ボスと俺
その日、俺は冒険者ギルドに来ていた。
今日は組織の仕事は無い。
その為、朝から簡単な討伐に出ていたのだ。
訓練にもなり、情報も集まる為、組織には冒険者となる者も多くいる。
また、元冒険者と言う者も多い。
俺も表向きはCランク冒険者だ。
討伐証明を渡して報酬を受け取ると目ぼしい情報が無いか確認し、ギルドを出た。
しばらく歩くと広場にいくつもの屋台が出ている。
俺は適当に串焼きを買うと食いながら歩く。
すると1人のガキが俺の前に現れた。
スラムで偶に見かけるガキだ。
ガキは無言で俺に紙切れを差し出して来た。
こう言ったやり取りは慣れている。
このガキは組織のメッセンジャーだろう。
受け取った紙切れにはいくつもの食材の名前と数、商店の名前などが書かれている。
どう見てもお使いのメモであるが、コレは暗号だ。
流石にガキに指令を書いた紙をバカ正直に持たせる訳がない。
俺は人目に付かない路地に入ると改めて指令書を見る。
大方、どこかのバカが任務に失敗したとかそんな物だろうと思って見たら、指令書の端にインクの跡を見て緩んでいた気を引き締める。
まるで偶然インクが垂れた跡の様に見えるが、これはボスからの直々の指令書である印だ。
最近、代替わりしたボスはあまり直接指令を出す人では無かった。
しかし、実力は先代以上。そして掟を破った者には一切容赦をしない恐ろしい人だ。
暗号文を読み進めて行くと俺の血の気が引いて行く。
幹部の1人、アレスが組織を裏切った様だ。
それも、組織の暗殺者を勝手に動かしてルクス・フォン・ダインを襲撃し、更に治療に来た冒険者を狙い、返り討ちにされただけでなく、その冒険者を始末する為、孤児院のガキにも手を出したらしい。
これは明らかに掟に反している。
命令通りアレスを確保しなければ俺の命まで危ない。
「くそ、ついてねぇ!」
俺はスラムに向けて走り出した。
スラム奥、この辺りでは1番大きい建物から風に乗り新しい血の匂いが漂ってくる。
それも1人や2人の量じゃない。
「ちっ!」
俺が建物に乗り込むと更に血の匂いが強くなる。
最上階からは剣戟の音が聞こえて来るのでまだ戦闘中なのだろう。
頼むからアレスには無事でいて欲しい。
俺の命がかかっている。
部屋の中を伺うと黒髪の少女が巨大な戦斧を振り上げてアレスに振り下ろそうとしている所だった。
「その辺にして貰えないか」
「何者ですか?」
「俺はバラン、そこのバカと同じ高き釣鐘の幹部の1人だ」
「つまり、援軍ですか。面倒ですね」
少女はこの国ではあまり見かけない黒髪に黒い瞳をしており、年齢は10歳から12歳くらいに見える。
確か調べた情報では年齢は16歳だった筈だ。
だが、そんな事は問題では無い。
こうして、相対すると彼女の強さがよく分かる。
「いや、俺は君と敵対するつもりは無い。
それに、君と戦って勝てると思うほど無謀でも無い」
「では、何故現れたのですか?」
「その男を引き渡して欲しい、その男は高き釣鐘を裏切り、違法薬物の規制を強めようとしていたルクス・フォン・ダインの首を手土産に堅固な水門に寝返ろうとしていたのだ。
俺はボスの命令でその男を確保しに来た」
「なっ……うぐぅ」
アレスの顔が驚愕に染まる。
当然だろう、アレスだってボスの恐ろしさを知っている。
「その必要は有りませんよ、このバカは今ここで処分します」
「そこを曲げて頼む、勿論最後にはその男は処分されるが、こちらも組織としてケジメをつける必要がある」
「ひっ!」
「わたしの知った事では有りませんね」
正論だが、なかなかに頑固な少女だ。
「そ、そそそうだ!おい、漆黒、俺を殺せ、あのガキを切り刻んだのは俺だ、殺せ!」
アレスは己の身に起こる事態を思い、この場で死ぬ事を願った。
その気持ちはよく分かる。
だが、それを赦す訳には行かない。
「何を急に……そんなにケジメとやらが嫌なのですか?
今、ここで殺される以上に?」
「当然だな、組織を抜けようとしただけなら指の数本で済んだ話だが、今回はボスの逆鱗に触れている。
なぁ、アレス。
ボスはお怒りだぞ。
苦労して宮廷に潜り込ませた暗殺者を勝手に動かした事や、多くの暗殺者を無駄死にさせた事にも怒っているが、何より掟を破った事にお怒りだ。
覚悟しておくと良い」
「ひっひっひっ……あ、あぁぁ!」
アレスは手にしていた剣を自分の喉に当て切り裂こうとしたが、少女の手にした戦斧が翻るとアレスの腕は綺麗に切り落とされた。
かなりの出血だったが少女が取り出したポーションに依って止血された。
少女には感謝しなければならないな。
「どうやらよほどボスとやらの怒りとやらが恐ろしい様ですね。
良いでしょう持って行って下さい」
「済まないな、コレはウチのボスからの見舞金だ、このバカにやられたガキがいる孤児院に渡してくれ」
俺は懐から白金貨を取り出し少女に投げ渡す。
これもボスからの指示だ。
「分かりました。
渡しておきましょう」
少女が白金貨を受け取るのを見た後、アレスの胸ぐらを掴みあげる。
「嫌だ! 離せ! おい漆黒、俺を殺せ、頼む!」
「では、わたしは帰ります」
「ああ、迷惑を掛けたな」
「まったくです」
少女は怒りを露わに立ち去って行った。
「ふぅ」
安堵の息を吐く。
正直、生きた心地がしなかった。
あれは化け物だな。
俺は喚き続けるアレスを引きずってアジトに向かった。
アジトにアレスを連れ込んで3日がたった。 この3日間、アレスは組織の拷問を受け続けている。
ああはなりたくない物だ。
「バランさん、ボスが到着されました」
「分かった、アレスを引っ張りだせ」
「はい」
隣の部屋からアレスが引きずり出されて来る。
もう、喚く気力もない様だ。
ギィ
ドアの開く音がするとボスが部屋に入って来た。
「ご苦労様でした、バラン」
「ありがとうございます、ボス」
「バラン、私をボスと呼ぶなと言った筈ですよ」
ボスの身体から僅かに殺気が漏れる。
「し、失礼しました」
俺は慌てて頭を下げる。
3日前にあった漆黒も相当な物だったがやはりボスも化け物だ。
この世界には俺などでは手も足も出ない奴らがうじゃうじゃ居る。
「やぁ、アレス、久しぶりですね」
「ぼ、ボス、俺は、がぁ!」
ボスが軽く指を振るとアレスの身体が宙に吊り上げられる。
「ボスと呼ぶなと何度言ったら分かるんですか?」
「お、俺は、あぐぁ!」
アレスは苦しいのか、首に手を持って行くがそこには腕は無い。
「アレス、貴方は組織が何代にも渡り時間を掛けて宮廷に根を張っていた子爵家を潰し、皇帝の給仕に成るまで信用させていた暗殺者を潰し、10人以上の暗殺者を無意味に潰し、一体どれだけの損害を与えたと思っているのですか?」
「お、がぁぁあ!」
「答える必要はありません。
ただの独り言です。
それに貴方は組織が300年間守ってきた掟を破ったのですからね。
貴方がこれからどうなるかは分かっていますよね?」
ボスがピンと立てたり人差し指を揺ら揺らと振る。
「あ……あ、あ!」
その動きに合わせてアレスは足先から徐々に輪切りにされて行く。
そして……
「ああぁぁあ!!!」
ボジュ!!
ボスが手を握り締めるとアレスの身体は細切れとなりようやく地に戻って来た。
ボスはアレスだった血溜まりと肉片から興味を失った様にこちらに歩いて来る。
「戻ります、あまり時間を掛けると神父様が心配しますからね。
バラン、馬車を出して下さい」
「はい、ボ!」
危ない、つい先代の時の癖でボスと言ってしまいそうになる。
「直ぐに用意します、シスターカーム」
俺は下っ端共にアレスの死体の始末を命じると、孤児院に向けて馬車を出す為、修道服を翻すボスの後を追うのだった。