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第十五話 キャットファイトって聞くと『にやっ』とするけど、修羅場って聞くと『ぞわっ』ってする。


 春人さんの家から逃げる様に飛び出して、電柱を曲がった所で私はふーふーっと上がった息を整える。息以上、バクバクとなる心臓の煩さを感じながら胸に手を当てる。

「……あ……あああああ……!」

 な、なんて恥ずかしい事をしたんだろう、私は! そ、そもそも付き合ってもない妙齢の女が、男の家に押しかけてご飯作るってなにそれ!? え? も、もしかして私、重い女とか思われてないよね!? しかも『下着も洗います!』って! 痴女じゃん! 私もう、痴女じゃん!?

「……だって……仕方ないもん」

 誰に聞こえる訳でもない言葉が一人でに宙に舞う。

「……可愛い子、だったな……」

 結構なレトロ趣味な春人さんが好きそうな喫茶店だな~って思ったのが最初。ちょっと興味が出て――『良い所見つけてくれたな、葵』なんて、私の大好きな笑顔で笑いかけて、褒めてくれるかな~なんて思って立ち寄った喫茶店。店内に春人さんの姿を見つけて、嬉しくなって――その隣にいた、小柄な可愛い女の子に自身の目が吊り上がったのが自分でも分かった。

「……」

 分かる。私には――というか、誰でもあれだけ張り合って来られたら分かるだろう。きっと……ううん、絶対、あの子も春人さんが好きだ。

「……ううう……!」

 春人さんの隣に、当たり前の様にいる権利を持つ女の子。私の知らない、『銀行員』としての春人さんを知る、そんな女の子。

 いや、分かる。結局、自分が銀行の就職試験を落ちたのが一番悪いんだ。だから、私は春人さんの隣に居られない。だからこそ、余計に落ち込む。仮に先輩とか後輩ならまだよかった。でも彼女は私と同級生で、それはつまり、私は『要らない』と判断され、彼女は『要る』と判断されたという事だ。同じ試験を受け、同じ面接を受けた上で。

「……それだけじゃないって……分かってるけど」

 別に『銀行員であること』が、春人さんの一番の絶対条件ではない。そんな事、私だって分かってる。わかってるがコレは、理屈じゃない。感情の話だ。

「……」

 だから。

 彼女との関係が気になって仕方なかった私は、ついつい、春人さんの家に走ってしまった。だって、負けるのは絶対イヤだったから、春人さんの一番は私だって、証明したかったから。

 ……まあ、流石にやりすぎた感は否めないが。っていうか、『お金は唸るほどあります!』って言葉、どうよ? 幾ら動揺していたって言っても感じ悪すぎない、私?

「……あーあ」

 なんとなく、落ち込む。そう思い、はーっと小さくため息を吐いた所で。



「……あれ? 確か……長山さん、でしたっけ?」



 不意に聞こえた声の方向に視線を向けると。

「……中川、さん?」

 絶対に負けたくないと、そう思った女性の姿がそこにあった。

「……どうも」

「……どうも」

「……」

「……」

「……こ、こんばんは」

「……こ、こんばんは」

 う、うわー。や、やりにくい! っていうかそもそも大して仲良く――っていうか、どう考えてもライバルになるだろうこの子となんの話すれば良いの?

「え、ええっと……なにしてるんですか、こんな所で?」

「え? わ、私ですか?」

 え? 話広げるんですか、中川さん。此処はもう、『それじゃ』で帰っても良いんじゃないです?

「え、ええっと……わ、私は……」

 ……でも、いっか。いい機会かも知れない。

「……ご飯」

「はい?」

「ご飯、作りに行ってました。春人さんに」

「…………は?」

「私、今お盆休みで時間があるんですよね。春人さんも……中川さんもお仕事でしょ? だから、晩御飯を作りに行ってたんですよ!」

 自分で考えても感じの悪いマウントの取り方だと思う。だって、ホラ。中川さんの顔が悔しそうに歪んだもん。

「へ、へー。小山先輩にご飯作りに行ったんですか~。そ、そんなに親しいんですね?」

「ええ! そりゃ、もう、親しいですよ? なんせ、大学からの付き合いですから!」

「ふ、ふーん。でもー? 長山さん、別に付き合ってるワケじゃないんですよね、小山先輩と!」

 うぐ。い、痛い所を……

「そ、それは……まあ、そうですけど……」

「へー。ほー。付き合ってない男性の所にご飯なんて作りに行って上げちゃうような女の子だったんですね~長山さんって~」

「……どういう意味でしょう?」

「べつにー。ただ、ていそーかんねんの薄い女の子、小山先輩好きかな~って」

「はぁあ!?」

 だ、誰が貞操観念が薄いんですか! そ、そりゃ、さっき下着まで洗うとか言っちゃったけど、私は貞操観念しっかりしてるんですから!

「べ、別に貞操観念薄いワケじゃないです! そ、そもそも、そんな想像するなんて、そっちの方が貞操観念薄いんじゃないですか!」

「し、失礼な事言わないでくれますか? 私、自分は大事にする方ですし!」

「私だってそうですよ! っていうか、中川さんはこんな所で何してるんですか? もう夜も遅いし、そろそろ帰った方が良いんじゃないですか?」

 貞操観念が御有りなら! と言外に込めた私の言葉に、気まずそうに視線を逸らす中川さん。なんです?

「……あれ? どうしたんです? 家、この辺なんでしょう?」

「……」

「……違うんです?」

「……二駅向こうですよ」

「へ? 二駅向こう? それなら、なんでこんな所に――」

 ……。

 ………。

 …………。

「……ストーカー?」

「ち、違うわぁ! ちょ、ちょっと小山先輩に聞きたい事があったんで、来ただけです! す、ストーカーじゃありませんし!」

「いや、でもそれって電話で聞けばいいんじゃないですか? わざわざ電車で二駅掛けて……うわぁ……」

「う、うわぁとか言わないでくれませんか!? だ、大体貴方だって、彼氏でもない男の家にご飯作りに行ったんでしょ!? やってること、大して変わらなく無いですか!」

「う、うぐぅ! そ、それは……で、ですが、春人さんは喜んで下さいましたもん!」

「そ、それだったら私だって喜んでくれるかも知れないじゃないですか! 私、可愛いし!」

 ……確かに。春人さんのあの態度なら、決してこの子を嫌いってワケじゃないだろうし……それを抜きにしても、頼って来た後輩を邪険にする春人さんとか、ちょっと想像も付かない。

「……」

「……」

「……ねえ、長山さん?」

「……なんです?」

「……折角此処で逢ったのも何かの縁ですし? ちょっと『オハナシ』しませんか? 私、明日、おやすみなんですよ」

「……そうですね。お互いに、色々『オハナシ』したい事、ありそうですもんね?」

 そう言ってにっこり嗤う中川さんに、私も嗤ってお返しをした。決着、付けようじゃありませんかぁ!

 


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