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兄貴と俺

 俺はミルミット王国の辺境の街ガスタで生まれた。

 裕福な商家の次男坊として不自由無く育った俺は成人すると冒険者になった。

 俺と違い、書類仕事や礼儀作法と言った物が得意で、剣術でも俺と互角だった兄貴はガスタ辺境伯様に執事として仕えている。


 冒険者が性に合ったのだろう、俺は気の合う仲間に恵まれ、順調にランクを上げていった。

 そして、Bランク冒険者として多くの依頼をこなした俺はギルドマスターからそろそろAランクの試験を受けてみないかと言われるほどになった。

 そして、仲間の勧めもあり、今請け負っている討伐依頼を終えたら試験を受けるつもりだった。

 しかし、簡単な討伐のはずだった依頼は失敗に終わった。

 依頼で入った森で想定外のAランクモンスターと遭遇したのだ。

 本来ならこんな浅い森にはいないはずのAランクモンスターに動揺した俺たちは3人の仲間を失い逃げ帰った。

 Aランクモンスターと言う強敵を前にして自分の衰えがよく分かった。

 俺が冒険者を引退するとギルドマスターに伝えるとギルドマスターは「冒険者ギルドで働かないか?」と誘ってくれた。

 俺はその誘いに乗りギルドで働き、いつの間にかギルドマスターとなっていた。


「ち、幾らやっても終わりが見えねぇぜ」


 俺は冷めたお茶を喉に流し込みながら書類の山に目を通して行く。

 先日のゴブリンの村の一件に関する書類だ。

 救出した女性達に関する書類にサインを入れ、ゴブリン共の残党についての調査報告書を手に取る。

 今回の討伐は過去の例にくらべ、遥かに被害が少なかった。


 毒に対する治療手段があった事もあるが、ゴブリンロードを速やかに討伐出来た事が大きい。

 それを成したのがあの嬢ちゃんだ。

 嬢ちゃんはゴブリンキングを瞬殺すると、ゴブリンロードと1人で戦い始めた。

 その間俺は、情けない事にゴブリンキング相手に手こずっていた。

 現役だった頃なら問題無く倒せたはずの魔物なのに身体は思った様に動かず、レイピアを繰り出す腕は重い。

 冒険者を引退してからも鍛錬を欠かした事は無かったが、歳にはかてなかったようだ。

 俺は年々落ちて行く体力にショックを受けながら仕事をこなして行った。



 討伐から数日が経ち、普段の仕事量に戻った頃、兄貴が俺を訪ねて来た。

 ギルドマスターの執務室の応接用のソファーに腰掛けた兄貴に酒を出す。(俺はもう勤務終了の時間だ)

 髪をオールバックにして片眼鏡を掛けた兄は俺と違い上品な雰囲気がある。

 しかし、そんな兄貴は今、焦燥に駆られている。


 辺境伯様には2人の子供がいるのだが、ご令嬢のユーリア様が数年前から体が石になる謎の奇病を患っているのだ。

 この病は王宮医師ですら原因が分からず、治療法がなかった。


 兄貴は辺境伯様の命で大陸の国々を回り、各国の名医や名のある薬師を訪ねて回っていたのだ。

 俺も冒険者時代のツテやギルドマスターとしての権限で、可能な限り協力したが治療法は見つからなかった。


 それでも諦めず、兄貴は最近行き来ができる様になって来た東方の島国へ治療法を探しに行っていたのだ。

 しかし、東方の島国でも治療法は見つからなかった。

 兄貴は辺境の街ガスタへと帰る途中でガナの街に寄ってくれたらしい。


「くそ!何故、ユーリアお嬢様がこのような仕打ちを受けなければならないんだ!」


 ユーリア様は可憐で優しく領民からとても愛されている。ガスタ辺境伯家もまた、領民を愛し民に慕われている貴族だ。

 ユーリア様の病いには皆、心を痛めている。ユーリア様が産まれた時から知っている兄貴なら尚更だろう。


「ほら、兄貴」


  兄貴は俺が渡した酒をイッキに煽るとまた泣き始めた。


「大陸中の医者や薬師に声をかけたんだ。でも誰もユーリアお嬢様の病いについては何も分からなかった。

 もうこの大陸にはユーリアお嬢様を治療できる者は居ない」


 俺がユーリア様にお会いしたのは数回だけだが優しい少女だった。

 彼女にこの様な災難が降りかかったのは残念でならない。しかし、この大陸には治す手立てはもう……この大陸……この大陸!?


 俺は目の前に置かれた酒が溢れるのも構わず立ち上がると、慌てて机を漁り1枚の資料を引っ張り出した。

 急いで資料に目を通す。

 その資料は最近、冒険者ギルドへ登録した冒険者に関するものだ。

 彼女が冒険者になる前、助けたパーティからの報告が載っている。

 それによると彼女は大陸の外の出身で、故郷は薬術が発達していると言っていたらしい。


「お、おい、いきなり如何したんだ?」


 呆気に取られている兄貴を無視して、俺はドアに向かおうとするとノックが鳴り、軽食を持ったラティが入って来た。


「お待たせしました」

「ちょうどよかった!

 ラティ、ユウの嬢ちゃんは今街に居るのか?」

「え、ユウさんですか?今日依頼を終えて帰って来ましたから街に居ると思いますけど……」

「そうか。泊まっている宿は分かるか?」

「えっと、たしかロック鳥のさえずり亭だったかと……」

「すまんがラティ、今すぐ宿に行ってユウの嬢ちゃんを連れて来てくれ」

「は、はい」


  俺はラティを遣いに出し、兄貴にユウについて説明する。もしかしたらユーリア様の病いについて何か知っているかも知れない。


 20分程してラティがユウを連れて戻って来た。ラティにユウの分のお茶と軽食を頼み、ユウに椅子を進める。

 俺はユウに兄貴を紹介してユーリア様の病いについて説明し、何か知らないか訪ねた。


「幾つかお聴きしても良いですか?」

「はい。わたくしにお答え出来るものなら」

「ユーリア様はお歳は?」

「今年で13です」

「ユーリア様はずっと辺境に住んでいたのですか?」

「はい。何度か王都などに赴いた事は有りますが基本的にはガスタのお屋敷で過ごされてます」

「ユーリア様は魔法は使えますか?」

「いえ、ユーリアお嬢様は生まれ付き魔法が使えず、属性魔法はおろか、生活魔法ですら使えません」

「成る程、恐らくですがユーリア様の病いは『メデューサ症候群』だと思います。」

「め、メデューサ症候群ですか?」

「非常に珍しい病気です。わたしも文献で読んだだけで患者に会ったことは有りません」

「それで、嬢ちゃん!そいつは治せるのか?」

「はい。治療は可能です」


 嬢ちゃんの言葉を聞いた兄貴は気が抜けたのかソファーにドカリとこしを降ろし、涙を流していた。

 

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