◆帝都へ
「それでは村長様、今まで大変お世話になりました。 またいずれ、必ず戻って来ます」
「お待ちしております。
この村はモーリスの故郷ですからな」
「ふふふ、では」
ローザさんとレインさんを乗せ、帝都を目指し、大空を飛びます。
空の旅は順調で、盗賊も落ちていません。
綺麗なものです。
「綺麗な景色ですね。
まさか、サンダーバードに乗って空を飛ぶ日が来るとは思ってもいませんでした」
「そうだな、この光景を見ると人間なんてちっぽけな存在なんだって事が分かる」
この世界では空を飛ぶのはとてもレア体験です。
滅多にいない飛行可能な大型の魔物をティムしたテイマーか、希少な飛空船くらいしか有りません。
2人は初めて目にする高所からの景色に感動している様です。
無事、グリント帝国の帝都に到着し街の中に入ります。
特に事件などは起こりませんでした。
当然です。
村から帝都までは直線距離ならとても近いのです。
問題と言うほどではないですが、ローザさんとレインさんはギルドカードや市民証を持っていなかったので犯罪歴を確認するマジックアイテムを使って入りました。
その程度です。
「これから直ぐに宮廷に向かいますか?」
「そうですね……いえ、一旦冒険者ギルドに寄ろうと思います。
冒険者ギルドならアンデッドの被害や目的などの情報があるかも知れません」
「なるほど」
帝都の軋まないスイングドアを開けギルドに入ります。
流石帝都のギルドです。
とても活気が有ります。
「ん? おいガキ!
ここはてめぇみてぇなばがぅ」
いつもの挨拶を済ませカウンターへ向かいます。
なぜかローザさんとレインさんが苦笑いしていますが何かあったのでしょうか?
「ん?」
カウンターに向かって歩いていたとき、視界の隅に映った人物が何か引っかかりました。
「んんんーん?」
「どうしたのですか?ユウさん」
「何かあったのか?」
他の冒険者の影に隠れる様にわたしの視線から逃げていた奴を見つけました。
これはラッキーです。
冒険者ギルドより良い情報が手に入るかも知れません!
わたしはギルドに併設された酒場に足を踏み入れると人混みを割りズンズン進みます。
目的の人物の肩にポンと手を置き話しかけます。
「お久しぶりですね」
「………………誰かと間違えてないか?」
「ほぅ、わたしにそんな口を聞いて大丈夫ですか?」
「ユウ、そいつは?」
「お知り合いですか?」
「知り合い…………まぁ、知らない事はないと言う程度ですが…………この帝都の裏を牛耳る犯罪組織の幹……」
「待て待て待て!
おい!こんな酒場の真ん中で何を!」
わたしの口を塞いで来た手を払いのけ、笑顔で告げます。
「実はお願いが有るのですが?」
「はぁ、なんで俺が……」
「みなさーん、彼は犯罪そ…もが!」
「ははは、じ、冗談が過ぎるぞユウさん。
頼みってのを聞こうじゃないか」
改めて周りに話が聞こえづらいそうな端の席に座りなおしたわたしは、ここ帝都に巣食う犯罪組織、高き釣鐘の幹部バランを脅し……お願いして情報を教えて貰う事にします。
「で、俺に何をしろってんだ?」
「情報が欲しいだけですよ。
最近帝都の周辺でアンデッド絡みの事件などは起こりませんでしたか?」
「はぁ?そんなのギルドに聞けば良いじゃねぇか!」
「みなさ……」
「わかった、わかった、俺が悪かった!
えーと最近だと……エルムの町でゾンビが数体現れたらしいな……それと西の森でスケルトンウルフが何体か目撃されて今朝、討伐依頼を受けた冒険者が出発した。
それからキートン村の墓荒らしはグールの仕業だったらしい。
すでに討伐済みだがな。
こんなもんだ」
「うーん、そうですか……」
「どれも関係なさそうだな」
「そうですね。
村からは反対方向ですし……」
「あぁ!あとこれは関係あるのか分からないが、ロックスと言う街で裏稼業の死霊術師が1人行方不明になっている。
アモンと言う男でガリガリの優男だ」
ローザさんやレインさんと顔を見合わせました。
「死霊術師ですか。もしかしてそいつが黒幕でしょうか?」
「どうだろうな、可能性はあると思うぞ」
「俺が知っている情報はこんなもんだ」
「そうですか、ありがとうございました」
席を立ちながら一応お礼を言っておきます。
「はぁ、本当なら情報料を貰うところだぞ」
「わたしはあなたを宮廷の拷問官に突き出して報奨金を貰っても良かったのですよ?」
「…………マジ、勘弁してください」
取り敢えずの情報を仕入れたわたし達は改めて宮廷に向かうのでした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
暗い森の中、青白い顔の男が走る。
男の顔は体調が優れないなどと言う様なものではなく、生者では有りえない様な顔色だ。
それもそのはず、男は人間ではない。
ある魔法使いの邪悪な魔術によって生み出され、使役される亡者、レッサーリッチであった。
アンデットを指揮して3人の人間と戦い、目的を果たした為、魔法使いが用意したノーライフキングに周囲のアンデッドを寄せ集めさせ、スケルトンドラゴンを造り出してあの人間達が戦っている間に逃走したのだった。
スケルトンドラゴンは強力だ。
いくら神聖属性の魔法を使える者が2人も居たとしても暫くは時間を稼げるだろう。
それで人間がアンデッドのボスを倒したと思えば上々、真のボスである自分が逃走した事に気付いたとしても逃げ切れる。
森の奥深く、かつてイザール神聖国と呼ばれていた領土に差し掛かった辺りで、レッサーリッチは足を止める。
前方の岩場に人間の男が1人、腰掛けていたからだ。
レッサーリッチは男の前に跪坐くとその手に持っていた物を掲げる様に差し出した。
「ふむ」
男はレッサーリッチの手から神聖な気配を発する錫杖を受け取る。
聖なる加護を受けた錫杖を手にしていたレッサーリッチの手は既に使いもにならない程ボロボロに焼け爛れていたが、男は気にする素振りも見せなかった。
傍でこうべを垂れるレッサーリッチに視線すら向ける事なく錫杖をしらべる。
その錫杖が間違いなく歴代の教皇に伝わるマジックアイテムだと確認した男は、その聖なる力の源である魔宝石に手をかざす。
「【練金:分離】』
詠唱も魔法陣も使わず唱えたのは単純な初級練金術。
しかし、男が操るそれは、本来なら単純な素材の分解や目に見える程度の不純物の除去程度の効果しか無い練金術の初級魔法でありながら、強力なマジックアイテムの素材を分解すると言う有りえない程の効果を示した。
錫杖から取り出した魔宝石を見つめる。
膨大な光の魔力が込められた魔宝石『光のオーブ』を手にした男はニヤリと笑い、パチリと右手の指を鳴らす。
するとレッサーリッチは無言のまま崩れ落ち土に還った。
男はレッサーリッチだった土塊の中から人間の頭蓋骨を拾い上げる。
数日前、この近くで殺した死霊術師の頭蓋骨だ。
それを光のオーブとともにしまい込み、森を後にするのだった。




