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炎を継ぐ者

 ミルミット王国の片田舎、パーフェ男爵領にある、村よりは発展していて町よりは小さな田舎に暮らす少年、カートは父と母を尊敬していた。

 

 父は怪我で引退したが、かつては『紅蓮』の二つ名で呼ばれた剣士であり、母は『灼熱』の二つ名を持つ魔法使いだった。

 

「僕、大きくなったら冒険者に成りたい!」

「はっはっは、そうか、そうか!

  良し!父さんが剣を教えてやるぞ!

  カートは筋が良いから立派な剣士になれる!」

「ちょっとあなた!カートには魔法を教えるって話したじゃない!

 せっかく高い魔力を持っているんだから!」

「なに!男なら剣だろ!」

「魔法の才能が有るのよ!」


 机を挟んで睨み合う2人にカートは声を掛ける。


「僕は両方教えて欲しい!

 剣も魔法も使える冒険者に成りたいんだ!」


 その言葉に険悪な雰囲気だった両親はすぐに笑みを浮かべる。


「そうか~そうだな!カートなら出来るさ」

「そうね、お父さんとお母さんの息子だものね」


 

 そんなカートがある日、近くの森で夕飯に使うキノコを採っていた時だった。


 この辺りの森には定期的に狩人や父を始めとした村の元冒険者達が見回り、魔物を討伐してある。


 その為、森の浅い所なら子供や女性でも問題なく野草やキノコを取りに入る事が出来た。

 カートも5つ年上のリンナに連れられてキノコを取りに来ていた。


「カート、そろそろ戻るわよ」

「分かったー」


 カートが自分を呼ぶ声に振り返った時、森の木々の間から1匹のコボルトが姿を現した。


「きゃぁあ!」

「姉ちゃん!」


 コボルトはすぐ側に居た少女に襲いかかった。

 少女はなんと回避する事が出来たが、そんな幸運は何度も続かない。

 すぐにコボルトに腕を掴まれてしまった。


「いやぁ、離して!」


 コボルトが少女の腕を掴んだ時、採取用のナイフを構えたカートは反射的にコボルトへ斬りかかった。


「姉ちゃんを離せ!」

「ウォン!」


 カートが持っていたナイフは飽くまでも採取用の物だ。

 コボルトに僅かに傷を付ける事は出来るが腕を切り落とす様な事は出来ない。

 

「グオン!」


 コボルトはボロボロの剣を振り下ろす。

 カートはナイフを斜めに構え、コボルトの剣を受け流した。

 父に何度も教わった動きだ。


 そして、コボルトが剣を引き戻す隙に魔法を唱える。


「打ち抜け 紅蓮の炎弾よ【ファイアーボール】!」

「ガァァア!」


 カートは燃える身体にパニックになったコボルトを何度もナイフで斬りつける。

 そうして、ようやくコボルトは動かなくなった。


「はぁ、はぁ、姉ちゃん、大丈夫か?」

「う、うん、ありがとう、カート」


 なんとか窮地を切り抜けたと思った時だ。

 茂みからコボルトが3匹現れる。


「そ、そんな」

「姉ちゃん、逃げろ!」

「で、でも」


 カートがコボルトにナイフを向けた時、何処からか飛んで来た矢がコボルトの1匹の頭に突き刺さる。


「グオン!」

「ウゥ!」


「はぁぁあ!【紅蓮】」


 茂みからカートの父が飛び出し炎を纏った剣で瞬く間に2匹のコボルトを仕留めた。


「カート、リンナ、無事か!」

「お父さん!」

「だ、大丈夫です」


 父に続き、リンナの父や村の狩人達がやって来た。

 どうやらコボルトの姿を見つけて追いかけて来たようだ。


「リンナを護ったのだな。

 良くやったなカート」


 カートは頭を撫でてくれた父を見上げる。


「強い男は弱い者を護るものだからな」


 その時の父の言葉はカートの心に深く刻まれる事になった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ググルゥゥウ」


 断末魔の悲鳴を上げてオークが倒れる。

 今日はもう3匹もオークを仕留めた。

 この森でこんなにオークが出るなんて異常だ。

 

「どうなってんだ、とにかく狩りは中止にして今日はもう戻った方が良いな」


 そう呟くとカートは村に向けて走り出した。

 十分程だろうか?

 走るカートの視界に黒い煙が見えて来た。


「な、なんだ!」


 カートは走る速度を上げる。


 

 村が見えて来たが、なんと村はオークの群れに襲われている様だ。


 村の前では父や村の男達がオークと戦っている。


 カートは数年前、森でコボルトを倒した後に父から貰った剣を抜き放ち、近くに居たオークを斬り掛かった。


 村の正面では父が複数のオークを相手に戦って居た。


「ぬぉぉお!【紅蓮】」


 裂帛の気合いと共に振り下ろされた剣からはその二つ名の通り、紅蓮の炎が巻き起こり、オークを飲み込んで行く。


 父の持つ剣は火属性の上位属性である炎属性の魔法が込められたマジックアイテムだ。

 

「父さん!」

「カートか!無事だったのだな」

「ああ、俺も戦うよ!」

「いや、ここは俺達だけで大丈夫だ。

 村の広場にみんなが避難している。

 お前はそこに行け!」

「な、避難しろって言うのか!」

「違う。オークが数匹村の中に入り込んでいる。

 お前は村人達を守っている母さんと合流してみんなを守るんだ」

「わ、分かった!」


 カートは村の広場を目指し駆け出した。


「灼熱の柱よ 焼き尽くせ 【フレイムピラー】」


 広場から火柱が上がる。

 カートの母の魔法だ。


「母さん!」

「カート!無事だったのだね」

「俺も戦うよ!」

「気をつけて、亜種も居るわ」

「分かった」


 そうして居るうちにオークの亜種、オークソルジャーが現れた。


 母は3匹のオークの相手で手一杯だ。

 このオークソルジャーはカートが1人で相手にする事になる。


「はっ!」

「ブゥモ!」


 カートの剣をオークソルジャーは長剣で器用に捌いていく。

 

「くっ!」


 カートが一旦距離を取るとオークソルジャーはすかさず長剣を振り、瓦礫を弾く。


 飛来する瓦礫の礫をギリギリで躱したカートは【ファイアーボール】を放つと同時に

 オークソルジャーに駆け寄る。

 オークソルジャーは長剣を振るってファイアーボールを打ち払うが、その隙を突いたカートの剣はオークソルジャーの喉を切り裂く。


「ブゥギョォォオ!」


 ハイオークが倒れると母が駆け寄って来た。


「カート、大丈夫?」

「ああ、大丈夫」


 どうやらオークの襲撃もそろそろ終わりの様だ。



 オークの襲撃から数日後、かなりの規模の襲撃だった。

 村人に死者は出なかったが、数人の重傷者が居た。

 

「うぐっ……すまんな、カート」

「大丈夫か、父さん」


 父も重傷を負った1人だ。

 複数のハイオークを1人で相手にしたらしい。


「カート、お前にコレをやろう」

「コレは」


 父は自らの剣を取り出すとカートに手渡した。


「俺はもう戦えない。

 その魔法剣はお前にやる。

 これからはお前が母さん達を守るんだ」

「……分かった。必ず」


 カートは父から譲り受けた剣に誓うのだった。

 


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「カート、身体に気をつけるのよ」

「ああ、分かってるよ母さん」

「カート、あなたは強いから、弱い人を守るのよ」

「ああ、任せてよ母さん」

「カート、愛しているわ」

「ああ、俺も愛しているよ母さん」

「カート、ありがとう」

「ああ、ありがとう母さん…………おやすみ」


 カートの母はこの日、長い眠りに就いた。


 オークから受けた傷が元で父が亡くなってから数年がたった日の事だ。


 流行りの病だった。


 母が亡くなって数日、カートは村を出る事にした。

 実は以前から準備していたのだ。


 父から譲られた魔法剣を持ち、母が愛用して居たマントを羽織り、村の出口に向かう。


 村人達はとても良くしてくれた。

 家族を失ったカートを心配して食事などを世話してくれる人もいた。


 カートが村を出るのはこの村が嫌いだからではない。


 カートは父や母の若い頃の冒険譚を聞きながら育った。

 そして、いつしか自分も世界を見て回りたいと思う様になったのだ。


「カート」

「リンナ姉さん」


 5歳年上の村人、リンナがカートを呼び止める。

 リンナは赤ん坊を抱いていて、傍にはリンナの旦那であり、カートの兄貴分であるケールが居る。


「カート、いつでも帰って来ていいのだからね」

「気を付けて行けよ」


「ああ、行って来るよ」


 こうしてカートの旅は始まった。


 パーフェの街で冒険者として登録したカートは魔物の討伐を中心に依頼をこなして行った。



「はぁぁあ!」


  カートの剣はゴブリンの首を切り落とす。


「【紅蓮】」


 カートの叫びに呼応する様に剣から炎が吹き出し、2匹のゴブリンを焼き尽くす。


「ふぅ、討伐完了だな」


 カートは手早く討伐証明を集めるとギルドに戻るべく、歩き始めた。

 この辺りでの依頼もある程度こなしたのでそろそろ別の街に移動したいところだ。


 今度は王都の方に行くのも良いかと考えながらギルドのスイングドアを開ける。


 カウンターでゴブリン討伐の報酬を受け取り、クエストボードの方に向かうと2人組の冒険者が何やら話している。


「次は王都に行くんでしょ、ならこの護衛依頼を受けたら良いじゃない。

 王都の近くの街までの護衛よ」

「よく見ろよ、この依頼の最低人数は3人じゃないか、あと1人足り無いぞ」

「そんなの誰か適当に誘えば良いわよ」


 実に好都合な話が聞こえて来た。

 カートはクエストボードの前に居た2人組の冒険者に話し掛ける。


「なぁ、お二人さん。

 その依頼、俺も交ぜてくれないか?」


 カートの冒険はまだ始まったばかりだ。

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