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第八話 誰が一番可哀想って、マスターが一番可哀想だよね、コレ


「……」

「……」

「……」

 喫茶店のほぼ中央の席に陣取る俺ら三人。四人掛けのテーブルに俺が一人、向かいには葵と中川の二人が並んで座ってる。本来なら……というか、俺の願望としては和やかなムードを期待したいところなんだが実態はさにあらず。まるでそこだけブリザードが吹き荒れた様な様相を呈している。

「……小山先輩」

「……春人さん」

「「こちらの方はどなたですか?」」

「……あ、あははは」

 なにこの浮気がバレた様な雰囲気。いや、浮気なんかした事ないけどさ!

「……ええっと……まず、葵。こっちの女性は俺の銀行の後輩で、中川香織。今日はちょっと二人で昼飯に出たんだ」

「……」

「……それで、中川? こちらの女性は長山葵。俺の大学時代からの後輩で……なんだ? 仲良くしてる」

「……」

「……」

「……こっち」

「……は?」

「こっちって言った! 長山さんの事は『こちら』って言った癖に! 贔屓だ! 贔屓です、先輩!」

「……ええぇ」

 そんな言葉尻を捉えて怒るなよ。別にお前を蔑ろにした訳じゃないんだから。

「……別に『春人さん』が私の事を贔屓している訳じゃないですよ、中川さん。たまたまです、たまたま」

「……その割には随分、上から目線の言葉に聞こえますけど?」

「そうですか? まあ? 私は『春人さん』とのお付き合いも長いですし? ある程度、親しくはありますね~」

「……へえ? お付き合いが長かったら偉いんだったら、小山先輩の中での一番偉い人は先輩のお母さんですよね?」

「それはそうでしょう? 春人さんのお母様が一番偉いです。ですが……まあ、その次にお付き合いが長いのは私でしょうけど? という事は……私が二番目に、春人さんと親しいという事でしょうか?」

「うぐぅ……へ、へー? まあ? 大学時代からですから、お付き合い自体は長いでしょう。それは認めます。ですけど、親しさはどうでしょうかねぇ? 所詮、大学の後輩でしょ? 毎日毎日、小山先輩に逢ってる訳じゃないですよね?」

「……それは……ま、まあ」

「ふふーん。その点、私なんてまーいにち小山先輩に逢ってますし? おはようからおやすみまで暮らしを見つめる小山先輩ですよ!」

「……いや、別にそんな歯磨き粉メーカーみたいな事はしてないんだが」

「先輩は黙ってる!」

「……ええ」

 理不尽。その一言に尽きる言葉をこちらに投げかけながら、中川は優越感に浸った様な顔を葵に見せる。

「私なんて先輩と良く一緒にランチしてもらってますし? 毎日、とは流石に言いませんけど、週に三日は先輩と一緒ですよ? ねえ、先輩?」

「……食堂で弁当を食うのをランチというなら、まあ」

「ランチです! どーですか? 中川さん、先輩とランチに週何日ぐらい行きますかね?」

「そ、それは……」

 ……おい、葵。なんで俺の方を『この浮気者!』と言わんばかりの視線で睨む。職場の同僚と飯食うなんて別に珍しくねーだろうが。

「……ふ、ふふふ。それはまあ、確かに? 春人さんと逢ってる時間自体は中川さんの方が長いかも知れませんよ? 知れませんが、それって長いだけですよね?」

「……どういう意味ですか?」

「そのままの意味ですよ、『中川さん』」

『中川さん』と強調する葵。何を言っているのか分からなかったのかきょとんとした表情を浮かべて見せる中川。が、それも一瞬、猛烈な勢いで視線を俺に向けた。だから、睨むなよ。

「せ、先輩!」

「そう! そうですよね~? 『中川さん』は『先輩』ですものね? ねー、『春人さん』?」

「せ、先輩! これからは私の事、香織って呼んでください! 私も春人先輩って呼びますから!」

「だーめーでーす!! 春人さんを春人さんと呼んで良いのは私と春人さんのお母様だけです! 一番と二番以外は呼んじゃダメです!」

「なんでそれを貴方が決めるんですか! 先輩、先輩! 私も良いですよね! 春人先輩って呼んで良いですよね!!」

「ダメです! 絶対ダメですよ、春人さん! そんなの私、許しませんからっ!」

「……どうしろと」

 いや、マジで。本気で勘弁しろ下さい。俺にどうしろと?

「……ふー……そもそもですね、長山さん? 貴方、先輩に名前で呼んでもらってるんですよね? それにお付き合いも長い……学生時代ですから、もう数年来のお付き合いですよね?」

「? ええ、そうですよ? 私が今、先輩の周りにいる女性の中で一番お付き合いが長いんです。つまり、一番親しい女性、という事ですね?」

 そう言って、『ねー』なんて嬉しそうに微笑みながら、こちらに首を傾げてくる葵。そんな可愛らしい葵の姿が――


「……それだけお付き合いが長くて、『そこまで』なんですよね~?」


 ――ピシッと、音を立てて固まった。

「……ど、どういう意味ですか?」

「いえいえ~? 別に、どういう意味とか無いですけど~? でも、何年も先輩の側にいて、『ただ、一番付き合いが長い女性です』なんて、恥ずかしくて私言えないな~って。だってそれって、付き合いが長い『だけ』ってことですよね~?」

「う、うぐぅ!」

「ははは~。焦って損しちゃいました~。そうですね、付き合いが長い『だけ』の長山さん?」

「……名字呼びの癖に」

「……はい?」

「おはようからおやすみまで先輩と一緒にいるくせに、未だに名字でしか呼んでもらって無い癖に! 貴方だって似たようなものでしょう!?」

「ち、違いますよ! 私は社会人としての分別をもってですね!」

「ふーん? さっき『春人先輩って呼びます!』って言った人の言葉とは思えませんね~? なーにが『社会人としての分別をもって』ですか! 片腹痛いですよ!」

「か、かっちーん! ちょーっと名前で呼んでもらってるからって偉そうに!」

「こっちのセリフですよ! 何がおはようからおやすみまでですか! 偉そうに!」

 尚もわーわーぎゃーぎゃー言い募る二人。そんな姿を肩を落として見ながら、俺は視線をカウンターの向こう、喫茶店のマスターに向ける。

「……コーヒーお替り、お願いします」

「……はいよ。お客さんも大変だね?」

 マスターの淹れてくれたコーヒーは、今まで一番苦かった。


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