ちょっとしたもめ事・下
あまりに隙だらけだったから思わず手が出た……正直言って思った以上に弱かった。
これじゃ下手すると師匠の弟子の中学生とかにも負けそうだな。
ただ、一応体は鍛えているっぽい。本当はもっと強いかもしれない。
平常心ってやつは大事だと改めて思う……まあそれはそれとして。
「どうしますか?続けます?」
「どうした?何かあったのか?」
「そこ!一体何の騒ぎだ!」
尻もちをついたままの吾妻に言ったところで、校舎の方から声がして先生たちが走ってくるのが見えた。
学校の前で喧嘩をしたわけだし、結構人も集まってたし、そりゃ目立つにきまってるよな
「ヤバいって……逃げよう」
「なんなんだよ、もう」
カメラマンの二人が吾妻を引き起こした。
強引に人垣を割って三人が道に止めた黒のミニバンに乗り込む。すぐに、エンジン音を立ててミニバンが急発進した。
周りの車が鳴らしたクラクションが校門前まで甲高く響く。
車が走り去るのとほぼ同時に、先生たちが息せき切って駆け寄ってきた。
先生が周りの人だかりを見て、今度は僕の方を向く。
「一体何の騒ぎだ……片岡?」
「まあ……色々とありまして」
なんとなく何が起きたのか概ね察したらしい先生が聞いてくるけど……多分僕のせいじゃないぞ。
先生が僕の方を横目でじろっと見て、周りの人たちを見てそのまま校舎に帰って行った。
やれやれ……怒られなくてよかったな。
「すっげえ!先輩」
「マジ強いっすね!」
「刀無しでも行けるんですか」
先生たちが校舎に入るのを待っていたように後輩たちが歓声を上げた。
……しかし、ダンジョンで魔獣を倒したとかならともかく、喧嘩に勝ったというこの状況で褒められていいものなのか。
「師匠の方針でね」
武器を使いこなすのはあくまで自分自身。
風を操る能力によりかかり過ぎずにお前も強くなれ、という方針で師匠には刀の稽古だけじゃなく、他の武器の扱いの練習や格闘技もやらされている。
古流柔術の関節技とか打撃とかはダンジョンの実戦ではどう考えても役に立たない……とは思う時もある。
でも、こう言う時にはなんだかんだで役に立つな。
「先輩、俺もその人に会わせてください!」
一年生の一人、乙類の小宮山君が言う。
彼の武器は刀で、今は師匠というか正式に剣術を教えてくれている人はいないらしい。
そう言う意味ではちょうどいいのかもしれないけれど。
「いいけど……結構厳しいよ」
「でも、その人に習えば、片岡先輩みたくなれると思うんで!」
小宮山君が元気よく言った。
師匠の教え方には定評があるし、きっと強くなれるだろう……結構スパルタだから、そこだけは心配だけど。
◆
「動画見たよ、片岡君」
「さすがやな、ミズキ、スカッとしたで」
その翌日の夕方、緊急乙類5位同盟会議なる呼び出しがかかった。
晩御飯の後に部屋に戻って、約束の時間にビデオ通話をオンにしたら二人の第一声がそれだった。
……早速動画を見たらしい。
本人たちは動画を消したらしいけれど、シェアされた動画があっちこっちに出回っていた。
あと、後輩とか通りがかりの人たちが撮った動画もいくつかあった。
僕も一応タブレットで見ては見たけど。
『ワンパン』
『弱すぎる』
『イキリすぎ』
『あっさり返り討ち』
『高校生にひねられる大人とか』
『素手でも普通に強いね』
『魔討士ってダンジョンの中でだけ強いんじゃないんだな』
『そりゃ当たり前だろ。乙類の魔討士の友達はガチでトレーニングしてるぞ』
『さすが高校生1位』
『しかし恥ずかしすぎる』
『もう自決しろ。ダセェ』
なんとも辛辣なコメントが並んでいて、その吾妻のアカウントは非公開になっていた。
これが世にいう炎上という奴なのか。
「アレで良かったのかなーとは思わなくもないんだよね」
怪我をさせるほどに強く当ててないから、それは大丈夫だと思うけど
転載された動画の再生数を見ると軽く50万を超えている。
結果的にはそれだけの人の前で喧嘩したことになわけで、色々と気になってしまうぞ。
画面の向こうで斎会君が大げさに首を振った。
「何を言ってるんだ、片岡君。アレでいいにきまってるだろ」
「そうやで、ミズキ」
「君は俺達の代表でもあるんだぜ、高校生乙類の。あんなところでことなかれ主義を発揮されちゃ困る」
「せやで、ミズキ。あたしらは舐められたらアカンのや。あたしもあんたも高校生のトップなんやからな」
斎会君が画面越しにも伝わるくらいの真剣な口調で言って、清里さんがわざとらしく頷いた。
まあそう言ってもらえると戦った甲斐はあるかもしれない
「じゃあ斎会君だったらどうした?」
「我が流派を侮るものは何人たりとも容赦はしない。売られた喧嘩は買うのが武人」
斎会君がきっぱりという……やっぱり若干怖いな。
「しかし、男はこの辺面倒やなー。あたしみたいにか弱い系女子はあんな風に絡まれへんからな、そこは楽やで」
清里さんがしれっというけど。
どこがか弱いんだ、と言いかけたけど辞めておいた。




