第十三話 不動産オーナーって誰でもなれる。そう、土地さえあればね!
新作、『OL物語 ~田中君と相沢さんの恋愛スニーキングミッション!~』を始めました。これの番外編ですので、宜しければそちらもお願いします。
「……疲れた……」
米井社長に頭を下げた後、俺は東雲を叱り飛ばしながら店へと急いだ。ずっと不満そうな顔を浮かべる東雲が本気で意味が分からない上に『土曜日、ランチ』と訳の分からない約束までさせられたが……まあ、それは良い。
「お疲れだね、小山君。どうしたの?」
自席につき、ほーっと体中から力を抜いていると掛かる声が。顔を上げるとそこには、柔和な顔を浮かべる一個上の先輩、田中和樹さんの姿があった。
「田中先輩」
「随分お疲れみたいだけど……なんかあったの?」
「なんかってワケじゃないですけど……」
「……トラブル?」
トラブル、なのか? まあ、トラブルって言えばトラブルなんだろうが……
「……ちょっと、本当に大丈夫かい? もし何かあったら一緒に謝りぐらいにはいくけど?」
そう言って心配そうな顔をする田中先輩。眉根を寄せるその仕草は本当に俺の事を心配してくれているのが分かり、心の中が少しだけほっこりする。
「……ありがとうございます、田中先輩。大丈夫です」
「そう? まあ、困った事があったら言ってね」
この田中先輩は俺の一個上の先輩という事もあり、俺を直々に指導してくれた先輩だ。誰にでも優しく、優秀……というより、仕事が『硬い』先輩だ。
「田中~」
「はい、進藤さん」
「この書類のチェック、お願いできないか? 今日の四時から契約なんだ」
「分かりました。それじゃ、直ぐに目を通しますね」
「よろしく~」
外交係の進藤さんが田中先輩の机の上にどさっと契約書類の束を置く。うんざりする量ながら、それでも嫌な顔一つせずにチェックを始める田中先輩。
「……手伝いますよ」
「そう? ありがとう、それじゃ半分お願いできるかな?」
「分かりました。それにしても……進藤さんにも困ったもんですよね。四時って後一時間半しか無いじゃないですか。それでこの量のチェックしとけって」
「進藤さんも忙しいしね、仕方ないよ」
「まあ、進藤さんの気持ちもわからないでも無いですけど……」
さっきも言った通り、田中先輩の仕事は『硬い』。どれくらい硬いかというと、事務に煩い支店の次長が『この書類は誰が作った? あん? 田中? じゃあ、大丈夫だな』と書類の中身を見る事すらせずに承認のハンコを押すくらいには。俺なんて何時までたっても稟議書突き返されるのに、田中先輩の稟議はスルーで通る。
「そう?」
「田中先輩に見て貰った書類なら、間違いないですから。ついつい頼る気持ちも分かります」
「そうでもないよ。僕の事なんだと思ってるのさ? 僕だってミスはするよ?」
「田中先輩に見て貰ってミスがあるなら、それはもう仕方ないですよ」
こういう諦めも付く。田中先輩が見て無理なら、もう誰が見ても無理だ。
「お褒めにあずかり光栄だよ。それで? 小山君は何に悩んでたの?」
「大丈夫ですよ。それより、集中しなくて大丈夫です?」
「ん、これぐらいの量ならね。小山君も手伝ってくれてるし、お礼代わりに」
「でも、別に本当に悩んでるワケじゃなくて……」
悩んではない。あのアホの東雲のせいで疲れただけで。あ、でも、折角田中先輩がこう聞いてくれてるのなら……
「田中先輩、聞いても良いです?」
「僕に分かる事なら」
「先輩、この前アパートローンしてましたよね? あれ、どうですか?」
「どう、とは? 稟議が通りやすいかってこと?」
「あ、いや……そうじゃなくて……その、儲かるかってことです」
俺の言葉にきょとんとした表情を浮かべる田中先輩。そんな先輩の表情に俺は慌てて言葉を継いだ。
「その、さっきたまたま同期に逢いまして! それで、ちょっと米井不動産に行ってきたんですよ! そこで、不動産投資の話になったから!」
そう、俺が考えていたのはコレだ。
まあ、確かに東雲のウザさ大爆発の絡みに疲れはしたが、言ってみればそれはいつもの事だ。それより、米井不動産で聞いた『不動産投資』に関して少しばかり興味が沸いたのだ。さっきの話じゃ、旨味も結構ありそうだったし。
「ああ、そういう事。びっくりした。小山君がやるのかと思った」
惜しい! 非常に惜しい! 俺じゃないけど、俺が運用任された七億の行き場の話です。
「うーん……不動産投資ねー」
内心で冷や汗を書いていた俺だが、そんな俺も見ずに田中先輩は難しい顔で中空を見つめる。あれ?
「ええっと……どっちかって言うとネガティブです?」
「ああ、御免。僕は別にネガティブってワケじゃないんだけどね? ほら、今って不動産投資自体が結構ネガティブの風潮でしょ?」
「ああ。『灰被り姫』のヤツです?」
「まあ、それに限らずだけどね。そもそもランドセット……ええっと、土地から買う案件とかは稟議は通りにくい傾向にあるね。どちらかというと『資産運用』ってよりは『相続対策』がメインになるから、アパートローンって」
「そうなんですか?」
「資産が多い人は借金多くして相続税を減らすんだよ。建物の減価償却より、返済ピッチの方が遅いからね。木造なら二十年ぐらいで建物の価値はゼロになるけど」
「返済はまだまだ残っている……なるほど」
「まあ、実際にゼロにはならないよ? でもまあ、そういう方法で相続対策する人もいるって話。んで、最近はそっちがメインだよね」
そこまで喋り、田中先輩は視線を俺に向ける。
「それでも資産運用、つまりお金儲けとして不動産投資をするっていうのは……僕個人的にはありだと思ってる」
「……そうなんです?」
「考えてもごらん。普通、近所のお爺ちゃんやお婆ちゃんがいきなり個人事業主になろうとして、成功すると思う? 八百屋でも魚屋でも雑貨屋でも良いけど」
「……無理っすね」
「でしょ? でもアパート経営って、本当に素人でも出来るんだよ。重要なのは立地と投資金額と自己資金割合、それと……個人的にはこれが一番重要だと思ってるんだけど」
「なんです?」
「信頼できる不動産会社に管理を委託出来るか」
「……」
「ある程度リスクはあるものだからね、不動産投資って。それを『生涯家賃保証』なんて売り文句、怪しいと思うべきじゃないかな~とは個人的には思うよ? まあ、それでも上手く行ってる会社もあるし、要はそこの見極めが出来れば結構『かたい』投資だとは思う。別に否定するつもりはないけど、投資信託や株をやるよりは、ね?」
「……なるほど。勉強になりました」
「こちらこそ。それと、もし興味があるんだったらそれこそ米井さんとこ行ってみれば?」
「米井さんところ、ですか?」
「これは僕が前の担当先に聞いたんだけどね? 『いいか、田中君。既に広告を打っている様な物件は不動産投資としてはダメだ。不動産会社が隠し持ってる様な物件を買わないと』って」
「隠し持ってる物件、ですか……」
「そう」
そう言って田中先輩はにっこりと笑い。
「そういう所にお宝があるんだってさ」




