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新宿ダンジョンに初挑戦したその結果とそれに付随するトラブル

「そういえば、檜村さんの目的は何なんですか?」

「というと?」


 聞き方が良く無かったか。檜村さんが上目遣いで僕の方を見た。額にかかった髪を避けるように首を傾げる。

 ちょっとそのしぐさにドキッとしてしまった。

 

「なんで魔討士をしてるんです?」


 率直に言って、この人は性格的にあんまり戦いに向いているタイプではないと思うんだけど。


「君こそなぜ魔討士をしているんだね?片岡君……と聞こうと思ったが、質問を質問で返すのは無礼だな」


 そう言って、檜村さんが額にかかった髪をすっと払った。

 

「正義のため、と言いたいところだがね。私は単純に金の為さ。学費を稼がなければいけないからね。それに魔討士として活躍すれば、この先にも有利だ。研究職志望なのでね」


 魔討士のランクはそれ以外では役に立たないかと言うとそうでもない。

 高校生だと大学入試、大学生だと就職の時に有利になる、というのは公然の秘密だ。魔討士として戦うことはある種の社会貢献として見られる。


「つまり私が戦うのは、純粋に実利の為だよ。ロマンの欠片も無くてすまないね」


 そう言って檜村さんが今度は僕の答えを促すように見つめてくる。

 よどみない口調だったけど、なんか違和感を感じた。何なのか分からないけど。


 僕はなぜ戦っているのか。といわれると謎だ。

 少なくともお金のためではない。僕の家は公務員の父とパートしている母、それに妹2人の5人家族だけど、今のところ幸いにもそこまでお金には困っていないことくらいは分かる。


 実際のところ、稼いだ討伐実績点はお金には変えずにそのままになっている。一度家に入れようかと思ったら大激怒された。 

 ただ、なんとなく、と答えるのもちょっと気が引けてしまう。


「まあ気にする必要はないさ。戦うために理由は必ずしも必要ないと私は思うよ」


 そう言っているうちに、山手線が止まった。


[終点、代々木です]


 車内アナウンスが告げた。

 旧山手線は新宿にダンジョンが出来た関係で代々木で終点になっていて、新山手線が新宿を迂回して環状線を形成している


「さて、いこうか」



 代々木駅から歩いて、旧新宿南口にたどり着いた。

 よりによって交通の要衝である新宿にダンジョンができたので、にぎやかだった新宿駅前はすっかり人がいない廃墟になってしまっていた。今は魔討士らしき人とすれ違うだけだ。

 ダンジョンが出来る前はよくタイトーステーションにゲームをやりに来ていたんだけど、いまは赤いスペースインベーダーの看板が残っているだけだ。


 新宿ダンジョンの入り口は旧東口だ。

 紀伊国屋書店やアルタ前のあたりは魔討士のための施設が入っている。

 討伐実績点を受け付ける窓口、けが人の治療所、軽食を取れるレストランとコミュニケーションスペース、公務員として東京都に務める魔討士たちの詰め所とかだ。

 何度かここまでは来たことが有るんだけど、ダンジョンに入ったことはない


 ダンジョンは、空間の侵食があってもすぐにダンジョンマスターを倒せば消滅する。

 ダンジョンマスターは正式には『別次元からの空間侵食に於ける核をなす生物』なんだけど、誰もそうは呼んではいない。

 そして、ダンジョンマスターを倒せないと、上下に伸びてしまいダンジョンマスターがその奥に隠れるから攻略の難易度が跳ねあがる。


 奥多摩は植物や動物を思わせる魔獣が巣食うダンジョンで、位置が人里から離れていたので発見されたときには大規模化していた。

 公式には誰も言わないけど、もう攻略は不可能じゃないか、と言われている。


 八王子はいわゆるファンタジーっぽいダンジョンだ。

 要所に強力なボスと強くはないけど大量の魔獣がいることが特徴で、深層にはダンジョンマスターであるデーモンがいるらしい。

 中層のミノタウロスが攻略できないという話は聞いたことがある。


 新宿は地下街を浸食してできたダンジョンで、複雑な構造と数は少ないけど敵が強いことで知られている。

 新宿にダンジョンが出来て交通の要所が通れなくなってしまったことはかなり影響が出た。

 なので、ダンジョンは出現したら即駆除すべしとなっている


 新宿のダンジョンは確認が取れているだけで5階層。いまやかつての大江戸線のあたりより深いらしいけど、最深部がどの辺なのかは分からない。

 入り口の周りには何組かのパーティと、公務員扱いの魔討士が何人かたむろしていた。公務員扱いの魔討士は、軍服を思わせる揃いの制服を着ているからすぐわかる。

 

「行きますか?」

「そうだな」


 半分外れかけたルミネの看板の掛けられた地下道の入り口に立つ。

 昔は改札口に行くための入り口だったけど、今は階段を降りたところは闇に包まれていて、底知れない感じが漂っていた。


「入るかね?なら名前と登録番号を」


 公務員魔討士の一人が聞いてきた。30歳くらいの警察官ぽい雰囲気を漂わせているごっついお兄さんだ。

 ダンジョンは入る前に確認されるのか。まあ当然かもしれない。


「片岡水輝です。乙2534です」

「檜村玄絵。丙957」


 僕等が名乗ると、周りが小さくどよめいた。なにやら注目を集めている気がする。

 というか、僕じゃなくて檜村さんか。檜村さんをみて周りの魔討士たちが何かささやき合っている。

 公務員魔討士の人がタブレットを操作して僕を見た。


「高校生かい?」

「はい」

「君は二階層までだ、いいか?」


 高校生はダンジョン攻略に制約があると聞いたことはあるけど、新宿は2階層までしかいけないのか


「分かりました」

「気を付けて。自分の安全を第一にし、無理な戦闘は避けること。いいね」


「では行こうか」


 まわりの雰囲気に気づいているのかいないのか、檜村さんが言って、階段を降りた。



 結論から言うと新宿ダンジョンは2階層の最初のあたりで撤退になった。


「これは作戦の練り直しが必要だね」


 ワンピースのあちこちを汚した檜村さんが言う。


「……ここまで手ごわいとは思わなかったよ」


 かつての壁に張られた宣伝看板と白いタイルの床の面影はなくなったけど、等間隔で並ぶ丸い柱は昔の儘の新宿地下街。

 一定の文様が刻まれた黒い壁が続く迷宮と化した新宿駅は、黒い壁の文様の隙間から青い光が漏れていて、明かりには困らなかった。


 そこで遭遇したのはキューブが8こ組み合わさって正方形になっているモンスター。なんでもルーンキューブというらしい。

 面が変わるとその面に顔だの剣だの盾だのが現れて、斬撃が現れたり魔法で攻撃して来たりする、という今まで見たこともないモンスターだった。


 今まで僕が戦ったモンスターは人型とか動物型とか、攻撃方法がある程度読める相手ばかりだったんだけど。ルーンキューブは攻撃が全然読めない。

 それだけで厄介だし、火力もかなり高かった。斬撃は止めるのが精いっぱい。


 魔法と言うか飛び道具も、飛んでくる類のものじゃなくて、空間に突然文字のようなものが現れて電撃が走るような奴だった。 

 あれじゃ風の壁では止められない。それに、前衛が僕一人では厳しい。


「まあ教訓を得たってことでいいんじゃないですか」

「そうだな。さすがにいいことを言うじゃないか、片岡君」


 今回はあくまで試しだ。そう簡単にサクサク進めるなんて思ってはいない。


「次はもう少し準備をして……」 


 言いかけたところで。


「どこまで行けた?この早さで出てきたってことは二階層ってところか?」



 かけられた声に、普段は表情を変えない檜村さんが露骨に嫌そうな顔をした。

 振り向くと、一人の男が立っていた。


 身長は180センチくらいはありそうだ。ピタッと整えられた短めの髪型に、如何にも高そうな補強を入れたレザーアーマー風の革のジャケット。服越しにでも鍛えられていることが分かる。

 身長とファッションに加えて、モデル並みのイケメンだけけど、その顔にはバカにしたような表情が浮かんでいた。


「まあそんなところだね」


 視線を合わせないままに檜村さんが答える。顔見知りらしい。

 

「こんなガキなんて連れててどうする?しかも乙類の……7位かよ」


 言葉にアカラサマに蔑みのニュアンスが入っていた。


 乙類は見下される傾向がある。 

 乙類の強みは接近戦での強さ、多くの場合は身体能力が強化されるから多少の被弾でも戦い続けられること。

 魔法は魔素フロギストンを取り込んでそれを自分の中で変換して行使するけど、乙類は魔素で構築した武器を使って戦うからそういう手間がない。消耗が少なく継戦能力が高い。


 一方で、射程が短いからどうしても敵と近い距離で泥臭く戦うことが多い。

 消耗が少ない代わりに一撃の威力にも欠ける。華麗に魔法で敵を打ち砕く、という感じじゃない。地味な壁役って感じだ。


 誰が言ったのか忘れたけど、乙類は中継ぎ投手。

 つまりチームには不可欠で苦しい場面で使われるんだけど、評価は先発やクローザーより低くなる、ということだ。

 実際、最前列でモンスターと対峙しても、討伐評価点はダンジョンマスターや大型のモンスターに止めを刺した人が優先的にもらえたりする。つまり高い火力を持つ甲類や丙類だ。

 全部の区分の中で一番数が多いのも軽んじられる理由かもしれない。


「そんな高校生を連れててどうする。玄絵。俺のパーティにこいよ」


 男がまたバカにしたような顔で僕を見下ろしてくる。


「俺ならお前に稼がせてやれるぜ、分かってるだろ?」


 普段が聞き流せるけど、敗退してきた今日こういう風に言われるのはしんどい。

 檜村さんが、彼の前に立った。

 

「そうだな、あなたの強さは分かっているよ。如月きさらぎ桐弥とうや……でも私は彼がいい」

「なんだと?」

 

 男、どうやら如月というらしいけど。彼が不満げに檜村さんを見下ろす。


「私の詠唱は長い。そして魔法を使う時、私は無防備だ」


 静かな口調で檜村さんが言う。

 確かにこの人の詠唱と言うか魔法の準備時間はちょっと長めだ。発動さえしてしまえばトロールを一撃で吹き飛ばすほどの威力はあるんだけど。


「背中を守ってくれる人は全てをゆだねてもいい、信頼できる人ではなくてはいけない。それは強さとはまた違うベクトルなんだ」


 直接は言わなかったけど、言外にそれは君じゃない、と言わんばかりの明確な拒絶だ。

 如月が鼻白んで舌打ちして、僕を睨みつけてくる。なんか目を逸らす気にはならなかった。こっちも睨み返す


「こんな乙の、しかもたかが7位のザコが……何がいいって」

「それに」


 檜村さんが如月の言葉を遮った。


「彼は強くなるよ……ランクは実戦を経れば自然に上がるだろう」


 静かだけどはっきりした口調で言って、如月が苦々し気に舌打ちした。


「クソが」


 そう言って彼が踵を返して、おそらく仲間と思しき男たちの方に歩いていく。5人パーティらしい。なにかこっちを見て話をしていた。あまり好意的な内容ではないだろうとは思う。

 檜村さんがため息をついてスカートの埃を払った。


「さて、行こうか。何処かで何か食べて気分を変えよう」

「……有難うございます」

 

「私は思ったことを言っただけさ」


 普段ならスルー出来るんけど……言ってくれてちょっと気が晴れた。なにやら恨みも買った気がするけど。


「片岡君」


 歩き始めた檜村さんがこっちを見ないままに声を掛けてきた。


「……懲りずに……また一緒に来てもらえるかな?」

「ええ」


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[一言] 「こんなガキなんて連れててどうする?しかも乙類の……7位かよ」 どうして他人のステータスが分かったのかな?こちらから、話していないのに見た目からランクが分かるようなシステムがあるのかな。ま…
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