チーティング!」


 私の声と共に青や紫、ピンク、白の色鮮やかな無数の紫陽花が私の魔法で空に咲き誇る。その華やかな光景にあかりは思わず目を見張っている。でも、それは振り下ろされたグリゴリの腕で舞い上がり、散った花弁が視界を覆い隠す。


 その瞬間、私の紫陽花は本当の意味で開花する。


 花弁のカーテンから現れたのは何人もの『私』と『あかり』。姿形も私達そっくりなそれらはグリゴリの周りで動揺した様子で立ち尽くす。そして、慌てた様子で逃げ回り始める。


 突然増えた私達を目の当たりしてグリゴリは目に見えて困惑している。


「あかりこっち、これそんなに長く持たないから。」


 そう言って私はグリゴリと一緒に困惑しているあかりの手を引く。あかりは目の前の光景に見とれて足をもたつかせながらも素直について来てくれる。


 今私が使った魔法は私と私の周りにいる生物の幻を他の場所に投影する魔法。それぞれが自立して動く分身で相手を困惑させる。


 ・・・って言うものなんだけど、分身は攻撃を受けるとすぐに消えちゃうから、本当に時間稼ぎにしかならない。だから、あいつが動揺している間に少しでも距離を取らないと・・・


「フレンダ!なんで来たの⁈」


 私に手を引かれているあかりが未だに驚きを隠せない様子でそう声を上げる。


「あかりが独りで行くからでしょ⁈流石に一人じゃ無茶だよ!」


「だからってここに来たら——」


 私の言葉にあかりが答えようとするけど、それを言い終わる前に急にあかりが私を押し倒した。


 あかりの突然の行動に驚愕して声を上げようとした時、眩い閃光と凄まじい強さの暴風が私達に吹き付けた。凄まじい振動が起こり空から砂が降ってくる。


 何が起きたのか分からず困惑する私は状況を確認しようと体を起こした時、不意に何か違和感を覚えて走っていた方向に視線を向けた。そして、私は目を疑った。


 そこはさっきまではまだ何の変哲もない森林が広がっていた。広がっていたはずなんだ。なのに、そこにはもう、『何も』なかった。


 私達の目の前にあった木々達は一直線に地面ごと削り取られていて、その周りの木も新しく出来た荒れた道に被らない様にしてるみたいに薙ぎ倒されていた。


「なに、これ・・・」


 思わずそんな言葉が漏れた。今の一瞬で何が起きたのか未だに分からない。でも、こんな事が起こるなんて尋常じゃない事くらい私にだって分かる。


「フレンダ立って!逃げるよ‼」


 あかりにそう言われるまま私は彼女に強引に立たされる。そのままその小さな身体のどこからそんな力が出てくるのかってくらいの強い力で私は腕を引かれ、私達はまだ無事な森の中へ逃げ込む。


 でも、そんな行動もグリゴリにとっては地面を這うアリみたいなもので、すぐに私達を捉え私達に向かって大きく口を開く。開かれた口の前に魔法陣が描かれ魔力が増大していき、それは次第に光を集束して眩い光を放ち始める。


 嫌でも分かった。一瞬で木々を消し去ったあの閃光・・・あれは、あれが撃たれたからだったんだ。


「あかり‼」


 本能的に私は叫んだ。あれをどうにかできるとは思えない。でも、何とかしないと——


「花帯・梅!」


 あかりはそう言って和傘を手の中に出現させる。その和傘は傘の部分が異常に大きく、傘というより大きな盾みたいだった。


 あかりはその盾の様な傘を持つと私の腕を引き自分の背中に回して和傘の陰へ誘導する。その瞬間、さっきの閃光が辺りを包む。途端に熱が伝わり焼けるような熱さが私達の肌を焦がす。


 気付けば、あかりはあの花魁の姿になっていた。


 何度見ても心奪われる着物姿、その着物の長い袖がグリゴリの魔法ではためき、腰の帯が地面に突き刺さって彼女の身体を支えている。


 戦場に居るには余りにも場違いな綺麗な姿。だけど、この姿になるって事は遂に彼女が本気になったって事なんだ。


 でも、これはただの延命処置。状況は何も変わってない。ここからどうにかしないと——


 あかりの陰で私が独り苦悩していると、彼女は更に腰の帯の数を増やし、その帯を伸ばしてグリゴリに直接攻撃を仕掛ける。あかりの和傘と魔法の閃光に遮られて私には何も見えないけど、咄嗟のその攻撃が効いたのかグリゴリの魔力が突然揺らぎ魔法が止んだ。


 ようやく視界が晴れて私は再びグリゴリを視認する。どうやら顔にあかりの帯を受けた様で頻りに頭を振って痛みを収めている。そのグリゴリを前にあかりは意を結した様に盾にしていた傘を投げ捨てて臨戦態勢に入った。


 ・・・心なしか捨てた和傘からしちゃいけない鋼鉄のような音がした気がするけど、気にしない。


「花帯・萩!」


 あかりは畳かける様に帯を一直線に伸して攻撃を仕掛ける。なのに、グリゴリは躱す様子がない・・・不気味な雰囲気のままあかりの帯はグリゴリに命中し身体に衝撃が伝わる。グリゴリはその衝撃で少し身動ぎ僅かに後退する。


 でも、それだけ。あかりはそのまま攻撃を続けるけど、その身体に傷は付かずグリゴリは余裕の表情で私達の前に立ちはだかる。


 ああ、ダメだ・・・あかりと一緒なら何か出来るかも。なんて、甘すぎる考えだった・・・どうあがいても、私達じゃ、あの怪物には敵わない——


「私が告げる。その行為に終局を、穢れた思想に終結を。」


 声がした——


 でも、あかりじゃない。当然私でも・・・・・・じゃあ・・・・もしかして——


「私は、貴方が犯した悪行も、貴方が築いた善行も、等しく全てを無に帰す。その肉体からだに報復を与え、憐れな貴方を我が下に招き、教えを説く。・・・・私が〝全て〟なのだと——」


 私が辺りを見渡すと辛うじて残っていた木々の間からリンがゆっくりと姿を現した。あの怖い先生の姿にこれほど安心する日が来るとは思いもよらなかった。


「唄を私に、祈りを私に、信仰を私に。私は等しく、その全てを聞き入れよう。」


 リンはそう言いながら手を頭上へと上げた。すると、グリゴリの頭上に一本の赤い槍が出現する。


「——〝全て、私に委ねなさい。〟」


 リンは静かにそう言って上げた腕と共に赤槍を突き下ろした。


 だけど、その槍をグリゴリは巨大な身体を不気味なくらい柔らかくしならせて躱した。穿つものを見失った赤槍は虚しく地面に突き刺さる。


 リンの攻撃を目にしてグリゴリは彼女に危険な匂いを感じたのか翼を広げて飛び立とうとする。羽ばたいた大きな翼が強い風を起こし私達の身体は簡単に浮き上がって飛ばされそうになってしまう。そんな私達をリンが片腕で掴み地面に引き止める。


 竜巻のような強風を起こしながらあの巨体が見る見る内に持ち上がり大空へと舞い上がった。そして、そのままグリゴリは私達から離れる様に飛び去って行く。


 強風が収まるのと同時に地面に突き刺さっていた槍がリンの手に吸い込まれ、彼女はそれを掴むや否や足を踏み締め肩に槍を構えて追撃の体勢に入る。


「ゲイ・ボルグ!」


 ドン!という力強い音と共にリンの槍が投げられた。投擲された槍は凄い速度で飛んでいき空中で光を帯びると何十本にも分裂してグリゴリに襲い掛かる。


 だけど、グリゴリはその全てを難なく躱し悠然と離れていく。・・・あの巨体で何故避けられるのか・・・


「グリゴリは西南西へ移動、至急追跡を。」


 至って冷静なリンは飛び去って行くグリゴリを見ながら通信機に手を当てて落ち着いた声でそう言った。


「助かった・・・」


 絶体絶命な状況から脱した安堵から心の声が私の口から漏れ出た。足から力が抜けて地面に腰が落ちる。あかりも花魁姿を解き腰の帯が意志を失った様にゆっくりと下がり微かに吹いた風になびく。


 すると、いつもの怖い表情のリンが私達の方に振り向いて尋ねる。


「怪我は?」


「ありません。二人とも無事です。」


 リンの短い言葉にあかりが凛とした声でそう答えた。・・・流石あかり、あんな事があってもへたばらないんだ。私なんてもう腰が立たないのに・・・


 私があかりの姿に驚いていると、リンが私達の姿を横目に懐からスマホを取り出しどこかへ電話を掛ける。


「・・・私です。グリゴリに襲われたシスター二人を保護しました。これから避難させます。・・・はい、両名共に外傷はありません。体内魔力も正常値です。・・・・申し訳ありません、仕留め損ないました。現在、グリゴリはヴィクトリアが追跡しています。・・・はい。・・・・・かしこまりました。ではその様に。」


 そう言って彼女は通話を切り今度は通信機で指示を伝え始める。その話の中にサリーやヴィクと言った名前が出てくるから、野外授業に同行した先生達に指示を出しているみたい。


 そんな調子でリンが一通りの指示を伝え終えたのを見てあかりが彼女に尋ねる。


「あの・・・何故グリゴリがこんな所に現れたんですか?」


 その言葉にリンはまたあの怖い目つきをして冷たく答える。


「説明は後、シスターは全員、修道院に避難します。」


「え、じゃあ授業は・・・?」


「当然中止です。こんな状況では続行は不可能でしょう?」


 私の言葉に彼女は呆れた様にそう言った。

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