先人の足跡
6月の半ばごろの日曜日、今日は魔討士協会の代々木の訓練施設に来ている。
最近は梅雨入りしたせいか雨が多くて鬱陶しい日々が続いている。
今日も雨で、広くとられたガラス窓の向こうには雨が降り注いでるのが見える。
ただ、雨だけど道場は結構人が多い。武器同士がぶつかる音と畳を踏む足音と気合の声があちこちから響いている。
熱気がこもっていて、エアコンが効いていても汗ばむくらいだ。
道場の一番端の試合場の一面には何台もカメラが置かれていて、カメラに囲まれるように畳の上では師匠が演武のように模擬刀を振り回している。
僕の師匠の動作解析をしたい、というケーシーに頼まれて師匠に話をしてみた。
嫌がられるかと思ったけれど意外なくらいにあっさりとOKしてくれて、今日はチームOZ総出で撮影会になっている。
ライアンは食い入るように師匠を動きを見ていて、テレルとケーシーはパソコンの画面を見ながら何か英語で呟き合っていた。
結構距離があるんだけど切っ先の風切り音がここまで聞こえてくる。
師匠のああいう型稽古を見るのは久しぶりだけど、やっぱり力強さを感じるな。
◆
「なるほどな、これはおもしれえ。俺はこういう風に動いているわけだ」
1時間半ほどの撮影が終わって、興味深そうにパソコンの画面をのぞき込みながら師匠が言った。
今日はいつもの道着と袴姿だけど、その下には黒いボディスーツのような者を着ている。
ケーシーによると動作解析用のセンサーを付けたものらしい。
画面の中では、CGで描かれたマネキンのような人型がさっき師匠がやった動作を繰り返している。
ところどころで英語の表示が出て、それをテレルが真剣な顔で確認していた。
マリーサはあちこちで魔討士の人にインタビューしている。
気さくな感じな上にエキゾチック系の美人だからすっかり溶け込んでいるな
一しきりデータを確認し終えたケーシーとテレル、それにライアンが師匠に向かって深々と頭を下げた。
「ご協力に感謝します、師匠。」
「ありがとうございます」
「どうだ?役に立ちそうか?」
「ええ、勿論。それに神秘のベールに包まれていた日本の古武術をここまで見せてもらえて光栄です」
ケーシーが嬉しそうに言って師匠が満足げに頷いた。
「昔は秘伝書とかがあったが、こういうのがあればより正しく技を伝えられるな。昔からこういうのがあれば失伝しなくて済んだ技もあっただろうにな」
師匠が水を飲みながらしみじみという。
「そういえば、師匠は見て盗めとか言わないですね」
今回のこの動作解析もそうだけど、師匠は割と技術をオープンに伝えてくれる。
稽古をつけてもらうようになって結構長いけれど、見て盗め、は一度も言われたことが無い。
体の動かし方の意識の仕方やちょっとしたコツまで色々と教えてくれる。
「おいおい、片岡。人間が何のために言葉と文字を持ってると思ってる?知識や経験を正しく伝えるためだろ。
それに俺の技術も先人の知恵と試行錯誤の結晶だ。俺だけが独占して、弟子に見て覚えろ、なんていう資格はねえよ」
師匠が当然だろって顔で言った。
ただ、何となくこういう歴史的というか伝統のある分野は見て覚えろと言われるイメージがあるんだけど。
「第一、正しく教えてもすぐに使いこなせるわけじゃねぇ。どうせその後の色々と身に着けるために苦労することになるさ。
このデータとやらもそうだ。そこの兄ちゃんが見てすぐに使えるわけじゃねぇだろ」
師匠がライアンの方を見て言う。
ライアンが苦笑いして首を振った……まあそれはそうだろうな。
「いいか、俺が教えているここは先人が辿り着いた場所だ。そして、お前達の役割はその次に進むことだ。大事なのはその先のお前達の試行錯誤だ。
お前が試行錯誤して得た新たな悟りが次の剣士の糧になる。そうやって剣の道は磨かれてきた」
師匠がつま先で畳みをつつきながら言う。
「だから、分かるだろ?見て覚えるなんて時間があったら、正しいやり方を学んでさっさと先人に追いつけ。そして、お前の次の弟子に伝えるために新しい悟りを開くために時間を使え」
「弟子って……」
「お前だっていずれ年を取って、弟子を取る日がくるだろ、片岡。その時には、技は見て盗めなんていうけち臭いジジイになるんじゃねえぞ」
師匠が言うけど……誰かに剣を教えている自分の姿は想像がつかないぞ。
「ゴウリテキなんですね、マスター」
「所詮剣術は人殺しの技だ。効率よく人を殺すための技術にご立派な精神論なんて後付けよ。それにもったいぶっておくほうが、道場の格が上がって門下生からの月謝も高くなるからな」
師匠が薄笑いを浮かべて言う。
……相変わらずなんというか、身も蓋もないことを言うな。
「まあそれは冗談としてだ……かつての剣豪たちが技を秘匿したのは、流出すると自分が危険だからだ。だが、今は刀で人間同士が殺しあうことはねぇ。今の剣術はあくまでモンスターどもを倒すためのもんだ。
乞われたら隠し立てする必要がねえだろ」
師匠が言って道場で思い思いに練習している魔討士たちの方を見た。
あの中にも師匠が稽古をつけた人たちがたくさんいるんだろうな




