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第十七話 こういう化学変化が起きました

後輩ちゃん視点です。前後編みたいな感じかも。


「……どこ、此処?」

 目を開けると、見慣れない天井が見えた。ズキリと痛む頭を右手で抑えながら起き上がった私は、天井以上に見慣れないその部屋に顔から血の気がさーっと引くのが分かった。

「…………え?」

 え、ええ!? ちょ、待って? 此処、どこ? 私、なんでこんな所で寝てるの?

「……っ!!」

 慌てて衣服の乱れチェックして……う、うん。大丈夫っぽい。スーツがしわくちゃになってはいるものの、服自体はしっかり着てるし大丈夫だろう。良かった……本当に、良かった……

「……ん……ううん……」

 私がほっと胸を撫でおろしていると、ベッドの下から声が聞こえた。一瞬、体を強張らせるも明らかに女性の声で少しだけ安心する。そんな私の目の前に、もぞもぞと起き上がったその子は、眠たそうな視線をこちらに向けて。

「……おはよ」

「……おはよー、ございます」

「よく眠れた、香織ちゃん?」

「あー……ええ、お陰様で」

「そ。良かった。んー……」

 そう言ってうーんっと大きく伸びをする葵。いや、ちょっと待って? なんでこの子、私の事『香織ちゃん』って呼んでんの? 私と葵、そんなに仲良く――

「……葵?」

「ん? どうしたの?」

「……葵」

「え? なんでそんなに私の名前を連呼?」

「…………ああああああああ!!!」

「ど、どうしたの、急に!?」

 心配そうにこちらを見やる長山さん……『葵』の視線に、私は思い出した。

「……その……ご迷惑をお掛けしました」

「……ええっと……お気になさらず。結構、お互い様だったし」

 昨夜の醜態を。


◇◆◇


 ちょっとお話と長山さん――葵に声を掛け、二人で連れだって目についた居酒屋に入った私たちは強かに飲んだ。アレだ、お互いに少しだけ緊張もしてたし、口を滑らかにするために一杯、二杯と杯を重ねて……決してアルコール度数自体は高く無いも、飲んで、飲んで。


『……大体、中川さんはズルいですよ!』

『そう? 私からすれば長山さんの方がズルいと思いますよー! 小山先輩に名前で呼んで貰って、羨ましすぎる!』

『中川さんだって、春人さんとランチデートしてるんでしょ? あれ、凄く悔しかったんですから!』

『いや、あれはランチデートとは言えないでしょ? 一緒にお昼ご飯食べているだけですよ?』

『それでもです! だって……私には出来ませんし』

『それを言ったら……私だって、先輩にお休みの日にどこかに連れて行ってもらったこと、無いですもん』

『……』

『……』

『……あ、あの』

『なんです?』

『……銀行での春人さんって……どんな感じです?』

『……口はちょっと悪いけど……それでも優しくて、厳しくて、でも温かい人』

『……ああ、想像通りですね』

『大学時代から変わって無いんですか?』

『ええ。いつも通りなあの感じですよ。誰にでも優しくて、面倒見の良い先輩でした』

『……ああ。それじゃ……先輩、モテたでしょう?』

『……正直、ぶっちゃおうかって思うぐらいには』

『……雰囲気イケメンですもんね、先輩。顔は決して格好良く無いのに』

『そ、そうです? 私、結構好きな顔ですけど?』

『それは『あばたもえくぼ』ってヤツですよ。だって長山さん、小山先輩が芸能人だったらキャーキャー言って追っかけてます?』

『……ないですね』

『でしょ? まあ、顔やらなんやらはこの年になると二の次ですので、そこはまあ別に良いんですけど』

『……二の次なんです?』

『良い方が良いには決まってますが……でも、求めるものはそれじゃないって言うか』

『……』

『……長山さん?』

『今更こんなことを聞くのはなんですが……その、やっぱり……中川さんも』

『……うん。好き。大好き』

『……そうですか』

『長山さんは? っていうか、中川さん『も』って聞く時点で、もう答え出ちゃってるか』

『……そうですね。私もです』

『……そっか』

『……はい』

『……』

『……』

『……銀行でも春人さん、モテますか?』

『……どうかな? 同じお店の子には『頼りになる人』って感じではあるけど、好きとは思われてない気がする。予防線張ってる気がしますしね』

『予防線?』

『銀行は同じ店でお付き合いしたら即、転勤ですからね。小山先輩、今のうちの店の雰囲気気に入ってるんで、そんなリスクは冒さないんじゃないかな?』

『……そうなんです? それじゃ、中川さんは?』

『私はほら、先輩と一個しか違いませんから。まだ先輩が銀行員的なリスク管理が出来てない時代でしたので』

『……そうでしょうか? あの用意周到な春人さんが、そんなミス冒しますかね? 中川さんが特別だったのでは?』

『……そ、そうです? いや、そうなら嬉しいのは嬉しいですが……ああ、でも指導担当の後輩ですからね。そういう意味では特別かもしれませんが』

『……妬けますね』

『……お互い様でしょう』


◇◆◇


「……香織ちゃん? パンとご飯だったらどっちが良い?」

「お気遣いなく。葵が食べたい方でいいよー」

「それじゃ……トーストとハムと目玉焼きで良い?」

「十分でございます。このご恩は必ず」

「何言ってるのよ、香織ちゃん」

 そう言ってエプロンをしたままこちらを振り返りクスクスと笑う葵。ああ、可愛らしいな~なんて思いながら……私は葵に貸してもらった部屋着を見やる。サイズ感的にも似たような、でも私が着る事は無さそうな清楚系の部屋着に袖を通して――そして、絶望する。

「……お互い、苦労しているね」

「なにを――って、香織ちゃん! なんで私の胸見てため息吐くの!? に、似たようなものでしょ!」

「……うん。お互い、絶望的に女としての魅力が足りてないよね」

「べ、別に胸だけが魅力じゃないし!」

「……葵もあのおっぱいお化け見たら考え変わるよ」


◇◆◇


『……それで……同じお店の方はともかく、他の方は?』

『私も先輩の交友関係を全部把握している訳ではないですからアレですけど……一人、強烈な人が居ますね』

『……強烈?』

『先輩の同期の女性です。顔は美人ですし、コミュ力も高い。気遣いも出来るから男女ともに人気のある人ですね』

『……なんですか、それ? 化け物です?』

『ばけも――ああ、そうですね。化け物だと思います。何より』

『――何より?』

『……胸が、大きいです』

『……』

『……』

『……その、あまりこういうことは言いたくありませんが……中川さんは……』

『聞きます?』

『いえ、結構です。拝見する限り、さして変わらないと思いますし』

『……ですよね。お互い、魅力的な体とは言い難いですよね?』

『それは……まあ、はい』

『……』

『……』

『……結構、仲が良いんですか、その人と春人さん?』

『……まあ、同期で一番くらいには仲が良いかと』

『……その上、美人で巨乳、と』

『……流石に先輩がそこまで節操無しだとは思いたくないですが……ヤバいのはヤバいかも知れませんね』

『……』

『……』

『……提案なんですが』

『……なんでしょう?』

『……ここで私たちがいがみ合うのは得策でしょうか?』

『……そうですね。先輩、『皆仲良く』が大好きですから、得策ではないと思います』

『……もう、正直に言いましょう。私は貴方に嫉妬しています。銀行で一番春人さんに可愛がられる後輩という、貴方に』

『それはお互い様でしょう?』

『……そうですね。自分で言うのもなんですが、私が先輩に可愛がられている後輩である事実はあります。ありますが、所詮私は外部の人間ですので、『今』の春人さんの交友関係には中々入りにくいです。事実、先ほどまでその『おっぱいお化け』の存在を知りませんでしたし』

『それは……まあ、そうかもですけど』

『そして、中川さんは休日も春人さんと一緒に居たい。これは間違いないですか?』

『ええ、それは勿論』

『私は銀行での春人さんを知りませんが、中川さんは銀行での春人さんを知っている。中川さんは春人さんと休日に遊べませんが、私は春人さんと休日に遊べる……どうでしょう、中川さん? 此処は一時手を組みませんか?』

『手を組む、ですか?』

『銀行での春人さんの事、教えてください。その代わり』

『その代わり?』

『春人さんと遊びに行くとき、中川さんも誘います』

『採用』


◇◆◇


「……はぁ」

「どうしました? お口に会いませんでした?」

 トーストを齧りながらため息を吐く私に、心配そうに声を掛けて来る葵。そんな葵に、私はふるふると首を振った。

「ううん、美味しいよ。そうじゃなくて……我ながら酷いな、と」

「ひどい?」

「昨日の……なんていうの? 協定?」

「……ああ。でも、春人さん盗られるの、イヤじゃないです?」

「そりゃ、イヤだけどさ~……でも、そしたら最後は葵と争う事になるんでしょ?」

「それは……まあ」

「それも若干、『もにょ』とするな~って」

 トーストを食べ終え、ご馳走様でしたと手を合わせる。

「……ま、先の事考えても仕方ないか!」

「そ、そうですよ!」

「うんうん。それじゃ、葵、シャワー借りるね? 一旦家に帰ったら、また来るから」

「……お手数おかけします」

「いいよ、別に。気持ちは分からないでもないし……一宿一飯の恩義もあるしね」

 そう言って私は笑いながら、バスルームに繋がる扉に手を掛けて。



「私が戻ってきたら行こうか? 七億、換金しに」




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