◆錯乱
「ごはっ!」
両腕を失い致命傷を負ったダイオスは瓦礫を背にして大量の血を吐き出しています。
「致命傷ですね。
持って後数分と言うところでしょう。
何か言い残す事は有りますか?」
「はぁ、はぁ、ふ、ふふ、言い残す事など無いさ。
さ、最後にお前の様な強者と、立ち会えて満足だ。
ごほっ……今では……魔王様の配下として、こんな任務をこなす身だが、それでも俺は武人の端くれ、こんな最後も悪くは無い」
「そうですか。
わたしも感謝していますよ。
どうやらわたしは最近弛んでいた様です。
それに気付かせて頂きました」
「ごほ……そうか……。
ああ、そうだ。そいつを持って行け」
ダイオスは側に転がる戦鎚を視線で示します。
「……そいつは……終幕の戦鎚、魔族の名工……エイシャ・ザナックが、鍛えた名鎚だ」
わたしはその戦鎚を手に取ります。
ピリオドより少し重いですね。
長さはわたしの身長の1.3倍程でしょうか?
無骨な戦鎚ですが、武器としての完成度を突き詰めたそれはとても美しく見えます。
「有り難く頂きます」
「最後だ……名を教えて……くれ……」
「……ユウです」
ダイオスは答えを返す事なく僅かに笑うと、その瞳から命の光が失われて行きました。
わたしはそっとダイオスの目を閉じます。
「さて、アルさん達は大丈夫ですかね?」
まぁ、ヴァルさんがついていますから大丈夫だとは思いますが早めに合流するべきですね。
わたしがアルさん達が向かった方へと足を向けた時です。
ドゴォォオ!!!
「⁉︎」
突如、轟音が響き熱風が通り過ぎて行きました。
「な、何ですか⁉︎」
わたしの視線の先には数十メートルはありそうな黒い火柱が上がっていたのです。
「な、何が……」
黒い火柱は空を焦がす様に燃え上がり、直ぐに消えたしまいました。
数秒、唖然としていたわたしですが、急いで炎が上がっていた場所に向かったのです。
「住人が避難済みで良かったですね」
王都の中でも王宮に近いエリアはギルバートさん達が兵を展開した時、念の為にと住人を避難させているので辺りに人気は有りません。
わたしは狭い路地を先程の黒い火柱が上がった場所へ走りながらポーションを飲み干します。
「コレは⁉︎」
辿り着いたのはポッカリと空いた広場でした。
広場と言っても広場として作られた場所では無く、王都を広げ増築を繰り返した結果として広場になってしまった様な場所です。
その中心には3人の人影が有りました。
いえ、正確には1人の人影と人の様な黒い塊が2つ。
「ランスさん?」
ランスさんは右手に人型の黒い塊の首を掴み持ち上げています。
グシャ!
ランスさんはわたしの声に応える事はなく、右手で持った人型の首を握り潰しました。
人型は粉々に砕け散ります。
アレは炭化した人間……いや魔族ですね。
ランスさんは足下に転がっていたもう一体の消し炭になった魔族を踏み砕きます。
「ランスさん?」
ランスさんは粉々になって風に巻かれる魔族だった物を数秒見つめた後、わたしに目を向けました。
「⁉︎」
わたしは反射的にピリオドの柄を掲げランスさんの拳を受け止めます。
「ぐっ!な、何を⁉︎」
「……ろす…………ま…………こ……す」
ランスさんはぶつぶつと何かを呟きながら拳や蹴りを放ちます。
一撃一撃が重く、更に魔法なのかランスさんの攻撃受けるたびに熱波がわたしの肌を焼きます。
「あぁぁあああ!!!!」
奇声を上げるランスさんの目は焦点が合ってなく、正気では無い事は一目瞭然です。
「ランスさん!落ち着い、うわっ⁉︎」
ランスさんの攻撃が更に鋭く速くなって行きます。
ひしひしと肌に突き刺さる様な殺気。
「このままでは不味いですね」
ピリオドを大振りになぎ払いますが、ランスさんは軽々と躱し、軽快なステップで間合いを開けます。
錯乱しているクセに無駄の無い動きですね。
どうやらランスさんは周囲の者全てが敵に見えている様です。
このまま放置は出来ません。
「何とか正気に戻せれば良いのですが……」
放置すれは無差別に人を襲いだすかもしれません。
最悪、ランスを殺さなければいけませんね。
わたしは頭を戦闘モードに切り替え、錯乱するランスさんにピリオドを構えるのでした。




