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第十六話 一体、どういう化学変化が起こったのか、だれか早く説明しる


 ちょっと休憩しようかと思い、食堂の自販機で缶コーヒーでも買おうかと俺は二階の食堂にあがる。お盆は暇だと思ってたし、実際そんなに忙しくは無かったんだが、今日は疲れた。

「お疲れ、小山君」

「あ、田中先輩。お疲れ様です」

 食事休憩だろう、お弁当を広げる田中先輩が食堂には先客でいた。軽く頭を下げながら、俺は自販機に足を向ける。と、田中先輩が『ちょっと待って』と財布を取り出した。

「小山君、ブラックだよね?」

「そうですけど……あれ? 奢りっすか?」

「今日はお疲れだろうからね。相続案件だったっけ?」

 百二十円を入れてブラックのボタンを押すと、俺に手渡ししてくれる田中先輩。

「ごちになります。いや、マジで疲れましたよ、今日」

「窓口も全部埋まってたしね。なんだっけ? 一番窓口から順番に住所変更、喪失届……」

「三番も喪失で、四番も相続でしたね。なんですかね、お盆のこの感じ」

「ま、銀行が開いてて皆が休みってなるとお盆と年末ぐらいになるしね」

「外交は暇でしょうけど、内勤はたまったもんじゃないっすね」

「ま、仕方ないよ。これも宿命だからさ?」

 そう言ってきんぴらごぼうを摘まみ上げて口に運ぶ田中先輩。その表情が少しだけ硬い。

「……どうしたんっすか?」

「いや……ちょっと辛かっただけ」

「辛かったって……」

 と、言いかけて気付く。あれ?

「……っていうか、田中先輩って一人暮らしじゃなかったですっけ? それに、良く考えたら田中先輩がお弁当食べてる姿なんて初めて見る気がするんですけど……」

「……あ、あはは」

「……まさか」

「それ以上の追及はプライバシーの侵害だよ、小山君?」

 シーっと口元に人差し指を当てて見せる田中先輩。ははーん、なるほど。

「……おめでとうございます、田中先輩」

「ええっと……ありがとう?」

「まあ、この秘密は墓場まで……とは言いませんが、田中先輩の結婚報告までは取っておきましょう」

「そうしてくれると助かるよ。缶コーヒー、奢ったかいがあったかな?」

「買収っすか? これ?」

「そんなつもりは無かったんだけどね。まあ、結果的に買収になっちゃったかな?」

「別に言いふらしたり詮索したりはしませんよ?」

「それでもだよ。色々あるんだよね、こっちも」

 そう言って小さくため息を吐く田中先輩。なんだか少しだけ疲れた表情にも見えるが……リア充がそんな顔、しちゃダメだと思います!

「あー、でも良いっすね、田中先輩。彼女持ちっすか……俺も欲しいっす、彼女」

「小山君、彼女居なかったっけ?」

「いませんよ。なんっすか? 挑戦っすか?」

「中川さんは?」

「アイツは俺の事、財布ぐらいにしか思って無いでしょ?」

 どうせまた奢れとか言ってくるに決まって――どうしたんですか、田中先輩? そんな顔して。

「いや……ちょっとだけ、中川さんが不憫だな~って」

「はい?」

「なんでもない、こっちの話。でもあれじゃないの? 好きな子ぐらいは居るんでしょ?」

「そりゃ……まあ。ちょっと事情があって今はどーしようもない感じなんですけど」

「事情? ああ、いや。詮索はしないよ。そっか。大変だね、小山君も」

「うっす」

 本当に。あの七億宝くじが無ければ、今頃葵と彼氏彼女に成れてたんじゃないかな~と思うと悔やむに悔やみきれん。いや、それは言っても詮無い事か。そもそも俺がヘタレずにもっと早めに……宝くじが当たる前に告白してたら、少なくとも今とは違った展開もあったかも知れんし。

「ままならないっすね、人生」

「語るね~」

「なんか築き上げて来たポリシーを根底から見直すべきかと思ってます」

「そんなにおおごとになってんの?」

「……まあ」

 大事という程でも無いんだろうが……こればっかりは一発逆転も無さそうだしな。少しずつ、葵と信頼関係を築いて『俺は別に七億狙いじゃないですよ~』って証明するしかないんだろうしさ。

「三歩進んで百歩下がった感じっすね」

「……一大事じゃん」

「だから困ってるんですよ」

 そう言って、ため息。田中先輩から貰った缶コーヒーのプルタブを開けて、中身を嚥下する。先ほどまで喋っていたせいか、乾いた喉にコーヒーの苦みが染み渡る。

「……ん?」

 と、ポケットの中に入れてあったスマホが振動する。誰からだろうと確認するために画面を開けると。

「……中川かよ」

「中川さん? ああ、今日お休みか」

「こっちは忙しいってのに、なんの用事だ?」

 中川から来たのはライン。面倒くせーことしやがってと思いながらも、画面をタップしてみると。

『せんぱーい! 今日、私とご飯食べに行きましょうよ~』

 なんてメッセージが入っていた。

「なんて?」

「飯食いに行きましょうって。どんだけ奢らせれば気が済むんだよ、アイツ」

「……そういう訳でもないんだろうけど……って、鳴ってるよ?」

「え? ……中川かよ」

 田中先輩に一言断りを入れてから、俺は中川からの電話に出る。街中にでも居るのか、がやがやとした雑踏に交じって中川の元気の良い声が聞こえて来た。

『せんぱーい。元気ですかぁ?』

「元気じゃねーよ。クソ忙しい。つうか、なんで電話なんだよ? 仕事中なの、こっちは」

『またまた~。まあ、仕事中ではあるでしょうけど、直ぐに既読付いたんで休憩中だろうと思いまして、それじゃ電話の方が早いかと』

「……いや、休憩中だけどね。んで? なんで俺がお前に奢らなくちゃいけないワケ?」

『別に奢って下さいとは言って無いじゃないですか。ご飯食べに行きましょうって言ってるだけで』

「……なに? 奢ってくれるのか?」

『……』

「……なんだよ?」

『……よく言いますよ。先輩、私には絶対奢らせてくれない癖に。っていうかね? 別に私だって『奢って下さい』とは言いますけど、本当に奢って貰おうと思って言ってるワケじゃないんですからね? 払いますって言っても、先輩が勝手に全部支払ってるだけで!』

「……は?」

『だーかーら! 純粋にご飯食べたいな~って思っても奢らせるって分かったら誘いにくいんですよっ! ねー、葵!』

「いや、それは悪かったけど……」

 まあ、確かに。俺だって、田中先輩と飯とか行ったらいつも奢って貰って申し訳ないとは思うんだよ。誘いにくいな~、とも。でもな? 普通、男の先輩が女の子とご飯食べに行くのに、割り勘って――


 ――……? ……うん? なんだ? なんかすげー違和感が。


『ともかく! 昨日は葵の手作り料理、食べたんでしょう? しかも先輩の部屋で二人っきりで! だったら今度は私ともご飯食べに行かないと不公平じゃないですか! 私、料理出来ないし、それならご飯食べに行こうって、葵が言ってくれたんです!』

「いや、不公平って……ん? んんん?」


 ……いや、待って?


「……なんでお前、昨日の事知ってんの?」

『聞いたからですけど』

「……誰に?」

『葵』

 ……。

 ………。

 …………。

「……はぁあああああああ? いや、待て。待ってください。え? お前ら、すげー仲悪くなかった? っていうか、葵? な、名前呼び!?」

 初対面で大バトル繰り広げてたじゃん! あれ、絶対仲良くなるフラグ立ってなかったじゃん!

『まあ……ちょっと色々利害の一致を見まして。ある意味では同志でもある事ですし、喧嘩をしてても仕方ないな、という事案が発生しましてね?』

「……何言ってんの?」

『こっちの話です! だから! ともかく今日は私と食事です! ご心配なく! ちゃーんと葵も連れて行きますから! あ、ちょっと葵に代わりますね!』

『もしもし? 春人さん?』

「……お前の声を聞くまでは嘘だとちょっとだけ思いたかったが……え? マジで? 葵、中川と友達になったの?」

『これには色々、止むにやまれぬ事情が有ってですね……でも、香織ちゃん、話してみると気さくで面白いですし。今は結構良かったかなって思ってます』

「……マジかよ」

『という事で春人さん! 今日は三人でご飯食べに行きましょうね~。仕事終わったら連絡下さい!』

 そう言ってプツンと切れる電話。余りの衝撃の大きさに、立ちすくむ俺。心配そうにこちらを見やる田中先輩。カオス。

「……大丈夫? 何があったの?」

「……さあ?」

「え?」

 きょとんとする田中先輩に、俺はここ数年で最も情けない顔をして。



「……誰か、俺に事情を説明してもらえません?」



 一体、どういう化学変化が起きればあの二人が名前で呼び合う様になるの?



次回タイトルは『こういう化学変化です』みたいな感じになります。後輩ちゃん視点です。

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