◇公爵令嬢と辺境伯令息
(`・ω・´)
いつもより長くなってしまいました(笑)
恐怖と焦り、そして焦燥の日々を過ごしていたのだが、ある日視界の端にこんな所にいるはずの無い者を捉えた。
「今のは……」
私は急いで後を追った。
今の私と同じ様にフード深くを被り顔を隠していたが、一瞬見えたあの赤い髪は間違いない。
お姉様を追い落とし、先日ジャヴェールと婚約を発表したエポニーヌ男爵令嬢だ。
「なんでスラムなんかに……」
物陰に身を隠しながら後を追うとエポニーヌはスラムの一角で柄の悪い男達と合っていた。
私はそっと彼等の会話に耳を傾ける。
「…………るなら今の報酬じゃ無理だな」
「なら更に金貨3枚出すわ」
「へへ、払いの良い奴は嫌いじゃないぜ。
これからも仲良く頼むわ」
「仲良くして欲しいなら結果を示しなさい。
ようやくあの目障りな女を排除して殿下の婚約者になったのよ。
それに異議を立てる家もまだ多いわ。
危険な芽は完全に摘み取らないと」
「わってるよ。
まぁ安心して待ってろ。
言われた貴族の娘を拐ってくるだけの仕事だ。
問題ねぇよ」
私は砕けんばかりに奥歯を噛み締める。
先ほどの会話で理解した。やはりお姉様はあの女に嵌められたのだ。
あの女に……。
あまりの怒りについ気配を消す事を忘れてしまう。
「誰だ!」
男の1人が鋭く誰何する。
不味い、バレた!
「そこの木箱の影だ!」
男の指示で2人がナイフを手にこちらに近づいてくる。
「くっ!」
私は木箱の陰から飛び出すと護身用に持っていた短剣で手前に居た男の腕を斬り付けた。
「ぐぁ!」
怯んだ隙にナイフを持つ手を短剣の柄で打ちナイフを取り落とした男の顎を蹴り上げる。
落ちたナイフを蹴り飛ばして脳震盪を起こして倒れた男から放し、壁を背にして短剣を構える。
私はこれでも武門の名家、レオパルト公爵家の人間だ。
そこらのチンピラに負けたりはしない。
「この!」
もう1人の男も打ち倒した私は、そのまま短剣を構えてエポニーヌを狙い間合を詰める。
チンピラのリーダーらしき男の位置からは間に合わない。
だが私の短剣がエポニーヌに届く寸前、刃が止まる。
短剣を持つ私の腕はエポニーヌに受け止められていた。
「ふんっ!」
「がっはっ」
エポニーヌの膝蹴りが私のお腹に直撃する。
身体をくの字に折り、下がった私の頭に鋭い回し蹴りが直撃する。
「ぐっ」
短剣は弾き飛ばされ、倒れ込んだ私の頭をエポニーヌに踏み付けられる。
「まったく、これだからスラムは嫌なのよ」
「くっくっく、そんだけ強けりゃ平気だろ?」
「私は高貴なの。あんた達みたいな底辺連中と一緒にしないで」
「へいへい、ところでそのガキは貰ってもいいか?俺の縄張りで舐めた事をしたんだ。
落とし前を付けなきゃいけねぇ」
「好きにしなさい、こんなガキ……」
エポニーヌが私の頭を蹴り飛ばし被っていたフードが落ちる。
お姉様と同じ白い髪がはらりと揺れた。
「この髪……あの女と同じ雪豹族?」
「ぐっ!」
「ふふ……ふふふ、あっははは、そう。貴女がコゼットね?あの目障りな女の妹」
「殺してやる!」
「黙りなさい」
エポニーヌは再び私の頭を蹴り飛ばした。
「まさかこんなスラムに逃げ込んでいたとはね。
まぁ良いわ。ここで出会えたのは幸運よ。
あんた達、この小娘を始末しておいて頂戴」
「あん?なんだよ勿体無い。
なかなかの上玉だ。
売れば金貨50枚は硬いぞ?」
エポニーヌは懐から取り出した小袋をチンピラのリーダーに投げつける。
「なっ⁉︎」
チンピラのリーダーはその小袋の中を検めて驚きの声を上げた。
「白金貨2枚よ。
この小娘を確実に始末しておいて」
「ひゅ〜。了解、了解。任せておけよ」
私はチンピラのリーダーに担ぎ上げられた。
暴れようにも頭がグラグラしてまともに動く事も出来ない。
そのまま、どこかの小屋に連れて行かれた私は腕と足を縛られて床に転がされる。
「痛っ!このクソが!」
「がっ!」
最初に斬り付けた男が私を蹴り付ける。
「おい、その辺にしとけ」
「別に良いじゃないっすか。どうせ始末するんでしょ?」
「はぁ?そんな勿体無いことするかよ」
「え?」
「ここのまま殺せば白金貨2枚。
殺した事にして売り払えば白金貨2枚と金貨50枚だ」
「でもアニキ、もしこのガキの口からあの女や俺達の事がバレたら……」
「安心しろ。ツテのある仲買人にその手の事が得意な奴がいる」
チンピラのリーダーはニヤニヤと笑った。
それからしばらく、小屋に新たな男が現れた。
顔には笑みを浮かべているが目は一切笑っていない男だ。
「ほぉ、コレは珍しい。雪豹族の少女ですか」
「ああ、訳ありでな。例の処置をして買い取ってくれ」
「手数料として金貨8枚を頂きますよ?」
「ああ」
「毎度どうも」
「この短剣を握りなさい」
男は私に無理矢理隷属の首輪を付けると懐から取り出した箱を開け、中に入っていた短剣を手に取る様に命じた。
勿論、そんな怪しい物に触れたくは無かったが隷属の首輪の効果なのか身体は男の命令に従い短剣を手に取ってしまった。
「う……ぐっ!」
その瞬間、短剣から何かが私の中に流れ込んで来た。
その『何か』は腕から這い上がり、胸のあたり、心臓がある辺りで渦を巻く。
「コレでこの娘は自分の素性を言葉以外で伝える事が出来ません」
「言葉で伝えられるなら意味ないじゃないっすか?」
「勿論、考えていますよ」
男は更に小瓶を取り出した。
「次はコレを飲みなさい」
「ぐっ…………だ、誰が、そんな物……」
「おや?なかなか意思が強いですね。
『命令です。飲みなさい』」
「うぅ……」
私の身体は意思に逆らい小瓶を手に取った。
まるで男に従順なもう1人の私がいるような感覚だ。
私は怪しい小瓶を飲み干した。
「⁉︎、!!」
声にならない悲鳴が上がる。
喉が焼けるように熱い。
悲鳴を上げたいのに口からは荒い息しか出ない。
「ふふ、喉を焼く薬です。
コレで2度と声を出す事は出来ないでしょう。
では、お約束通り金貨62枚、特別処置の手数料として金貨8枚を引いた金貨54枚で買い取らせて頂きます」
「ああ、持ってけ」
「それにしても雪豹族とは本当に珍しい種族ですね。
そういえばお取り潰しになったレオパルト公爵家も雪豹族の一族でしたな。
たしか、次女のコゼット嬢は現在行方不明だとか?」
「おいおい、この業界、長生きしたいなら余計な詮索はしないのが鉄則だろ?」
「はは、怖い怖い。
では私はコレで。
この娘はなるべく遠くの国で売る事にしましょう」
それから私は奴隷商人の男に連れられ、盗賊だと言う男達に引き渡された。
盗賊達はトューロン盗賊団。
私でも知っている極悪人達だ。
トューロン盗賊団の飛空船に乗せられた私は、同じように拐われた人々と共に遠くの国に連れて行かれた。
途中、下される人達もいたが私は最後まで残されていた。
「辺境にお前みたいな奴の心を折るのが大好きな変態貴族がいるからよ。せいぜい可愛がってもらうんだな」
盗賊はそう言って下品な笑いを上げる。
その言葉を聞き、湧き上がる恐怖と絶望を表に出さない様に必死で押さえ込んで過ごす事数日。
とうとう私は飛空船から下された。
どこかの森の中、私と残っていた他の所で拐われた女性の前にはガマガエルの様な男と息子らしきイモリの様な男がニヤニヤとしながら立っていた。
「おお!素晴らしいじゃないか!」
ガマガエルは私の髪に撫でつけながら頬をペロリ舐める。
「この雪の様に白い肌、絹糸の様な髪、実に気に入った!」
嫌悪感が吐き気と共に湧き上がってくる。
今すぐに殴り飛ばしたいが隷属の首輪のせいで身体は動かなかった。
私ともう1人の女性は馬車近くの街の屋敷に連れて行かれた。
女性はイモリ男に連れて行かれ、私はガマガエル男に狭い部屋に放り込まれた。
「私は優しいので強引に犯したりする趣味は無い。
隷属の首輪で意思を奪う事もしない。
君が自ら私に奉仕したくなったら何時でも言いなさい」
誰が!っと言い返したかった。
しかし、薬で焼けた私の喉からは僅かに空気が漏れるだけだった。
「ククク、良いねぇその目。その反抗的な目がいつまで続くのか楽しみにしているよ?グヘヘ」
ガマガエルは下品に笑って立ち去っていった。
それから私は放置された。
食事もなく、狭い部屋で1人だ。
時間の経過を分かるのは偶に出される僅かな水だけだった。
なるほど。
確かにこれなら普通の女性は数日と持たないだろう。いや、私とて同じだ
正直、もう公爵家の挟持などもすり減って来ていた。
家は取り潰され、奴隷にされて遠く見知らぬ国に連れてこられた。
もう……あのガマガエルに従った方が楽なのではないだろうか?
ここで意地を張ってもどうせ故郷には帰れない。
それなら…………。
私の心が折れそうになった頃だ。
急に外が騒がしくなった。
廊下に足音が聞こえたと思うと、水を入れる為の小窓が開き、誰かが部屋の中を覗き込んで来た。
「アルベルト様!こちらの部屋にも女性が囚われております!」
「よし、退がれ」
外で何かの会話が交わされると、部屋に掛けられていた鉄の鍵が吹き飛んだ。
ギィと音を立てながら扉が開くと私とそう変わらないくらいの歳の青年が部屋に入って来た。
鍵を壊したのは彼の手にしている短槍だろうか?
青年は私に駆け寄ると自らのマントを私に掛けてくれた。
「もう大丈夫ですよ。おい、早く開錠を!」
青年の指示で兵士に呼ばれてやって来た男が私の隷属の首輪を確認する。
「これも非正規の隷属の首輪ですな。
今、解錠致します」
後から聞いた話だが、彼はこの街の正規の奴隷商人らしい。
何やら操作され、私の隷属の首輪が音を立てて落ちた。
「よく頑張りましたね。直ぐに外に出られますよ」
青年の言葉を聞いた瞬間、私の中で張り詰めていた何が切れた様な気がした。
自然と零れ落ちた涙が彼が掛けてくれたマントに落ちる。
私は青年にすがり、子供の様に泣いてしまった。
絶望、不安、恐怖と言う物は自分で思っている以上に私の心を傷付けていたのかも知れない。
声が出せず、音も無く泣きすがる私を青年は落ち着くまで優しく抱きしめてくれていた。
それから数日、青年や屋敷の人々に介抱して貰い、体力などが戻ってきた私は、青年に連れられて1人の少女と面会していた。
青年、アルベルト様はここ、ミルミット王国のガスタ辺境伯領を治めるガスタ辺境伯の嫡男らしいのだが、彼は目の前の12歳ほどの少女に敬意の視線を向け、丁重に接していた。
聞けばこの少女が私を閉じ込めていたあのガマガエルを叩き潰してくれた冒険者であり、薬で焼かれた喉を治療出来るかも知れない薬師だと言う。
(あと私やアルベルト様と同年代だと聞いて驚いた)
少女に喉を診て貰った日の夜、早速調合してくれたと言う薬を飲むと、翌朝にはすっかり痛みも無く声が出せる様になっていた。
そして私は様子を見に来てくれたアルベルト様に自分の素性や事の経緯を語った。
「…………そうか、辛かったね」
「私は……でも私よりもお姉様達が……」
「コゼット嬢」
「アルベルト様、私は……私はどうしたら良いのでしょうか……」
「…………………」
これは卑怯な言葉だ。
どうするべきなのか。
それは私が自分で決めなければいけない事だ。
ガマガエルから助けて貰い、喉の治療までしてくれた。
これ以上、迷惑を掛ける訳にはいかない。
私は涙を拭うとアルベルト様に謝罪する。
「申し訳有りません。
アルベルト様にそんな事を聞くなんて……」
「コゼット嬢」
「⁉︎」
いつの間にか、テーブルを回り込んで私の隣に来ていたアルベルト様はそっと私の手を握ってくれた。
「僕はまだ爵位も継いでいないし、大した実績もない。
学院を卒業したばかりの若輩だ。
それでも……それでも僕は君の力になりたいと思っている。
どうか、君に協力させて欲しい」
「アルベルト様……」
彼はあの時と同じ様に私の頬に流れる涙を拭うと、優しく抱きしめてくれた。




