第五話 オシャレ、オシャレと一口に言っても色々なオシャレってあると思うんだ!
昼までにあらかたの仕事を片付け、『外回り行ってきまーす』と課長に告げて俺は銀行を出る。送られて来たラインの地図付き住所によれば、中川の言っていたオシャレなカフェとは電車で二駅ぐらいの所にあるらしい。つうか、俺の家のすぐ側じゃん、コレ。
「あ、せんぱーい! こっちです、こっち!」
見慣れた最寄り駅の風景にもう今日はこのまま帰っちゃいたいなんて思い浮かべていると、コンコース内でピョンピョン飛び跳ねながらこちらに手を振る中川の姿があった。
「あれ? 現地集合じゃなかったか?」
「良いじゃないですか、別に~」
「別にいいけど……すまんな、待たせたか?」
「いいえ、全然ですぅー! 私もさっき着いたばかりですし!」
そう言って嬉しそうにニコニコと笑う中川。にしても……
「つうか、お前んちって反対方向だったよな? こっちの方でオシャレなカフェなんか良く知ってたな?」
「え、えへへ……そ、それはまあ……休日散策の成果と申しましょうか……偶然を装う作戦と申しましょうか……」
「偶然?」
「い、いえ! 偶然! 偶然こっちの方を歩いていた時に発見しただけです! 他意は無いですよ、他意は!」
「? 訳の分からん奴だな。まあ良い。それじゃいこうか」
連れだって中川と共に歩く。真夏のクソ暑い最中、それでも駅から徒歩五分、そろそろ汗もかくかなと云った距離に件のオシャレなカフェはあった。
「……こんな所があったんだな」
「そうなんです! 穴場でしょ? 小山先輩、好きかなと思って」
「……ああ。結構気に入った」
オシャレなカフェ、と云って想像していた……所謂『映え』するようなオープンテラスなカフェとは一味違った風貌。喫茶店の外壁には蔦が張り巡らせてあり、赤煉瓦造りのその建物にマッチしている。平屋建てで決して広くは無さそうなそこは、外観の古さとは裏腹にしっかり清掃が施されているように見えた。
「……意外だな、お前がこんなカフェ見つけてくるなんて。もうちょっとインスタ映え意識したりオシャレなパンケーキをツイート出来る様なところに連れて来られるのかと思った」
「んー……まあ、大学生の頃ならそういう所にばっかり目が云ってたと思いますけど……こう、最近はこういう赤煉瓦造りの渋い建物も良いかなって」
「おお! わかって来たか!」
全く個人的な話だが、俺は結構昔の建物が好きだ。大正浪漫と云えばわかって貰えるかも知れないが、こう、ちょっとしたモダンな建物なんかを見ると柄にもなくワクワクしたりする。
「だよな! やっぱり時代を感じさせる建物って良いよな?」
「そこまで思い入れがあるかと言われればアレですけど」
「そうか? これだってある意味オシャレだぞ? 時代を感じさせられるし」
「まあ、それに関しては否定しません。私自身、結構良いなと思ってますし」
「だろ?」
「ええ。昔の人も言ってますしね? 古きを知り、新しきを調べればそれ即ちさいきょーって。昔のオシャレは今のオシャレに繋がるんですよ」
「温故知新か? べつに最強とは言って無いし……それにそんな難しい話じゃなくて、これは単純に趣味の話だぞ?」
「良いんですよ。銀行員もそうですし」
「銀行員も?」
「基本に忠実が一番。新しい事をしたいなら、まずは基本を知れ。基本を否定するなら、基本を誰よりも理解しろ」
「良い事言うじゃん、お前」
感心した。入行当初は結構ちゃらんぽらんなヤツだったのに、随分成長したなとなんだか雛鳥が巣立つ親鳥の心境で中川を見やると……アレ? なんでため息?
「……これ、先輩に教えて貰ったんですよ?」
「そうだったか?」
なに? 俺、そんな良い事言ってた?
「そうですよーだ。そのせいで私もすっかりこんなジジ臭い趣味を持つ女に……」
そう言ってわざとらしく『よよよ』と目に手を当てて見せる中川。そんな姿に苦笑を浮かべながら、俺は喫茶店のドアを押し開く。
「……へー」
外装同様、内装も凝った仕様。一言で言うなら『和モダン』なその雰囲気は正に俺の大好きなザ・大正浪漫だ。
「……どうです?」
「……気に入った。通う事も検討する程だ」
「でしょ! 此処なら先輩の家も近いですしー? どうです! 良いシゴト、したでしょ!」
「ああ、マジでありがとう。これは今日は奢らせてもらうしかないようだ」
「へう!! あ、あの、そんな素直に褒められたら少しだけ照れ臭いと申しましょうか……っていうか先輩? 無理に奢って貰わなくても大丈夫ですよ? その、自分の分は自分で払いますし、何なら先輩に愚痴聞いて貰うワケですし、私が出しても……」
「お前、俺に奢れって言ってたじゃねーか」
「そ、それは……その、照れ隠しと申しましょうか……と、ともかく! 少なくとも自分の分は自分で払いますから!」
「いや、今更何を遠慮してるんだよ? つうかお前、入った当初は俺の事ATMぐらいにしか思って無かった癖に」
一個下で入った後輩である中川には何度も飲みに連れて行かれ……そして、何度も奢らさせられて来たからな。マジでATMか降れば出て来る小槌かなんかと勘違いしてんじゃねーかってぐらいに。
「そ、そんな昔の事はもう忘れました! っていうか、恥ずかしいんで言わないで下さい!黒歴史なんですから、私の!」
「黒歴史? 何が?」
「と、ともかく! 入口で止まっていても迷惑ですし、さっさと行きましょう! ほら、此処のランチ、お勧めなんで!」
そう言って肩をいからせてずんずんと窓際の席に向かう中川を少しだけ不思議な目で見つめ、逆らっても仕方ないと思いなおした俺は中川の背中を追って窓際の席に向かった。
次回はちょっとだけ真面目な話も。