◆白髪の青年
こっそりとゼラブル王国に侵入したわたし達はなるべく人目につかない様にブラン伯爵領を目指して進んでいました。
とは言え、別に森の中をこそこそ進んでいる訳では有りませんよ。
そんな怪しい人がいれば逆に目立ちますからね。
つまりは人通りの少なそうな街道を普通に歩いているだけなのです。
そんなわたし達ですが、現在はその歩みを止めて険しい顔で前方を睨みつけています。
「アレ、不味いですよね」
「ああ、不味いな」
「危険ですね」
「ど、如何しましょう」
前方、街道の先。
わたし達とはまだ距離がありますが遠くの方で行商人の馬車が魔物に追われていました。
「あれはアイスドレイクです!
この近くの山脈に住む竜種なんですが、ごく稀に人里に出てくる事もあると聞いたことが有ります」
コゼットさんが言うには数年に一度くらいの頻度で旅人や行商人が襲われる事があるそうです。
「護衛の依頼を受けている訳ではない。
此処で隠れてやり過ごす事も出来るが……」
ヴァルさんは僅かに眉を顰めました。
内心では助けたいと思っているのでしょう。
しかし、わたし達は目立つ事は避けなければいけない身です。
「如何しますか、ユウ先生」
「そうですね…………仕方ないですね、助けましょう。あの行商人は後で口止めしておけば良いでしょう。…………最悪、脅して」
わたしはピリオドを手にこちらに向かって来る馬車とアイスドレイクに視線を向けました。
既に馬車は前方50メートルくらいまで接近しています。
「俺とユウで仕留める。アルはコゼットを守れ」
「はい」
アルさんとコゼットさんは街道を外れ退がりました。
わたしとヴァルさんは街道の左右に別れ武器を構えました。
ヴァルさんはガスタを出る前にガルフさんの武器屋で大剣を購入しています。
「俺達が止める!此処まで走らせろ!」
必死で手綱を握る行商人にヴァルさんが大声で声を掛けました。
残り20メートル程、ヴァルさんの言葉に何度も頷いた行商人は何度も馬に鞭を入れました。
そして15メートル程に近づいた時です。
突然、街道脇の森の中から人が飛び出して来たのです。
驚くわたしとヴァルさんを他所に、森から飛び出した人物、かなり丈夫な素材で出来た服を着ている様ですが鎧の類は身に付けていない白髪の青年がアイスドレイクに追われる馬車に向かって駆け出しました。
「なっ!」
「危ない!」
馬車とすれ違いアイスドレイクの目の前に躍り出た白髪の青年はスッと重心を落とすと拳を握ったのです。
「【業火の型・紅焔】」
白髪の青年が繰り出した正拳突きが猛スピードで迫っていたアイスドレイクを迎え撃ちます。
「え⁉︎」
「なに⁉︎」
軽く100倍以上はある体重差を物ともせず、青年の拳はアイスドレイクを弾き飛ばしたのです。
しかし、それだけで竜種が倒れる訳もなく、アイスドレイクはすぐさま身を翻し、青年に向かって強靭な尾を叩きつけようとします。
「【不知火の型・陽炎】」
アイスドレイクの尾が青年を叩き潰した……様に見えました。
しかし、アイスドレイクの一撃を受けた青年の姿が揺らめき溶ける様に消えてしまいます。
「消えましたよ⁉︎」
「いや、上だ!」
ヴァルさんに言われて視線を上げると、白髪の青年がいつの間にかアイスドレイクの頭上へと跳躍し、足を高く振り上げていました。
「【業火の型・天炎】」
振り上げていた青年の足がアイスドレイクの頭に叩き落されました。
強烈なかかと落としです。
その一撃はアイスドレイクの角を蹴り砕き、堅固な頭蓋を打ち砕きました。
「かなりの手練れだな」
「はい、まさか格闘術で竜種を仕留めるとは……驚きました」
そうこうしている内に行商人は白髪の青年の下に向かいお礼を言っている様です。
この状況で無視する訳にも行かないのでわたし達も青年の下に向かいました。
「……では私はこれで、本当にありがとうございました」
行商人は青年に幾ばくかのお礼を手渡して丁寧に頭を下げて馬車へと戻ろうとしていました。
「あ、お二人も如何もありがとうございました」
行商人はわたし達にも感謝を述べて立ち去って行きました。
「よう、強いなあんた」
「ん?ああ、済まない。獲物を奪ってしまったか?」
青年はヴァルさんに問いかけしました。
「いや、俺達もたまたま通りかかっただけだ。
その謝礼もアイスドレイクの素材もあんたの物さ」
「そうか」
青年は短く答えた行商人から渡された革袋を懐にしまいました。
そして青年の視線がヴァルさんからずれてわたしに向けられます。
「な⁉︎……し、漆黒……」
何故か青年はわたしを見て驚愕の表情を浮かべました。
「ん?あなた、何処かで……?」
わたしが顔を覗き込むと青年は罰が悪そうに視線を逸せます。
ふむ、割と顔立ちは整っていますね。
特徴と言えば左目の下辺りに深い古傷がある事くらいですか。
やはり何処かで会った事がある様な気がしますね。
「ユウ先生!ヴァル!」
わたしが頭を捻っている所にアルさんとコゼットさんも戻って来ました。
「アルベルト・フォン・ガスタ、何故こんな所に……」
2人を見た青年が驚いた様に呟きました。
「え?」
「あ、いや……」
慌てる青年を前にしたアルさんはと言うと……。
「君は……え?まさか、なんで⁉︎」
アルさんは青年の事を知っている様で、戸惑いながら青年の名を呼びました。
「…………ランスロット」




