第四話 後輩ちゃんはタまってる! いや、エッチな意味じゃなくて。
明けて、翌日。
「……おはよーございまーす」
いつも通り営業店の裏口から店内に入り朝の挨拶をすます。支店長席は未だ空席、次長席、支店長代理席と上から順々に挨拶をしていき、俺は自身の『シマ』――係の席である融資係席に腰を降ろす。
「おはよーございます、小山先輩!」
「うっす、中川」
「うわ、テンション低いですねー。朝からこんなに可愛い後輩が声を掛けてるのに、なんですか、そのテンションの低さは! もっと張り切っていきましょうー!」
そう言って隣の『シマ』に座った小柄な女性――一個下の後輩である中川香織はにこにことした笑みを浮かべて見せた。
「朝からお前みたいな喧しい奴に関わってられっか。つうかなんでそんなに元気なんだよ、お前は?」
「にゅふふ~。聞きたいです?」
「……あんまり聞きたくないけど……なんだよ?」
「ホラ! 今日ってまだお盆休みじゃないですかぁー。だったら小山先輩、きっとお暇だろうな~って」
「……まあな」
お盆休み中は担当している得意先も休みの所が多い。そりゃ、小売業や旅館業は稼ぎ時だろうが、幸い俺の取引先はお盆は休業、イコール俺も銀行には来ているものの実質開店休業みたいなモンだ。
「そ・こ・で! こないだ、オシャレなカフェ、見つけたんですよ~。彼女の居ない可哀想な小山先輩には、な、なんと! この香織ちゃんにお昼ごはんを奢って上げられちゃう権利を贈呈します! うわー! ぱちぱちぱち~」
そう言ってテンション高めに手をぱちぱちと叩く中川に俺は盛大なため息を吐いて見せる。
「……あんな? 何を好き好んで俺がお前と昼飯なんぞ食いに行かなならんのだ。しかも奢りで」
「好き好んでって……あのですね、先輩? 私みたいな可愛い子とお昼が一緒に出来るなんて幸せな事だと思いませんか? 潤いですよ、潤い。良いと思いませんか?」
そう言ってうるうると潤んだ瞳で上目遣いにこちらを見やる中川。なんだかな~。
「……まあ、お前が可愛い女性なのは認めよう」
「……へ? あ、ありがとう……ご、ございます」
「広報誌にも乗るぐらいだし、大学の時はミスコンでイイトコまで行ったんだろ?」
まあ、客観的に見て中川は可愛い女性ではある。所謂美人系では無いも、ゆるふわなメイクといい、パッチリな目といい、男性ウケするのは間違いない。
「な、なんですか、急に! なんでそんなに褒めるんですか!」
「こないだも窓口に応援に行ってナンパされ掛かってただろ? だから客観的に見てお前が可愛いのはよく分かる」
「客観的に、ですか?」
「主観的にも、だ。男ウケする顔だぞ?」
「……なんだか『男ウケする顔」って言い方にちょっとだけ悪意を感じる気がしますが……そ、その、あ、ありがとうございます」
「どうした? 顔、赤いぞ?」
「な、夏だから暑いだけなんです! そんな事より! どうです? 先輩が認める可愛い後輩である私とごはん、行きましょうよ~」
「お前らのシマは今が稼ぎ時じゃないのかよ?」
俺が所属する融資係の隣は、中川が所属する資産運用係のシマだ。資産運用係はお客様とアポイントを取り、投資信託や保険なんかを売るのが専門の仕事である。
「……そうですけど……」
だが、お客様にも都合がある以上、中々平日昼間に逢う事は難しい。畢竟、『お客様の多くはお休みで銀行が開いているとき』、つまりお盆や年末は普段逢えないお客様とアポイントを取るチャンスなのである。
「……でもね、小山先輩? 普通に考えて下さいよ? 私たち銀行員には関係ないですけど、世の皆様方は長期休暇なんですよ? そりゃ、里帰りくらいしますよね?」
「……まあな」
「仮に、里帰られる方だったとしてもですよ? 遠くから親戚のみんなが帰って来ているときに銀行員が『投信買いませんか~』って言って来て『じゃあ、話を聞こうか!』ってなると思います?」
「初めて聞いたぞ、『里帰られる』って単語。それはともかく……いや……まあ、思わんな」
「でしょ!? なのに上の連中と来たらそんな事も分らずにアポ取れアポ取れって……バッカじゃないですか!? 自分だって休日に親戚集まってるところに訪ねて来られたらイヤでしょうに! はーん!?」
「落ち着け」
鼻からふーふーと息を吐きながらヒートアップする中川。それもしばし、やがて心持気落ちした様にストンと肩を落とした。
「……ま、言っても仕方ないんですけどね。でもまあ、ちょっと『タまっ』てるんですよ、私。ねえ、せんぱーい! ちょっと愚痴、付き合ってくれても良いじゃないですかー」
なんだか捨てられたチワワみたいな顔でこっちを見て来る中川。そんな中川の視線に、俺は小さくため息を吐いた。
「……はぁ」
まあ、確かに最近の資産運用係に対する『あたり』はきつい。超低金利時代な昨今、銀行の収益源の多くは資産運用から得る手数料だし、銀行全体でも力を入れている分野と言えば分野だし、期待もされているからな。
「……仕方ねーな。昼で良いのか?」
「え! 良いんですか!?」
「なんだ? イヤなら辞めるけど?」
「い、イヤじゃないです! 先輩とランチデート、行きたいです!」
「ランチデートじゃねーよ。飯食いに行くだけだ」
「私がデートと思えばデートなんですー! だから良いんです! それじゃ、楽しみにしてますね! 私、十時にアポが一件あるんで、それ終わったら連絡します! 現地集合でお願いします!」
「はいはい。後で住所、ラインででも送っておいてくれ」
「ラジャりました! それでは私、掃除行ってきまーす!」
びしっと敬礼して、にこやかな笑顔を浮かべ、鼻歌&スキップというこれ以上ない上機嫌さを披露しながら掃除に向かう中川の背中を見ながら。
「……ま、あいつも資産運用のプロだしな。ちょっと相談に乗ってもらうか。礼はそのカフェ代で良いだろう」
財布に幾らあったかな? なんて思い浮かべながら、俺はそんなことを考えていた。




