プロローグと彼
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何処までも広がる白い空間。
そこに置かれた大きな木製の机の上には、幾つもの書類が乱雑に積み上げられている。
絶妙なバランスで積まれた書類にサインを入れるべき者の目は、目の前の現実からどうにか逃れようと、空中に浮かぶ42インチのプラズマテレビへと注がれていた。
「こんばんは!神ネットのお時間です」
軽快で何処かチープな音楽と共に番組が始まる。
「う~ん困ったわ」
誰もが振り返るほどの美貌を持つ女性が、若干棒読みなセリフを口にし、頭を抱えていた。
「はっはっは!どうしたんだい、フレイア?」
横から現れたがっしりとした細マッチョな美男子が、美しい女性フレイアに声を掛けた。
「ハイ、トール。
実は人間を別の世界に送りたいのだけれど、やり方がよく分からなくて……」
「はっはっは!そんな事で悩んでいたのかい?
そんな君にピッタリな商品があるよ!」
そう言うとトールは、何処からともなくCDケースの様な物をとりだした。
「これが今、話題の『簡単異世界転移・転生キット』だよ!」
「まぁステキ、それは一体どういった物なの?」
フレイアの棒読みの疑問に、トールは爽やかな笑みを浮かべて答える。
「これがあれば人間を異世界に転移・転生させるのに必要な、複雑な手続きを簡単に済ませる事が出来るんだ。
それに転移・転生する人間に、必要な技術や知識をこれ一つで与える事が出来るんだよ。
これをみてごらん」
トールがそう言うと画面が切り替わってVTRが始まった。
『異世界から勇者として召喚され、魔王を倒したタクミさん。
彼が転移した時に使用したのが簡単異世界転移・転生セットでした』
落ち着いた内装の部屋で、椅子に背をあずけた青年が写しだされる。
「何処にでもいる普通の高校生だった僕が、こうして勇者として魔王を倒せたのは、簡単異世界転移・転生セットのおかげです」
『また、公爵令嬢として転生されたミサコさんの場合……』
場面が切り替わり美しい金髪を三つ編みにした女性が映し出される。
「私は王子様に舞踏会で婚約破棄を言い渡された時に、前世の記憶を思い出したのですが、この簡単異世界転移・転生セットのおかげで、今では救国の才女と呼ばれているうえ、憧れの騎士様と婚約する事が出来て、とても幸せな毎日を過ごしています」
場面はフレイアとトールの会話へと戻った。
「とても素敵ですね」
「この【簡単異世界転移・転生セット】で付与出来る技術や知識は多くの転移・転生経験者へのアンケートを元にしているんだ。
だからとても実用的なんだよ!」
「でも〜、これだけ豪華な内容なら、お値段もお高いのではありませんか?」
「所が!これだけ便利な【簡単異世界転移・転生セット】が何とたったの68000ゴッズ!68000ゴッズ!でご提供します!
しかも送料・手数料は、すべて神ネットが負担いたします!」
「えーーー68000ゴッズ?」
トールは更に空中からCDケースの様な物と一枚のカードをとりだした。
「勿論、それだけではございません!こちらの【スペシャルスロットマシーン】と【技能:武芸百般】をお付けして、お値段はそのまま! 68000ゴッズでご提供させていただきます!」
「そんなにサービスして大丈夫なんですか?」
「神ネットにお任せ下さい! そして今お申し込み頂いた方だけに【 高級高枝切り鋏】もお付けします!」
「まぁ、伸び放題になっている世界樹のお手入れにピッタリだわ」
「お申し込みはこちら。012412-510-117、フリーダイヤル ゴット イイナ、ゴット イイナまで!」
「お掛け間違いのない様にお気をつけ下さい」
「今から30分間、オペレーターを増員してお待ちしています」
「「それではまた来年」」
トールとフレイアが手を振りながら番組は終了した。
最近流行っている異世界転移ってやつだ。
ネットを見れば多くの『人間を転移させたった動画』や『転生実況動画』が溢れている。
テレビを消した彼は書類と戦いながら先日、共に飲みに行った同期のことを思い出していた。
(あいつも確か人間を転移させて交流してるっていってたな)
教会で祈っている時に精神を神界へと招き談笑したり酒を飲んだりしてると自慢して来た友人である。
(今やってる仕事が片付けば少し余裕が出来るし有給も300年くらい残ってたはず……68000ゴッズは中々だがボーナスが出たばかりだしな……)
少し考え込んだ彼は、机の端の電話機に手を伸ばすのであった。