◇死の化身
苛立ちに任せてペンを投げ捨てる。
ようやく新たなキメラが完成しそうだと言う時に、愚かな民衆どもが反乱を起こしたと報告されたのだ。
我は兵士共に反乱の鎮圧を命じると再び、中庭に作った錬金工房に戻る。
この程度の事で我を煩わすとは、無能者ばかりで嫌になる。
すでに何人もの愚民を使い潰し実験を重ねてきた。
無価値な愚民も我の実験体として、この国の礎になれるのだから身に余る栄誉であろう。
このキメラが完成すれば、我は無敵のキメラ軍団を手にできる。
我が国に楯突くものは居なくなり、我はこの大陸の覇者として君臨するのだ。
剣帝などと祭り上げられた田舎者が造りあげた成り上がりの帝国や日和見主義のミルミットの平和ボケが我の前にひれ伏すのも遠くないだろう。
我が実験を続けていると錬金工房にやって来る者がいた。
我の息子の1人、ダンカンだ。
「父上、マクベスの奴が民衆を扇動して謀反を起こした様です。
奴らは愚かにも城に踏み込んで来たとのこと、暴徒を鎮圧するまで父上は避難をして下さい」
「ちっ!マクベスの奴め、この我に逆らうとは……」
我は実験資料をマジックバッグに詰め込むと、解読途中の大事な魔導書を手にダンカンと共に工房を出た。
城下の方からは黒い煙が立ち上り、騒々しい声がここまで聞こえて来る。
外にはダンカンが連れてきたのだろうキメラ兵の中でも特に出来の良い奴が6体、並んで居た。
我がダンカンと共に城を脱出しようとしたときだ。
中庭に見慣れない人影が現れた。
「なんじゃあやつは?」
「大方、暴徒の1人が迷い込んだのでしょう。
所詮は群れなければ何も出来ない愚民です。
捕らえて情報を吐かせましょう。
父上はここでお待ちください」
ダンカンは侵入者に近づいて行く。
6体のキメラ兵を引き連れている事から愚民相手であっても決して油断はしていない事が窺える。
ダンカンとキメラ兵が小さな人影に近づき、2、3言話した様に見えたその時、小さな人影が何かを翻した。
すると、ダンカンと6体のキメラ兵全ての上半身が地に落ちた。
比喩では無く、正しい意味で上半身のみが地に落ちたのだ。
我は我が目を疑った。
高貴な我の血を引くダンカンがただの平民に殺された……それに何より、ダンカンが連れていたのは我の作ったキメラ兵の中でも特に出来の良い6体だったのだ。
それが羽虫でも払うかの様に一瞬で殺されたと言うのが信じられなかった。
それを成した人影はこちらに近づいて来る。
我は背中に冷水を浴びせ掛けられた様な気がした。
「お、おおぉ! じ、実験体485号、侵入者を殺せ!殺すのだ!」
我の命令で中庭に控えていた我の最高傑作、Aランクは確実にあるであろう巨大キメラは動き出す。
このキメラに掛かればあの者もなす術なく叩き潰されるだろう。
しかし、そんな我の予想はあっさりと裏切られる。
我の最高傑作は一瞬にして真っ二つにされたのだ。
あり得ない!
ミスリルと同等の硬度を持つ鱗も、竜種にも匹敵する筋肉も全てあっさりと両断されたのだ。
「な、な、なんだ、何なんだお前は!」
「貴方の様なクズに名乗るつもりはありません。
わたしの名が汚れます」
我の最高傑作をまるでゴブリンか何かの様に軽くあしらったのは、まだ年端もいかない少女だった。
珍しい黒髪に黒い瞳の少女は奇妙な服の上に夜空の様な漆黒のローブを纏っている。
全身を黒で染められたその姿はまるで死を具現化したかの様な姿だった。
少女の右手には、その背丈よりも大きな戦斧が握られていた。
美しい戦斧だ。
錬金術を扱う我の目は、無意識の内にその戦斧を観察する。
刃から柄まで闇よりも深い黒で統一されている。
柄の材質はアダマンタイト、刃は強大な魔力を秘めいてる事から高レベルの魔石を付与した物かも知れない。
更に柄には金と銀の線が複雑に絡み合い立体的な魔方陣を構成しながら走っている。
間違いなくオリハルコンとミスリル、所々に見られる魔方陣を強化する様に配置された赤い金属はヒヒイロカネだろう。
複雑な金と銀の線は一切の無駄がなくいくつもの魔方陣を描き出している。
少女が手にしている戦斧は、一切の装飾が無く、その存在全てが実戦の為に造り上げられているのだが、実用性を極限まで研ぎ澄したそれは、まるで精霊が創り上げた至高の芸術品の様に美しい逸品だった。
あの戦斧でダンカンやキメラ共は斬られたのだろう。
我はあまりに美しい戦斧から目が離せなかった。
そんな我の身体が急に震えだした。
腰が抜け、地べたに這いつくばる。
「一体何が……」
そう口にした時、我は初めて自分が恐怖している事に気が付いた。
精神を蹂躙するかの様な威圧感が我の身体を支配しする。
あまりの恐怖に我の頭髪は瞬く間に抜け落ち、いつの間にか股間からは暖かい液体が漏れ出していたが、恐怖に支配された我はそれを気にする事も出来なかった。
「コレは……」
少女は我が取り落とした魔導書を拾い上げ表紙をチラリと目にし、ペラペラとページをめくり、最後に裏表紙を見ると顔を顰める。
「答えなさい、この本はどうやって手に入れたのですか?」
不思議な事に恐怖が薄らぐと、少女が問いかけて来た。
「あ、あ、こ、交換したんだ。
我に謁見を求めて来た黒い革鎧を着けた人族の男と……」
「交換ですか……その男に何を渡したのですか?」
「ま、魔宝石だ。
我が国の宝物庫に有った魔宝石『風のオーブ』と交換したんだ」
少女は我の言葉に更に不機嫌そうになった。
我は何とか取りなそうとしたが、またあの威圧感に襲われそれも叶わなかった。
「貴方の様なクズは今すぐ殺したい所ですが止めておきましょう。
貴方は断頭台で民衆に石を投げられ、罵声を浴びながら死ぬべきです」
我は自我が崩壊しそうな恐怖の中、少女が巨大な鳥に乗って立ち去るのをただ見送る事しか出来なかった。




