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第六話 時には真面目な話もしようじゃないか。あと、修羅場に突入するんですかね、コレ?

ちなみに『価格』ではなく『価額』が正しいです。でも喋ってる最中なんで価格で書いています。


 頼んだA定食を食い終えて食後のコーヒーを飲む。当たり前と云えば当たり前、喫茶店である以上美味いコーヒーを飲み終える頃には食事中に散々愚痴を零して(主に支店長がうざいだの次長が陰湿だの)いた中川も十分に発散したのか、今ではのんびり紅茶なんぞを啜っている。

「ふぅ……語りつくしましたよ、先輩」

「ああ、随分溜まってるのは分かったさ。つうか、結構大変だよな、資産運用係も」

「そうなんです! でもまあ、どの係だって大変と云えば大変なんでしょうけどね。私は小山先輩と違って、事務的な仕事は殆どないですし」

「それは良いよな。後ろ向きな仕事って資産運用係無さそうだもん」

「その代わり鬼の様な数字が来ますけどね。なんですか、収益云百万って。私の年収の半年分より多いんですけど?」

 そう言って不満そうに紅茶を一口、ほうぅと息を吐く。

「ま、言っても仕方ないんですけどね」

「なんだ? 諦めが良いな?」

「別に首根っこ掴まれて無理矢理この銀行に入れられたワケじゃないですし。自分で選んだ以上、続けるも辞めるも自分次第ですよ」

「へえ」

「ちなみにこれも一年目に小山先輩に教えられたんですけどね?」

「……なんか俺、昔の方が格好いいんじゃねえか?」

 劣化か? 俺、劣化してるのか? 何が怖いって、自分で言ったこと何ひとつ覚えてない所がマジで怖い。

「……んな……ない……せん……こういい……」

「ん? なんか言ったか?」

「い、言ってません!」

 小声で何かを言う中川に聞き返すも、慌てたように両手をブンブンと振って見せる。その姿に首を傾げていると、尚も慌てた様に中川が一息で紅茶を飲みほした。

「あつっ! ……さ、さあ! 午後からも仕事ですし、張り切っていきましょう!」

「……そんな一気に飲むからだろうが。それより、もうちょっとゆっくりしようぜ」

「サボりですか?」

「情報交換だよ。お前、午後からアポあんの?」

「いえ、特にはないですけど……なんですか、情報交換って?」

 きょとんとした表情を浮かべる中川。そんな中川に、俺はゆっくりとコーヒーを飲み干して。


「――絶対に損しない投資信託って、ある?」


 ……うん。この質問は俺が悪かった。悪かったから、そんな『何言ってんだ、コイツ』みたいな表情、辞めてくんない?

「……何言ってんですか、先輩?」

「言うな!」

 悪かったよ! 俺だって自分で思ったさ! 『んなもん、ねーよ』って!

「……今更、銀行員である先輩にこんな事言うのもなんですけど……先輩? 投資は自己責任ですよ? そんな、『絶対に損をしない』なんて投資、ある訳ないんですよ?」

「分かっとるわ! 分かってるから、そんな小学生を諭すみたいな言い方するな!」

 顔から火が出そうだ。

「そもそも、そんな投資商品があるんだったら何も好き好んで私だって働いてませんよ。それだけで運用してごはん食べてます。それで、言ってやりますよ! 『働かなくても食べるごはんは美味しい!』ってね!」

「……まだ溜まってるのか?」

「つい、思い出しました。『数字も上げないのにボーナス貰えて良いね~』って融資渉外の支店長代理に言われたの」

「……ご愁傷様。それはともかく……まあ、俺の聞き方が悪かったな。別に絶対に損をしないって訳じゃなくても、俺よりはお前の方が詳しいだろ? 資産運用」

「それは……まあ。それが私の仕事ですし」

「だったら、ホレ。どういった商品が売れ筋とか、そう言った話を聞こうかな~って」

「売れ筋の商品、ですか?」

「そうそう。なんかない?」 

 俺の言葉に中川は人差し指を顎に当ててうーんっと考え込む。

「そうですね……何を求めるかによって違いますね」

「何を求める?」

「例えば……投資信託で言うと分配金を出す投資信託あるじゃないですか?」

「あるな」

 分配金とは月々幾ら、という形で配当を支払うお金を言う。投資信託の口数は基本、一万口。それに対して幾ら払う、という仕組みである。まあ、利子みたいなもんだ。

「アレだって元本払戻金……昔の特別分配だったら結局『タコが自分の足を喰ってる様なもんだ』っていう意見もあるんですけど、長期的に見れば元本以上の利回りになってたりしますしね。そう考えると、月々のキャッシュが欲しい人には結構好かれますよ?」

「月々のキャッシュ?」

「こないだ有ったので言うと……子供さんがお家建てるから、援助してあげようかって話があったんですよね? でも、百万とか二百万、ポンと渡しちゃうとその瞬間は感謝されるけど……」

「ああ、なるほど。後は感謝されない、と」

「感謝されないとまでは言いませんけど、やっぱり薄れますよね? だからまあ、百万を投資信託にして、月々の分配金でローンの足しにでもするかって話になったんですよ。そういう人に取っては良いですよ、分配型も」

「価格が下がったら? 元本割り込んだら意味なくね?」

「現状は価格がゼロになった投資信託、無いですしね。特に住宅の援助なら超長期になりますし、長い目で持っておけるなら分配型も選択肢としては無しでは無いです」

「……なるほど」

「フローじゃなくてストック重視なら、医療とか介護系、或いはSDGsなんかに投資している投資信託も魅力があるかもです。AI系も悪くは無いですけど、出尽くした感があるんで」

「ふむふむ」

「投資信託じゃないとすると……IPO狙いとか良いかもですね」

「IPO?」

「新規公開株です。要は初めて上場する株式なんかは、手堅く勝ちやすいですね。最近は例外もありますけど、ちょっと前までは『絶対に外れない宝くじ』なんて言ってた人もいますし」

「ほう。いいな、ソレ」

 宝くじ、のワードに少しだけドキッとするも、話自体は悪くない。まあ勝率十割は無理でも七割、八割勝てれば投資にしては良い方だろうし。

「ただ、新規公開自体もそれほど多いわけじゃないですし……それに、仮にあっても『絶対に外れない宝くじ』ですよ? 応募も殺到するし、買える権利を確保するのも一苦労ですよ。それで下がった日には目も当てられない」

「……確かに。労力の割には旨味が少なそうだな」

「まあ、短期売買上等なら勝ちやすい投資ではありますよ。当然、絶対じゃないですけど」

 そこまで喋り、中川は紅茶のカップを手に取り――中身が入ってないことを思い出したか、お冷の入ったコップに手を伸ばす。

「……どうします? もうちょっと話すならお替り頼みますけど」

「いや、十分だ。ありがとうな」

「いえ、それは良いんですけど……でも、どうしたんですか? 先輩だって投資信託詳しく無いわけじゃないのに、そんな素人みたいな質問して?」

「まあ、ちょっと初心に帰ろうかと思ってな」

 人の金だしな。自分の分なら多少の損は勉強料とも割り切れるが、そういう訳にもいかんし。

「サンキュ。助かったよ、中川」

「そうですか? お力に慣れたなら良かったです。そ、それで……なんでしょう? 今日はともかく、まだその『初心』に帰るってのやる気あるんです?」

「ん? そうだな。別に投資信託とか株だけじゃなく、運用系は勉強しようかと思ってる」

「で、でしたら! そ、その、なんでしょう? 私も更なるレベルアップも図りたいですし、そ、その……い、一緒に勉強会なんかをですね! こう、ひらい――」



「……あれ? 春人さん? うわ! 奇遇ですね! どうしたんですかぁ!」



 中川の言葉がピタッと止まる。その後、まるで般若の様な形相で入口を――俺の背後を睨んで。


「……誰ですか、あの女?」


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