◆東方への旅路
「お久しぶりですわ、ユウ先生」
「お久しぶりです、シアさん」
わたしはレブリック公爵領にあるレブリック商会所有の商館の一室で、レブリック商会会頭のシアさんと再会しました。
「それで、手紙にはリュウガ王国の要人の治療を依頼したいと有りましたが、どんな病気なのですか?」
「それが、詳しい事は分からないのです。
日に日に体力が落ち、今では自分で起き上がる事も出来ないのだとか……」
「そうですか……まぁ、行って診断しなければ分かりませんね」
「そうですね、どうかよろしくお願いします。
今日は部屋を用意しましたのでお休み下さい」
「いえ、まだ日も高いですし、このまま出発します」
「え、このままですか?」
シアさんが驚いて居ますが、今はまだ昼前です。
今から出てもおかしく有りません。
「ここからリュウガ王国まではどれ位の距離なのですか?」
「船で7日から10日と言ったところでしょうか?」
「それくらいの距離であればオリオンなら数日で着くはずです。
途中に休めるくらいの岩場や小島はありますか?」
「はい、いくつかの小島はわたくしの商船でも補給地として使っています」
それなら問題有りませんね。
まぁ、オリオンなら数日くらい飛び続ける事も可能ですが休憩はあった方が良いですからね。
わたしが席を立とうとすると、シアさんが慌てて止めます。
「わ、分かりました。
準備をしますので1時間だけお待ち下さい」
おっと、そうですよね。
わたしが向こうへ行った際、シアさんの紹介である事を示す手紙や書類、許可書などを用意して貰わないといけません。
わたしは席に座りなおしました。
「分かりました。
では、少し待たせて頂きますね」
「はい、すぐに用意致します」
そう言うとシアさんは部屋を出て行きました。
「お待たせいたしました」
1時間後、シアさんが準備を終えて部屋に戻って来ました。
………………シアさんは何故わざわざ着替えているのでしょうか?
「では、行きましょうか、ユウ先生」
「え?」
「え?」
「いえ、あの、通行証や紹介状などは?」
「ああ、わたくしが持っていますわ」
「シアさんが持っているのですか?」
「はい、相手と面識のあるわたくしが持っている方がよろしいかと思いますわ」
「え?」
「え?」
「あの………………シアさんも行くのですか?」
「はい、わたくしも同行致しますわ」
なんと、シアさんも一緒に行く積りらしいです。
しかし、シアさんは次期王太子夫人、いずれ王妃になる人です。
どう考えても重要人物です。
そんなに簡単に他国に連れ出して良いのでしょうか?
その点をシアさんに聞くと、今回は国王様から許可を貰っているそうです。
許可が有るなら問題有りませんね。
早速、わたしはシアさんと共に東方の島国『リュウガ王国』を目指し飛び立ったのです。
現在、わたしとシアさんは海の上を飛び続けています。
方角は時々シアさんが取り出した地図で確認しているので問題ありません。
シアさんの地図はマジックアイテムなのか、わたし達の現在地やシアさんの商会の一部の商人さんの居場所が分かるそうです。
「近くにわたしの商会の商船が有りますわ。
少し休ませて貰いますか?」
「そうですね。
そろそろお昼ですし、休憩にしましょうか」
シアさんの指示する方向に飛ぶと一隻の船が見えて来ました。
「不味いですね」
「どうしたのですか?」
「戦闘中のようです。海賊でしょうか?」
「いえ、この海域には強力な魔物も多いので海賊は居ない筈です。
恐らく魔物だと思いますわ」
「とにかく、助けに行きましょう。
どうも、相手の数が多いようです。
負けないにしても被害が出るかも知れません」
「お手数おかけしますわ」
「シアさんはオリオンと待っていて下さいね」
当然シアに戦わせるつもりは有りません。
彼女は強いですが、怪我をしてはいけませんからね。
そう思ったのですが……。
「いえ、わたくしも戦いますわ!」
っとシアさんは主張します。
何でも今のシアさんは貴族の令嬢ではなく、1人の商人であり、部下が襲われているのを、見捨てる訳には行かないとの事です。
今は言い争っている場合では有りませんし、まぁ、シアさんなら大丈夫でしょう……多分。
わたしの責任では有りませんし……多少の怪我なら治療できますしね。
船に近づくと甲板で護衛の冒険者らしき人達が戦って居るのが見えて来ました。
どうやら相手は海のゴブリンとでも言うべき魔物サハギンの様です。
わたしとシアさんはオリオンから飛び降り、甲板へと着地したのでした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ある日の昼下がり。
いつもの様にフューイに書類仕事を押し付けたリゼッタは食後の散歩へと洒落込んでいた。
威勢の良い呼び込みの商店や珍しい品物を広げる露天商を冷やかしながら歩いていたリゼッタだったが、いつの間にか人気の無い路地裏へと姿を消していた。
「ねぇ、そろそろ出てきたら?」
リゼッタがそう問いかけると建物の影から苦笑いを浮かべた青年が姿を現した。
何処か自信なさげな笑みを浮かべた気弱な印象を受ける青年だ。
「お気付きでしたか。流石Sランク冒険者ですね。これでも僕、気配を消す事には自信があったんですけど」
「それで?わたしに何の用?」
「まずは自己紹介を。
僕はクルスと言います。この街の領主の御子息、アルベルト・フォン・ガスタ殿とは同期の学友です」
「ふ〜ん…………あなた、人間じゃないわね?」
「⁉︎」
笑みを浮かべていたクルスは一瞬息を飲んだ。
「…………なぜ?」
「理由なんて無いわ。勘よ」
「勘……ですか。貴女は本当に恐ろしい人ですね。
お察しの通り、僕は魔族です。現在は魔法で人間の姿に変身しています」
「魔族の変身魔法……【メタモルフォーゼ】ね。
でもあの魔法は変身できる時間は長くなかったはずよ」
「はい。しかし僕は特異体質でして、数年単位で変身し続けることが出来ます。
その為、魔王様より人間の国への潜入の任務を与えられたのです」
「そう。それで?
その魔族のスパイさんが私に何の用?
「実はリゼッタ殿に折り入ってお願いしたい事があるんです」
そう前置くとクルスはリゼッタへの頼みを語るのだった。




