嬢ちゃんと俺
机に積まれた書類に目を通し、サインを書いてく。
十数年前の俺には想像も出来なかった仕事も今では日常となった。
書類仕事も武術も器用にこなす兄貴を見て、とても真似できないと思っていたガキの頃の自分に見せてやりたい物だ。
そんな取り留めのない事を考えながら詰まらない書類仕事を続けていた時、階下から争うような物音と叫び声が聞こえきた。
また馬鹿どもが酒に酔ってケンカでもしているのだろう。
別に放って置いても構わないのだが、仕事に飽きてきた俺は気分転換にでもと、様子を見に行く事にした。
階段を降りると冒険者が積み重なっていた。
1人は気を失い、1人は全身を打ち付けたのであろうか、痛みにのたうち回っている。
「おい!これはなんの騒ぎだ!」
俺は声を荒げながらカウンターからホールへ出た。
「ギルドマスター!」
受付嬢のラティが俺を見て声を上げる。その声色に安堵が混ざっていたことから、ラティが冒険者共にでも絡まれたのかと思い、説明を求める。
「ラティ、何があったんだ?」
「そ、それが……此方の女性がギルドに登録を希望されていたのですが、そこにキースさんとボリオさんが……」
「また新人に絡んだのか」
キースとボリオはこのギルドの問題児だ。
駆け出しの頃は、夢を追いかける努力家だったのだが、このところ壁に突き当たり、すっかり腐ってしまった。
奴らに絡まれた気の毒な新人に目を向けると、俺は驚愕に目を見開いた。
そこにいた少女は、ただ立っていただけなのだが、まるで隙がなかった。
一目見ただけで強者だと分かる少女。
それは良い。若くして高みに到達する天才が存在する事を俺は知っている。
かつて、冒険者としての基礎を少しだけ教えた少女。
瞬く間に腕を上げ、大冒険の末、数々の偉業を成し遂げ冒険者としての理想を体現した『至高の冒険者』と称されるようになったSランク冒険者や、いま商人達を騒がせているレブリックの才女と呼ばれるAランク商人などが良い例だ。
俺が驚いたのはそこでは無い。
これだけの強者が側にいて、意識を向けるまでまるで気が付かなかったのだ。
どうやら原因は少女が身に着けているローブのようだ。
一見すると、上質ではあるが普通のローブだ。
しかし、俺の勘ではこのローブは間違いなくマジックアイテム。
予想だが、このローブには偽装の効果が有るのだろう。
それはつまり、あのローブは偽装する必要がある程の強力なマジックアイテムであるという事だ。
こんな得体の知れない奴に絡むとは何て馬鹿なんだ。俺の口からはため息が溢れる。
俺はようやく目を覚ましたキースと立ち上がったボリスに説教を始める。
「何度言えば分かるんだ。いちいち新人に絡むんじゃねぇ。
大体この嬢ちゃん、てめぇらにどうこう出来る様な相手じゃねぇだろうが!
それが分からねぇからいつまでもEランクで燻ってんだ。
後でペナルティーを与えるから取り敢えず謹慎しとけ!」
すごすごと立ち去って行く馬鹿どもを見送ると、俺は少女に頭を下げた。
まだ登録して無いのだからこの少女は一般人だ。一般人に冒険者が絡んだとなるとギルドの評判が悪くなる。
「馬鹿な奴らが絡んじまって悪かったな、嬢ちゃん」
「いえ。これから暫くこの街で活動する積もりなので、舐められない様にと思いわたしも少しやり過ぎました。
受付嬢さん……ラティさんもすみませんでした」
「い、いえ私も止めることが出来ず申し訳有りません」
「じゃあ後は登録だな。ラティ頼んだぞ」
幼いわりに出来た少女だった。
俺はラティに少女の事を頼み、まだ残る仕事を片付けるため自室へと戻るのだった。
その夜、俺はラティから提出された報告書に目を通していた。
今日、登録した少女に関する報告書だ。
あの歳で(15歳と言うのにも驚いた)薬師を名乗っている上、従魔も従えているらしい。
更に、この街に来るまでに盗賊を仕留めていると言う報告が衛兵とDランクパーティ《遥かな大地》から入っている。
《遥かな大地》からは少女の持つ高度な薬術の報告も有った。
強力な毒薬を解毒出来るポーションを最低限の道具を使い、短時間で調合したと言う。
これ程の腕を持つのなら、是非この街に留まって欲しい所だが、無理は言えない。
せめて出来るだけ友好的な関係を築きたいものだ。
これが、後に王国中に……いや、大陸全土へと、その名を轟かす事になる嬢ちゃんとの出会いだった。