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悪魔狩りの魔女  作者: 華井夏目
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9.エリ姉とお買い物

「エカチェリーナ?」


 エリが怪訝な声でそう言った。


「そう、確か本名はエカチェリーナ・クラミナ・・・だったかな。魔女の名家らしいんだけど何か知らない?」


 (あかり)は試着室の中から彼女の声に答えた。私は今、エリと二人でショッピングモールに来ており彼女のコーディネートの下、私の新しい下着を選んでいる最中だ。


「エカチェリーナ・クラミナ・・・ああ、クラミナ家のご令嬢か。知ってるわよ?」


「ほんと?」


「てか、逆に何で知らないの?クラミナって結構有名な名前よ?授業で習わなかった?」


 エリの馬鹿にしたような言葉に私は弱い声で「うん・・・」と言葉を返した。すると、エリは急に納得した声で私に言う。


「あ、そっか。まだ習ってないのか。クラミナって言うのはね、創始者の名前なのよ。」


「創始者?何の?」


「魔女の。もっと言えばこの時代の先駆者達の事よ。」


 時代の先駆者・・・ああ、そう言えばこの前ニーファが授業終わりにそんな名前を口にしてた様な・・・


「第二次百年戦争後、衰退してしまった人類に対して悪魔や魔法に関する知識を与え、同時に、急増してしまった魔女の保護や修道院の発足、魔女に対する人種差別撤廃条約の締結等、そういう現代の魔法社会の礎を築いた始まりの魔女を含める七人の魔女。その彼女達の事を『創始者』って言うの。」


「じゃあ、エカチェリーナはその偉大な魔女の子孫って事?」


「そう。クラミナ家が魔女の名家って呼ばれるのはそれが理由。」


 彼女のあの傲慢な態度と絶大な力、あれは生まれた家柄故という事か・・・そんな彼女が私にあんな事を言いに来たのは単なる嫌がらせなのか、それとも——


「まあ、魔女に名家があるって言うのもおかしな話だけどね。・・・その子がどうしたの?」


 独り悶々と考えながら試着していたブラジャーのホックを外していると、カーテンの向こう側に居るエリがそう尋ねた。


 その言葉に私は明後日の方を見ながら歯切れの悪い口調で返答する。


「ああ~。もしかしたら、目付けられたかもしれない。」


 すると、突然エリが試着室のカーテンから顔を出した。


「あんたまた変な事したんじゃないでしょうねぇ?」


 エリが呆れた声でそう言うが、そんな事よりも不意に出てきたエリに私は心底驚き、咄嗟に何も着てない上半身を細い腕で隠した。


「してないわよ!てか何覗いてんの⁉」


 私が慌てた声でエリに言っても彼女は平気な顔して首を傾げる。


「ん?ふふっ、いいじゃない。減るもんじゃないし。」


「ふざけないで!」


「それに裸見られるの、これが初めてって訳でもないでしょ?」


「そう言う問題じゃ——」


「それよりさ、あかりってホント肌綺麗だよnへぶっ——」


 遂に我慢の限界に達した私はエリのその生意気な顔を掴んで無理矢理試着室から押し出した。その反応にエリはボソッと「ケチ」と声を漏らす。


 そういうところも相変わらずのエリに私はため息を吐いて話を本筋へ戻した。


「私はただ普通に授業受けただけです。その後、別の子とちょっとケンカになっただけで・・・」


「やっぱりやってんじゃないのよ。」


 私の言葉にエリはまた呆れた声でそう言った。恐らく何も分かってないであろうエリに私はすぐに反論を返す。


「仕方なかったの!周りには人も居たし、その子興奮して危なっかしかったから・・・」


 自分でも苦しい言い訳だと思う言葉にエリは渋い反応を見せると仕方ないと言った声色で言葉を返す。


「まあ、修道院じゃ『ケンカは華だ』って言う考えの人が多いから別に問題はないけど・・・くれぐれも気を付けてよ?色々と。」


「はぁい。」


 エリの心配をよそに私は緩く返事をした。すると、エリが急に真剣な雰囲気を漂わせて声を漏らす。


「でも、クラミナか・・・あまりいい噂は聞かないのよね・・・」


「どういう事?」


 次に試着する商品を手に取りながら私が不思議そうに尋ねるとエリは重たい声で話を続ける。


「クラミナ家が創始者の家系なのは確かよ。でも、同時に千年以上に亘って代々魔女の家系でもあるのよ。しかも、その全員が同じ光の魔女なの。」


「え、どういう事⁉魔法に遺伝性なんて無いはずでしょ⁉」


 衝撃の言葉がエリの口から出てきて私は思わずカーテンから顔を出しエリに向かって驚きの声を上げる。


「そう。親が魔女だからってその子供が必ず魔女になるとは限らないし、況してや同じ魔法を受け継ぐとも限らない。それは、長年の研究の結果そう結論が出てるんだけど・・・クラミナ家はその魔女の血を一度も絶やすことなく、代々光の魔女である事を貫いているの。どういう訳かね。」


 そう言ってエリは肩をすくめた。そして、腕を組み複雑な顔をして更に言葉を加える。


「だから、嫌な噂が絶えないのよ。数々の功績の裏で危険な魔術を行ってるんじゃないか?とか、闇社会で子供を買ってるんじゃないか?とか。仕舞いにはクラミナ家が悪魔を生み出してるんじゃないかって言われる始末。一応、家元はそれを否定してるみたいだけど、ずっと言われてる事だし真実かどうかは正直怪しい。って言うのが大多数の意見でね・・・」


「じゃあ、クラミナ家は裏で何かを隠してるって事?」


「ほんとかどうかは知らないわよ?実際、家元は否定してるし。とにかくあの家にはそんな噂が多くって。だから、狩り人の中にはクラミナを危険視する声も絶えないのよ。確かに怪しいところは多いけど、あそこは狩り人の家系でもあるからそんな事は無いと思うんだけどね~・・・」


 そう言いながらエリは試着室の狭い壁にもたれ掛かり頭を付けた。


 彼女のはっきりとしない情報にモヤモヤしながら私は出していた顔を試着室へ戻し歪んだブラジャーの肩紐を直す。


「だから、あなたも気を付けなさいよ?そんな事する人達じゃないと思うけど、一応。」


 エリが心配気な声で私に言った。それに私は小さく「うん。」と言葉を返す。


 でも実際、そんな事があり得るんだろうか。千年もの間魔女を産み続けるなんて。・・・いや、現実的に考えればそれは無理か。じゃあ意図的に魔女を作っているのか?何の為に?


 なんてまた悶々と考えているとエリがカーテンの向こうから話しかけてくる。


「で、どう?ブラ、サイズあってる?」


「ん?ん、ちょっとキツイかな・・・」


 細かな位置の調節しながら私がそう答えると、エリは緩い声で返事する。


「OK~、もう一つ上のやつ持ってくる。」


「おねがい。」


 エリの気配がカーテンの向こうから遠ざかって行く。一方で試着室に残された私は着ていたブラジャーを外し元々架かっていたハンガーに架け直した。


 その時、私はふと鏡の方を見た。


 鏡に映る自分の姿、そこに映ってるのは当然自分の身体だ。・・・でも、いつだって鏡は嘘つきで、自分じゃない誰かを映している。


 小さく細い体、膨らんだ胸、滑らかすぎる肌、すらりとした脚。どこのどれを取っても今の私の身体は男の身体からかけ離れている。


 あれから四年、この体を嫌と言う程見てきたけど、やっぱりこの身体にはどうしようもない嫌悪感がある。そしてそれは、身体の成長を感じる度にどんどん肥大していく。


 私は、いつまで私でいられるんだろう・・・


 身体の成長は止まらない。だから、それに比例して私の女子としての振る舞いが増えていく。同様に女子としての自覚も・・・私がこの身体で女子として生きる分だけ、男子としての私が死んでいく。


 さっきだってエリに覗かれたくらいで女子みたいな反応をしてしまった。女みたいに胸を隠して羞恥心で体が熱くなるのを感じた・・・・どうして?男の俺がそんなこと・・・・


 きもちわるい——


「持ってきたよ。」


 唐突なエリの声に私の意識は引き戻された。カーテンの隙間から彼女の腕が伸び商品が差し出される。


 私はエリに礼を言って持ってきた商品を受け取った。だが、彼女のセンスで選ばれた下着は如何にも女子が着そうなフリフリした物ばかりで地味なものが一つもない。


「ねえ、もう少し地味なの無いの?」


 渡された商品を一つ手に取り彼女に尋ねた。すると、彼女からの返事が呆れた言葉で返ってくる。


「え~、これくらい可愛いのにしとかないと見せる時恥ずかしいよ?」


 その言葉を聞いてこの状況を楽しむ彼女の表情が私には鮮明に浮かぶ。


 エリは私の恩人でいつでも私の相談に快く乗ってくれるのは嬉しいんだが、相談を受ける一方で彼女は女になった私の反応を楽しんでいる節がある。


 決して悪い人じゃないと分かってるんだけど、時々そういう鬱陶しいところが・・・


「誰に見せるってのよ・・・」


 私が呆れた声でそう言うとエリからおどけた声で答えが返ってくる。


「え?ほら、意中の相手とか?」


「いる訳ないから。」


 冗談は休み休み言えと内心思いながら私はエリにうんざりした声で答えた。カーテンの向こうで彼女の残念がる声が聞こえる。


 でも、彼女も流石に反省したのか少し暗い口調で私に尋ねる。


「あかりが嫌ならスポブラとか、もう少し地味なの持ってくるけど、どうする?」


 エリの言葉に私は少し黙り込む。でも——


「・・・いいわよ。エリ姉が折角持って来たんだもの、これでいいわ。」


「ほんとに?修道院ならスポブラ着てても変じゃないけど・・・」


「うん、いい。それに、これが普通なんてしょ?」


 エリはそれ以上何も言わなかった。


 その後もいろいろと試しながら私はエリが選んでくれた下着を予備含めて七着ほど購入し、その店を後にした。


 肩をそろえて歩く私達は次に服を求めてモール内を歩き出す。これはどちらかと言えばエリの買い物でシーズンが変わった為に服の新調をしたいらしい。


 その道中、さっき買った下着の紙袋を下げながら私がもう一つ気になっていた事をエリに尋ねる。


「そう言えば何か分かった?身体の事。」


 すると、彼女は表情を暗くして重い声で答える。


「いいえ。まだ何も・・・」


 ・・・まあ、大方予想していた事だが、改めて言葉として聞くと想像以上に心に刺さる。


 現在、エリにはシスター上級生としての権限と狩り人の権限の両方を使って私の身体の事を調べてもらっている。


 だが、私の身体を元に戻す方法どころか、その原因すらも今のところ分かっていない。


 この事実は私の不安を余計に駆り立てる。


 本当にこの身体は元に戻るんだろうか。もしかして、もうこのまま一生——


「ごめんね。」


 私の不安が伝わってしまったのかエリが落ち込んだ声でそう口にする。私は暗い彼女の顔を覗き込んで柔らかく言う。


「何でエリ姉が謝るの?私は責めたつもりないんだけど?」


「だって、あれから四年も——」


「それ以上言わない。」


 彼女の言葉を私は遮る。そして、苦しいくらい悲しい表情をした彼女に私は優しく言葉をかける。


「初めから分かってた事でしょう?見つかるかどうか分からないなんて。普通じゃ起こり得ない事が私には起きたんだから・・・だから、勝手に負い目を感じないの。」


「でも——」


「それに、これは本来私一人でやらないといけない事。それをエリ姉にやらせてるんだから、貴女が責任を感じるなんてとんだお門違いよ。」


 そう言って私は微笑んだ。でも、彼女は表情を曇らせる。やっぱりどうしてもこの状況に責任を感じてしまう様だ。


 しかし、私を気遣ってかすぐにいつもの表情を取り戻しやる気のない声でぼやく。


「あ~あ、教団の力を借りられたらな~」


「それが出来たら苦労しないわよ。」


 エリの愚痴に私が呆れながらツッコミを入れる。すると、不意に私達から笑みが零れた。


「ねえ、そこの二人。」


 突然、何処からか男性の声がする。


 その声に私は少し反応するがエリは無視して足を止めない。だけど、声はしつこく追ってくる。どれだけ無視してもずっと付きまとう。


 その声が余りにもうるさいものだから、エリも遂に諦めて声のする方へ振り返った。そこには三人組の男性が立っていて貼り付けたような気味の悪い笑顔で話しかけてくる。


「やっと振り向いてくれた。ね、この後ひま?よかったらさぁ、俺達とお茶しない?奢るからさ。」


「生憎、私達暇じゃないから、ごめんなさいね。さようなら。」


 エリがきっぱりと断り私の手を引いて再び歩き始める。だが、諦めの悪い男達はその後も話を続ける。


「いいじゃん。ちょっとだけだからさ。ね?」


「荷物持つよ?」


「いいえ結構です。私達に付きまとわないで。」


「なあ、ちょっとだけだからさ。」


「その子妹さん?可愛いね。」


 エリが頻りに断りを入れてもそんな事をたらたらと言いながらぴったりくっついて離れない。これには流石に私も鬱陶しくなって生意気な彼らに声を掛ける。。


「お兄さん、よく見たらかっこいいね。」


「ちょっとあかり⁉」


 驚き声を上げるエリに私は人差し指を口元に当てた。


「お、分かる?」


「君こそ可愛いね、あかりちゃん?」


「ほんと?嬉しい。」


 私の急変に傍でエリの顔が引きつっていくのを感じる。でも、男たちはそれに気付かず私との会話を続ける。


「じゃあさ、俺達のおすすめの場所があるから一緒に行こうか。」


「いいですね。でも、ごめんなさい。誘ってくれるのは嬉しいけど、私は行けないわ。」


「どうして?行こうよ。」


 そう言って男は私の肩を掴んで顔を覗き込んでくる。その男に私はあざとく上目遣いで答える。


「だって・・・私、こう見えて男だから。」


「・・・・え?」


 私の言葉に男三人が一斉に硬直する。その動揺っぷりに笑いを堪えつつ私は肩を掴む腕を払って言葉を加える。


「だから、貴方達が期待する様な事は残念だけど出来ないわ。ごめんなさいね。さようなら。」


 そう言い残して今度は私がエリの手を引いてその場を離れた。


 走りながら後ろを振り返ると、男達はまだ硬直していてその場に立ち尽くしていた。その姿に私は思わず笑みが零れる。


 すると、手を引かれるエリが呆れた声で私に言う。


「あんたも趣味が悪いね・・・」


 その声に私は勝ち誇った声で言葉を返す。


「別に嘘は言ってないわ。」


 それを聞いたエリは「そ・う・だ・け・ど!」と言って笑った。


 そんなやり取りをしながら私達は夕方まで買い物を楽しんだ。結局、あの後に行った洋服店でエリに乗せられて私まで服を新調することになり、帰る頃には両手が紙袋で一杯になってしまった。


 紙袋をガサガサと音を立てて揺らしながらエリと話していると彼女は私にこんな事を言う。


「それにしてもその喋り方、だいぶ板についたね。」


「誰の所為だと思ってんのよ。」


 私は即座に言葉を返す。


 元男の私が何故こんな女子の話し方をするのか。それは全てエリの所為である。


 私の女言葉も女子としての立ち居振る舞いも全てエリが『全てはあかりの為』と言って無理やり叩き込まれたものだ。


 その他にも下着や服の着方、女性のあれこれも教え込まれた。私としてはかなり抵抗があったものの、そのお陰で今まで性別を疑われた事は一度もなく、今のシスター生活でも不審に思われてない。・・・・様に感じる。


 だが、私には一つ不安要素がある。それが——


「どうすんの?これでもし私が男に戻ったら・・・絶対治らないわよ?」


「いいんじゃない?それはそれで愛嬌があって。」


「いい訳有るか!」

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