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第二十二話 教えて! 香織先生!


「ま、まずですね! 運用の方向性を決めましょう!」

 素直な葵の感謝に真っ赤になって照れていた中川をひとしきりイジリ倒した後、まるで何事も無かった様にコホンと息を吐いて中川は口を開いた。

「う、運用の方針、ですか?」

「うん。運用って言っても色々あるんだけど……葵、運用についてくわ――しいわけなかったよね」

「ううう……済みません」

「謝る事ないよ。その為に私たち、プロが居るんだから」

 そう言って、心持その残念な胸を張って見せる中川。にしても、プロ、ねぇ~。

「プロって」

「プロですよ? これでお金を貰ってごはんを食べている以上、プロはプロでしょ?」

「そりゃまあそうだろうけど」

「むしろ、私なら『プロ』じゃない人間に自分の大事なお金を預けようとは思いませんよ。能力が足りて無いかも知れませんが、少なくとも気概ぐらいはプロでありたいとは思ってますから」

「……良い事言うじゃん」

「ありがとうございます。まあ、それはともかく……それじゃまず、『資産運用』って何かって話をするね?」

 中川の言葉に、こくりと頷く葵。その姿に満足した様に中川はにっこり笑い、言葉を続けた。

「資産運用って考え方をする前に、まず『お金』を三つに分ける事から始めるのが重要なの」

「三つ?」

「そ。まずは普通に使う……食事とか、服とか、家賃の支払いとかのお金。一般的に流動性が高いってことで流動性の資産とか呼ばれるものね。普通預金とか現金なんかがそうだね」

「うん」

「その反対、普段は使わないけど、いつかきっと使うであろう資金を今は使わずに置いておくのを固定性の資産って呼ぶの。定期預金とか、個人向けの国債なんかがこれに該当するのよ。此処までは葵もやったことが……あるかな?」

「普通預金はお給料が入るから。定期は……全然、かな?」

「使う事、多いもんね~。私だって銀行員なのに預金が全然ないもん。定期預金とか夢物語だと思ってるわ」

 そう言ってカラカラと笑う香織。いや、笑いどころじゃないだろうが。金は貯めて置けよ。

「まあ、定期の金利は今馬鹿みたいに安いから、普通預金に置いて置いても大差ないんだよね。云十億って置いて置けば多少は良いかもだけど……まあ、全然だね」

 そう言って香織はスマホを取り出してタップ。幾つかの画面をスライドしていたかと思うと、画面をこちらに見せて来た……って、え?

「ちょ、おま!」

「これ、私の通帳アプリなんだけど」

「がっつり個人情報じゃんかよ!」

「別にみられて恥ずかしいものでも無いから良いですよ」

「いや、この残高は恥ずかしがれよ! 今日日、バイトしてる大学生の方が持ってるぞ!?」

「うるせーですよ! 放っておいてください!」

「あ、あはは……香織ちゃん、もうちょっと貯めておいた方が……なにかあった時に困らないんじゃないの?」

「あ、葵まで……違うんです! 別に私はそっちを見せたかったワケじゃないんですよ!」

「恥ずかしい残高を見せたいんじゃなかったのか?」

「恥ずかしい残高って言うな! ううう……つい、銀行員の癖が出てしまいました」

「銀行員の癖?」

「銀行員って職務上、お客様の残高とか調べたりもするからさ? 端末を叩けばすぐに残高なんて分かるもん」

「……それって、行員さんのも分かるの?」

「流石に小山先輩がどれくらい持ってるかな~って調べたりはしないよ? でも、やろうと思えばできるし……仮にやろうと思ってる人が居ればしてるからね?」

「……そうなんです、春人さん?」

「流石に俺もしたことはないが……」

 ああ、でも。

「昔、頭取の残高調べようとしてこっぴどく怒られた先輩の話は聞いた事がある」

「……」

「あー……まあ、確かに興味は出るかもです」

「ま、今は職務と関係ないデータなんて見たらシステムチェックが掛かるから無理だけどな。まあ、それは良いよ。それで? お前が見せたかったものってなんだよ?」

「ここ、八月十日見て下さいよ」

「カード三万って出金履歴か?」

「……先輩?」

「冗談だよ。んな怖い顔するな」

 こっちを睨みつける中川に肩を竦め、俺はその出金履歴の上の入金履歴に目を通す。

「この『分配金』ってヤツか。一万八千円って結構入ってるな」

「でしょ? これ、私の投資してる投資信託の分配金なんですけど……幾ら投資したと思います?」

「幾らって……」

「ちなみにこれ、毎月入って来てます」

「……マジか」

 月に二万ぐらいとして、年間二十四万か。すげーじゃん。

「葵、分かる?」

「え、ええっと……定期預金の金利は凄く安いんでしょ? ということは……い、一億円とか?」

「……葵。この恥ずかしい残高を持つ女が一億円も持っていると思うか?」

「なんですか、恥ずかしい残高を持つ女って! 私の評で最高に残念な称号なんですけど!?」

「俺は客観的な事実を述べただけだ。でもまあ、正直分らん。一千万くらいかと思うが……」

 そんな持ってる訳ないもんな、コイツ。

「ぶっぶー。正解は……百万円です!」

「ひゃ! 百万円でこんなに入ってくるの!? え? り、利率にすると……?」

「二十%超、ってとこか。すげーな。一億円したら……毎月、百八十万円入って来るって事か?」

「そうですね」

「……すげーな」

「私、宝くじ当たったらこれを一億円しようかと思ってました。それぐらい、分配金の利回りは魅力的な投資信託ですね、コレ」

「……私、これしようかな?」

「……まあ、毎月百八十万は魅力的かもな」

「慌てないで下さい。私、言ったでしょ? これ、分配金の利回り『は』魅力的な投資信託なんですよ」

「? どういう意味、香織ちゃん?」

「そのまんまの意味だよ」

 そう言って、中川はコーヒーを一口飲んで。


「私、この投資信託だけで三十万ぐらいマイナスですもん」


 なんでもない風に、そう言った。


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