執事とわたし
ラティさんに連れられギルドマスターの執務室に入ると、いつものハゲでムキムキのギルドマスターと、髪をオールバックにて片眼鏡を掛けた渋いおじさまが待っていました。
次の瞬間、ギルドマスターが衝撃の一言を放ちます。
「こんな時間に呼び出して悪かったな。こっちは俺の兄のシルバだ」
「お初にお目にかかります。シルバと申します。ガスタ辺境伯家の執事をしております」
ば、ばかな!
この執事を絵に描いたようなおじさまがギルドマスターのお兄さん!
おそらくこの世界の遺伝子はニートなのでしょう。……働け!
ギルドマスターと執事さんの説明によると執事さんが仕えている辺境伯様のご令嬢が病気らしいです。
この大陸の医者には未知の病気なので、大陸の外から来たわたしなら何か知らないかと呼び出した様です。
症状を聞き、幾つか質問をしたわたしは大体察しが付きました。
断定は出来ませんが恐らく治療は可能です。そう伝えると執事さんは気が抜けたのかソファーに背を預け泣き始めました。
しかし、治療が出来るのと治療をするのは別問題です。
若くして奇病に罹ってしまったご令嬢は気の毒ですが正直、貴族になんて関わりたく有りません。
貴族になんて関わると面倒ごとに巻き込まれるのは目に見えています。
わたしが貴族に関わりたく無いと告げるとギルドマスターと執事さん、あとお茶と軽食を持って来てくれたラティさんまで慌て始めました。
「ゆ、ユウさん、辺境伯様からの依頼ですよ!」
「まぁ別に貴族様を敵に回しても構いませんよ。権力や暴力で取り込むつもりなら他国に逃げれば良いだけですし」
「いえ、そうではなく、高位貴族からの指名依頼を受ける事は冒険者に取ってとても名誉な事なんですよ!
ユウさんの実力なら辺境伯様のお抱えになる事だってできますよ」
「そのお抱えが嫌なんです。
わがまま貴族に無理難題を押し付けられたり、権力争いの道具にされたり、そう言うのは嫌です」
「わが主人はその様な恥知らずな貴族では有りません!」
「しかし、貴族は貴族です。
わたしの知っている貴族は平民を家畜と同列に見ていて、気に入らない事が有ると周りに当たり散らすクズがほとんどです」
「まぁ落ち着け、お前ら。
嬢ちゃん、嬢ちゃんの言う貴族ってのも確かにいるし、束縛されたくない、自由が良いってのも分かる。
だがガスタ辺境伯は公正明大な好人物だ。
嬢ちゃんが心配している様な事は起こらない。
心配なら嬢ちゃんが仕官を望んでないと俺が手紙で伝えてやる。
だからユーリア様を助けてやってくれないか?」
「う~ん」
「ユウ様、どうかユーリアお嬢様をお救いください。
ユウ様には一切ご迷惑をお掛けしないと約束します」
「嬢ちゃん、お抱えに成らなくても辺境伯家と懇意にして置くのは悪い事じゃない。
ぶっちゃけ、嬢ちゃんの強さもだがとくに薬術は相当のものだ。
放って置いても直ぐに貴族共が湧いてくる。だが辺境伯家と懇意にしておけば大抵の貴族は追い払ってくれるぞ。
辺境伯家と同格以上の高位貴族なら、下手な権力を翳したりせず辺境伯様を通して依頼してくるさ」
「ん~確かにそう言われてみるとそうですね」
「ユウ様を貴族からの不当な圧力から全力でお守りすると誓います。
また、当家はユウ様の意にそぐわないことを決して強要しないと、このわたくしの命を持ってお約束いたします」
そう言うと執事さんは懐から鷹を模った置物を取り出しました。
「お、おい、兄貴!そいつは誓約の呪具じゃねぇか!」
「誓約の呪具?」
「こいつを使って交わした契約を反故にすると呪いを受けると言うマジックアイテムだ」
「この誓約の呪具を使い契約を交わします。
もし、契約を破れば私の命を差し出します」
シルバさんの目には一切の躊躇が見えません。
「ふ~、分かりました、お引き受けします。
シルバさんの覚悟は本物の様ですし、誓約の呪具を使う必要は有りません」
「では、治療して頂けるのですね」
「はい。ただし、わたしの知る病気かどうか、治療可能かどうかは、実際に患者さんを見なければ分かりませんよ」
「勿論分かっています。
もし治療が不可能だったとしても依頼は『成果なし』で依頼達成とし、有る程度の報酬をお支払い致します」
「その場合は報酬は移動に掛かった費用分だけで構いませんよ。
治療が成功したら、貴族から守って貰うのと、幾らかのお金、それとその誓約の呪具を下さい」
「分かりました。その条件で指名依頼をお出しします。他に何か有りますか?」
わたしは紙切れを取り出すといくつかの素材を書き付け、シルバさんに渡します。
「可能ならこの素材を集めて下さい。
もしメデューサ症候群だった場合、治療に必要となります」
「分かりました」
「では明日の朝、開門したら出発で良いですか?」
「はい。馬車をご用意致しますか?」
「いえ、わたしはバードランナーをテイムしていますから大丈夫です」
「畏まりました。ではわたくしは馬で行きましょう」
「では明日、ギルドの前で。おやすみなさい」
わたしはギルドを後にしました。
良い加減眠いんです。