借金取りとわたし
「いらっしゃいませ」
人気の無い食堂《風切羽》に入ると10歳くらいの狐人族の少女に出迎えられました。
可愛いです。
この子の存在だけで長蛇の列が出来る有名店になってもおかしく有りません。
なぜ、お客さんが居ないのでしょうか？
「メニューをどうぞ」
「ありがとうございます」
ケモミミの少女が持って来てくれたメニューに目を通します。
「普通ですね」
《風切羽》のメニューはごく有り触れた食堂のメニューです。
特に変わったメニューは無いですが、特にヤバそうなメニューも有りません。
「すみません、日替わりをお願いします」
「はい、しばらくお待ちください」
少女に注文を頼むと店内をそれとなく観察します。
落ち着いた雰囲気の有る、なかなか良い店だと思います。
これは、もしかしたら今日はたまたまお客さんが居なかっただけで、それなりに繁盛しているのかも知れませんね。
「お待たせしました」
「ありがとうございます」
ケモミミ少女が運んで来てくれた日替わり定食は、焼いたお肉にサラダ、麦パン、スープと言ったラインナップです。
よく言えば広く愛される、悪く言えば有り触れたメニューですね。
わたしは取り敢えずメインのお肉にナイフを入れます。
なんらかのタレに漬け込まれたお肉を焼いた物ですね。
思いの外、軽くナイフが入るのに少し驚きながら一口大に切り分けたお肉を口に運びます。
⁉︎
「お、美味しい‼︎」
そのお肉はとても美味しかったのです。
結構美味しいなどと言うレベルでは有りません。
料理漫画ならリアクションに7～8ページは必要な程の美味しいさです。
使われているお肉は決して高価なお肉では有りませんが、丁寧に下処理がされていて臭みが全くなく、ポムの実やカカナの実、ヤワの種などで作られた特製のタレに漬け込まれた事で、非常に柔らかく、風味が豊かです。
じっくりと味わったわたしは、タレに使われている素材にいくつか気付きましたが、それでも分からない素材があります。
それ程、複雑な味で有りながら完全に調和が取れています。
それは、調理した人間の腕を証明しているのも同然なのです。
次に、わたしはスープに口を付けます。
⁉︎
このスープも見た目は少量の野菜が入ったシンプルなスープですが、これは、十数種類の野菜を形が無くなるほど長時間、丁寧に灰汁を取りながら煮込んだ後、具材として少量の野菜を加えている様ですね。
相当手間がかかっています。
サラダもパンも平均以上の逸品です。
この店は当たりも当たり、大当たりです。
これは常連になるしか有りません。
そして、いつかあの子をモフモフするのです。
わたしが料理に舌鼓を打ち、野望に燃えて……いえ、萌えていた時、 ドアが開き3人の男が入って来ました。
「おいガキ、金は用意出来てんだろうな」
「期日はとっくに過ぎてんだぞ」
「あ、す、すみません。
お、お父さん！」
もちゃもちゃ
柄の悪い男だと思ったらどうやら借金取りだった様ですね。
少女の声に厨房の奥から大柄な男が出て来ました。
少女の父親である店主は人族です。
おそらく少女はハーフなのでしょう。
「もう少し待ってくれ、今は金が無いんだ」
「もう待てねぇってんだろ！」
「金貨15枚、耳揃えて返して貰おうか！」
もちゃもちゃ
金貨15枚ですか物価が違うので一概には言えませんが日本円で150万円くらいの感覚です。
一般人がポンと出せる金額では有りませんね。
「借りた金は金貨3枚、約束では利子を付けて金貨4枚の返済だったはずじゃないか！」
「知らねぇよ。
この証文にお前のサインが有るだろうが！
払えねぇなら娘売ってでも金作って貰うからな」
「ま、待ってくれ。
娘だけは勘弁してくれ」
「金が払えねぇなら仕方ねぇだろうが！
まだガキだが物好きな変態貴族に可愛がって貰えるさ」
「テメェ！」
もちゃもちゃ
乱闘になりそうになった所で介入する事にします。
男達と店主の間に水の壁を作り出します。
「な、なんだこりゃ」
「これは水属性魔法の【ウォーターウォール】だ」
「誰だ！」
もちゃもちゃ
「わたしですよ」
「ああ、テメェ舐めた事してくれんじゃねぇか」
「売り飛ばすぞクソガキ！」
「おい、嬢ちゃん。
痛い目見たくなかったら大人しくしてな」
もちゃもちゃ
「あんな小さな子を捕まえて売り飛ばすとか、恥ずかしく無いのですか？」
「テメェも同じくらいの歳だろぅが」
「お前には関係無いんだから黙ってろ」
「っうかテメェさっきから…………」
もちゃもちゃ
「ん、どうかしましたか？」
「「「食うのを止めろ‼︎」」」
