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幕間・ある日の野良ダンジョン

 ちょっとつなぎにSSを公開します。

 以前某所で要望を頂いた、丁類一位・鹿渡川博典のエピソードです。視点はとある普通の魔討士です。



『ダンジョン発生!』

『ダンジョンが発生しました!直ちに最寄りの境界に避難してください』


 さいたまスーパーアリーナのすぐそば。

 のどかな家族での早朝の散歩の途中に突然アプリが警告を鳴らした。

 

 早朝なのにかなりの人がいたせいか、木霊のようにアプリの警告が鳴り響く。あっちこっちから悲鳴が上がった。

 娘の繋いだ手に力が入る。嫁がこわばった顔で俺を見た。


『資格保持者は戦闘準備を整えてください』


 アプリが促すよう自動音声を発する。 

 高架が入り組んで谷を思わせる道路の両脇の建物が赤く染まった。

 今まで空だったところがまるで蓋をしたように赤い光に覆われて、まるで洞窟の様になる。


「お父さん!」

「下がってろ……お母さんと境界に逃げるんだ!気を付けるんだぞ」

「あなた……気を付けて、柄にもなく無理とかしちゃだめよ」

「ああ……安心しろ」


 そういうと、嫁が娘の手を引いてダンジョンから離れていく。そこらにいた人たちも我先に逃げて行った……誰も残る奴はいない。

 これだけいるのに魔討士は俺しかいないのか、それとも資格持ちが逃げ出したのか。


「よし、行くぞ」


 声を出して気合を入れて、ダンジョンに足を踏み入れる。

 頭の中で剣をイメージすると、空中から大きめの柄頭の西洋風の片手持ち剣(ブロードソード)が湧きだすように現れた。


 剣を握って軽く素振りする。

 初めて見た時にはゲームみたいで逆に笑いそうになったが、こういうのも慣れて来たな。

 最初は見た目も地味だし特に強力な能力があるわけでもないからパッとしないなとか思ったが……使っているうちに愛着が湧いてきた、我が愛剣だ。

 

 赤い靄の奥から大きめの牙をもつ巨大な蟻がゾロゾロと現れた。

 奥多摩系か。


 奥多摩系の魔獣は強さはさほどでもないが、数が多いからやりにくい相手だ。それに見た目が悍ましい。

 つい最近、坂戸の定着ダンジョンに潜って奥多摩系と戦ったが、当面はコイツラと戦うのは遠慮しておきたかった。


「誰か、魔討士はいないのか!」


 言ってはみたが……やっぱり全く反応がなかった。

 ヤバいぞ……俺一人で戦えるのか。


 7位に上がったのもつい最近だし普段は埼玉のダンジョンでパーティ単位で戦っている。

 一人でこんな数を相手にするのは初めてだ。


 いつもなら横でお互いにサポートしあっている水谷もいないし、後ろから支援してくれる大野もいない。

 一人(ソロ)で凌げるのか……乙の7位になってようやく手に馴染んできた感じのある剣を握って深呼吸する。


 幸いにも避難が上手くいって周りには人はいない……最悪逃げるのもアリだな。

 そう思っていたところで紺のジャケット姿の男が俺に並ぶように立った。


「おい、あんた!下がってろ」


 思わず声が出たが……よく考えれば戻ってきてくれたってことは魔討士か。

 温和な顔立ちに軽く笑みを浮かべてその人が会釈してくれる


 優し気で知的な雰囲気だが、がっしりした体格で鍛えているのが伝わってくる。

 俺はそろそろ腹が出てきていて嫁によく怒られているってのに、そんな感じじゃない。

 

 片手には古風な長い錫杖が握られていた。乙類だろうか。

 今はとにもかくにも一人じゃないっていうだけでありがたい。

 

「この数……俺達だけで大丈夫かね」


 気を紛らわすようにその人に声をかける。


「これくらいなら問題ありませんよ……【立てよ、斎垣(いがき)、此れより先に災厄よ立ち入る勿れ】」


 そう言ったとたんに洞窟のような回廊に目の前に次々と白い石壁が立ち上がった。

 同時に俺の体に薄く光る白い幕のようなものがまとわりつく


「落ち着いていきましょう。此処で粘れば周りからも魔討士が来てくれる」


 その人が錫杖を一振りすると、金輪が鈴のような涼し気な音を立てた。

 良く見ると年は俺よりも10才くらい上そうだが……この状況でも恐ろしく落ち着いている。何となくこっちも落ち着いてきた。

 

 石壁の隙間を蟻がすり抜けてきたが、これなら一気には襲われない。

 何とかなるか。



「おめでとう。勇敢でしたね」

「ありがとうございます。そちらも素晴らしい戦いでした」


 その人と握手を交わす。

 その後も結局援護は来なかったが、この人と二人でダンジョンマスターの大きめの蟻を倒せた。


 ダンジョンの光が消え去って行って、遠くの方から歓声が聞こえる。

 そこら中に転がるライフコアを一つ取り上げた……あまり大きくはないが、小遣い稼ぎにはなりそうだ。


 今月は色々と臨時の出費があったからありがたいな……

 ただ、そんなことより。


「あの……失礼ながらお名前は……というか、何位くらいなんです?」


 錫杖を振り回して戦う姿は様になっていたし、こっちへの目配りも完ぺきだった。

 おかげで俺は自分の前の敵を倒すだけで良かった。


 最初はよくわからなかったが、戦いが終わった今は明らかに上位帯なのは分かる。

 少なくとも今までみた魔討士の中では一番強かった。どう見ても3位以上だろう。

 

「パパ!」


 大きな声がして二人の10歳くらいの女の子と8歳くらいの男の子がその人に向かって走ってきた。

 この人のお子さんか。


「あなた、大丈夫?」

「お父さん、怪我してない?」


 嫁が娘の手を引いてこっちにこっちに駆けてくる。

 娘がそのまま走ってきて俺に抱き着いてきた。怪我もなさそうだし、一安心だな。


「パパはどうだった?」

「格好よかったよ」

「さすがパパだね」


 向こうの方ではその人と子供たちが仲良く話している。

 その子たちがこっちを向いた。


「ねえ、お兄さん。知ってる?パパはね、凄いんだよ」

「そうだよ、テイルイイチイなんだよ」


 女の子と男の子がその人の手を取ったまま、俺を見上げて自慢げに言う。

 丁類一位??


 改めてその人の顔を見た……なぜ気付かなかったのか。

 防壁と防御、回復の魔法を使う錫杖使い……丁類一位、鹿渡川博典。思わず背が伸びる。


「失礼しましたッ!!」

「いえいえ、お気になさらず。戦いの場ではランクは関係ありませんよ。同じ魔討士でしょう」


 丁類一位……鹿渡川さんが穏やかな口調で言う。

 ていうかなんで1位がこんなところにいるのか。

 

「今日は娘があのイベントに行きたいと言ってね。その付き合いなんですよ」


 俺の疑問を察したようにスーパーアリーナを指さして言う。

 そういえば今日はなんかアイドルのイベントがやっていた気がするな。だからあんなに人がいたのか。


「お互い、家族サービス大変ですよね。それじゃ」


「パパ、早くいかないと始まっちゃうよ」

「大丈夫だよ、チケットは買ってあるし、今のことがあったから開始時間が遅れてるみたいだ」


 そう言って一位が娘たちを連れて行ってしまった。


 乙の1位宗片氏にはあったことはあるが、あの人はあの人で一位っぽく無かった。

 だけどこの人は別の意味で一位って感じがしない。

 人は見かけによらないな

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下位に掛ける言葉から余裕を感じさせる。
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