第十一話 街の不動産屋さんはなぜ潰れないのか。あるんです、『財産』が。
今回はアレです。経済系()です。
「こんにちは~」
「お世話になります」
「はーい。いらっしゃ――あら? 春人ちゃんじゃないの。どうしたの? 今日はウチ、おやすみよ?」
「奥様、こんにちは。今日は私共の銀行の同期がお邪魔するとお聞きしましたので、勝手ながら付いて来ました。ご迷惑だったでしょうか?」
「別に迷惑じゃないけど……ええっと、東雲さんでしたっけ? 良いんです?」
「はい! 小山も同席させても宜しいでしょうか?」
「そうね~。春人ちゃん居てくれた方が安心かもね。貴方~。きらめき銀行さん来られたわよ」
そう言って俺たちを出迎えてくれた米井不動産の社長夫人――兼経理担当役員の奥様は奥に向かって声を上げる。その声に、店内の奥、自宅部分であるドアを潜って社長である米井和夫さんが顔を出した。
「おや? 春人君? 今日、来る日だったっけ?」
「いえ、社長。丁度今日、東雲がお邪魔するとお聞きしましたので……ちょっと一緒にお邪魔させて頂きました。大丈夫ですか?」
「ええ、それは構いませんが……良いのですか、東雲さんは」
「はい。先日はお電話で失礼しました。きらめき銀行加山支店の東雲と申します。よろしくお願いします」
そう言って名刺入れから名刺を一枚取り出して社長に差し出す東雲。『これはご丁寧に』と言いながら、社長も机の引き出しから名刺を取り出すと東雲に渡した。
「米井と申します。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ」
「立ったままではアレですので、どうぞお掛け下さい。春人君はコーヒーのブラックで……東雲さんは? 暑いですし、麦茶にでもしましょうか」
「いえ、小山と同じもので結構です」
わかりました、と答えて米井社長は奥に向かって『コーヒー三つ』と声を掛ける。ほどなくして、アイスコーヒーを三つお盆に乗せた奥様が東雲、俺、そして社長の順番にコーヒーを置く。どうぞ、という社長の声に謝辞を述べつつ一口。暑い中歩いてきただけあり、冷たいアイスコーヒーが美味い。
「それで……今日はどの様なお話です?」
「はい、私共がご融資をさして頂いているお客様――山本様をご存じですね?」
「ええ、存じ上げておりますよ。山本様が何か?」
「山本様は当行でアパートローンを組まれておりますが、今回、新たに一棟アパートを建築すると仰ってまして。その土地を、米井不動産様がご紹介したとか……」
「ええ、そうですね。私共が仲介させて頂きました。大学も近いので良い場所ですよ」
「私もそう思います。それで、山本様は不動産の管理までを一括して御社でお願いしたいと仰っておりまして」
「ええ、存じ上げております。有り難い話です」
そう言って米井社長はにっこり笑う。人の良いその笑顔に、東雲もつられて笑顔になる。
「私共の様な小さな不動産屋は不動産管理が主な仕事ですからね。物件の売買や仲介は実入りは多いですが……安定はしませんので」
大手の不動産管理会社、例えばテレビCMをしているあんな所やこんな所に比べて小さな街の不動産屋が今でも生き残っている理由は此処にある。無論、物件の売買や賃貸の仲介も大きな仕事であるが、街の不動産屋さんの財産は基本的に不動産管理だ。
「あの立地のアパートであれば、学生メインとなりますので。騒音問題はともかく、家賃の延滞も親御さんが支払いますので、管理自体は難しくは無いですね」
「そうなんですか?」
「特に今からなら、建築は四月に十分間に合います。新入生に新築アパート、客付きも難しく無いです」
そう言ってにっこり笑う米井社長。その姿は自信に満ち溢れており、そんな米井社長をじっと見た後、東雲が小さく頷いた。
「山本様からもお伺いしていたんです。『米井さんの所はどんな小さな事でも細やかに対応してくれて助かっている』と。家賃の5%も良心的な価格設定だと思います」
「おや、そうですか? もっと安いトコロもありますよ?」
「山本様との基本契約書も見させていただきました。私共が知っている不動産管理会社様なら、米井不動産様と同じ契約内容で恐らく8%は取るでしょう」
「商売っ気がないのかも知れませんね、私は」
「いえ。誠実さは何よりの売りだと個人的には思っております。それで、ですね。此処からが本題なのですか」
そう言って東雲はアイスコーヒーに口を付けると、視線を米井社長に向ける。
「……実は私共がご融資しているお客様の不動産を管理している管理会社様がこの度会社を畳むことになりまして」
「そうですか」
「後継者がいない、という事で。それで、新たな管理会社様を探していた所、山本様から米井様の事をお伺いしましたので、もし宜しければお願い出来ないかと思いましてこちらにお邪魔させて頂いた次第です」
東雲はそこまで喋ると、カバンから一冊のファイルを取り出した。
「これがお客様の資料になります。不動産の場所、入居者数、現在の家賃などですね」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
東雲の突然の行動に、米井社長が驚いた表情でこちらを見やる。その視線に気づいた俺は、東雲に声を掛けた。
「……良いのか、コレ?」
「勿論、お客様も納得済みよ」
「でも、社長だってコレ見せられても受けれないかも知れないぞ?」
「それも了承済み。どっちにしろ、どんな物件か分かんないもの受けれないでしょ、米井不動産様だって」
「そりゃそうだ。つうか、そんな不動産なら俺は受けて貰わないぞ。リスク高い物件は受けちゃダメだからな」
「ま、だから春人にも付き合って貰いたかったんだけどね? 担当が良いと思えば、社長も受けやすいんじゃないかと思って」
「……それ狙いかよ、お前」
そう言ってペロッと舌を出す東雲。その仕草に肩を竦めて、俺は視線を米井社長に向けた。
「……社長」
「分かりました。それでは……って、コレって……金谷様の物件ですか?」
「そうです。ご存じで?」
「ええ……ああ、なるほど。安井不動産さんですもんね、管理会社。確かにあそこは息子さんも都会に出ておられるし、廃業も止む無しですか……」
「良い物件なんですか、社長?」
俺の言葉に社長が小さく頷く。
「ええ。この物件は安井不動産さんの稼ぎ頭だった物件ですね。住宅街の中にあるんですが、入居者の皆様がとても温厚で管理がしやすい物件なんですよ。文教地区だからか、教育水準も高く、空いてもすぐ埋まる場所です。客付きもし易いですし」
「こんな試すような事をするのは感じが悪いかと思いますが……金谷様は一年契約でお願いしたいと仰ってます。その後、随時更新をしていって……その、『気に入れば』全ての不動産の管理をお願いしたい、と」
「それはそれは」
少しばかり驚いた表情を浮かべる米井社長。
「どうしたんですか?」
「金谷様はこの辺りの地主ですからね。所有する不動産も多いですし……その管理を任せて頂ければ……」
「随分、売り上げも上がる、と?」
「……はい」
「……良い話じゃないですか」
「本当に振って沸いた幸運ですね」
そう言って眩しそうに東雲を見る米井社長。
「……ありがとうございます、東雲さん。この話、ぜひお受けさせて頂ければ」
「こちらこそ、ありがとうございます。金谷様も喜びます」
「それにしても……まさか、銀行員さんがこんな事をされるとは思っても見ませんでした」
「こんな事、ですか?」
「はい。お客様の為に管理会社に出向いて、わざわざ不動産の管理をお願いをする銀行員など私も初めてですよ。面白いお方ですね、東雲さんは。そして、すごい方ですよ、貴方は」
目を細めながらそんな事を言う米井社長。そんな米井社長にきょとんとした表情を浮かべた後、東雲は首を傾げて見せた。
「ええっと……米井社長? 失礼ですが米井不動産の担当は小山なんですよね?」
「? はい、そうですけど……その、良くして貰ってますよ、いつも」
その言葉を聞いて、東雲はにっこりと笑顔を浮かべる。
……額に青筋を浮かべて。
「……はーるーと」
まるで悪鬼羅刹。そう形容したくなるほど怖い顔を浮かべた東雲は、そのままの表情で。
「……何、手抜いてるのよ、このバカ!」
……ちゃうねん。とりあえず、説明させてくれ。あと、米井社長? 別に手を抜いてるワケじゃないですからね!
手を抜いてるの真相は次回!




