一人ではない戦い
お待たせしました。更新再開します。
プロットは決まってるので、行けるところまで(できれば本章の終わりまで)一気に行きます。
鎮定を正眼に構えて深呼吸する。
ここで万が一僕が倒されたら、ライアンは戦えないしケーシーもドローンがあってもただの人だ。
檜村さんの魔法は詠唱する前に切られてしまうだろう。
そうなれば後ろの三人も恐らく死ぬ。絶対に負けるわけにはいかない。
そいつ……カマキリが棘だらけの鎌を大きく前に突き出したままじりじりと間合いを詰めてきた。
敵、我より遠く、剣、敵により近く、は単純だけど真理だ。
敵は自分から遠ざけ、自分の刀は相手に近づける。
鎌を突き出して自分の体を遠ざけるのは理にかなってる。
「キエェ!!!!」
前触れなく奇声を上げてカマキリが鎌を突き出してきた。
突き出された鎌を鎮定で弾く。ガツンと強い手ごたえが伝わってきた。
「さあ、どうだ、くらえ!」
そいつが連続して鎌を突き出してきた。風切音がして、風が顔に当たる。
鎌と鎮定が噛み合う音が間近で響いた。
速いだけじゃなく動きが明らかにコンパクトになっている。
代々木で戦った時のやつは何も考えず振り回してきただけだったけど、それとは明らかに違う。
ボクシングのジャブを浴びせられているようだ。
このまま下がると押し切られる。
引いて戦うのはいいけど、押し込まれて下がると不利になるだけだ。
「一刀!薪風!」
鎮定で鎌を払いのけると同時に横殴りに風を吹かせる。
カマキリが風に押されてバランスを崩したけど、腰に巻き付いたスカートのような羽根を広げて空中でホバリングするようにして姿勢を立て直した。
「どうだ!」
距離が離れて一息付けた。
カマキリが得意げに言う。
この速さだと接近戦では強い風を使うのは難しい。
それに細い割にはパワーがあって一撃が重い。鎮定の柄を握りなおして、痺れた手の感覚を戻す。
あれをずっと受けていたら力で潰されるな。
それに受けた感じだとあの鎌はかなり硬い。普通のままじゃ切れない。
ただ、それでも気持ちは落ち着ついている。
あの時の一刀斎を向けられた時の感覚を思い出す。あの人よりこいつの方が強いということはないだろう。
そう思うと少し気が楽だ。
「どうやら怯えているようだねぇ、カタオカ!」
カマキリが勝ち誇ったようにいって、また同じように右の鎌を前に突き出すように構えた。
「今度こそ引き裂いてやるよ!」
同じように踏み込んでくるな。鎮定を下段に構えてタイミングを計る。
案の定というか、カマキリが右の鎌を前に突き出すようにして踏み込んできた。
「そう来るのは、見えてるぞ!」
こいつの節々は鎧のような硬い殻に覆われている。狙うは関節。
下段から跳ね上げた鎮定が突き出されたカマキリの手首を捉える。
軽い手ごたえがあって鎮定の刃が手首を断ち切った。
◆
手首から切り離された鎌が空中を飛んだ。
でもこれだけじゃだめだ。
「風よ!」
風を強く吹かせて鎌を遠くに吹き飛ばす。こいつらはこうしておかないとまた元通りにくっついてしまう。
鎌が部屋の隅まで飛んで壁に突き刺さった。
「一刀!断風!」
踏み込んで鎮定を袈裟懸けに切り下ろす。
カマキリが体を地面に這いつくばるように沈めた。鎮定が空を切る。
とっさに地面を蹴って後ろに下がった……近づきすぎるのは危ない。
カマキリの方も低い姿勢から飛ぶようにして立ち上がった。距離が離れる。
カマキリが切れた右手の先を見た。
表情は全くうかがえないけど、愕然としているってのは伝わってくる。
「一体……今のは……なにをした」
「これが僕等の技だ」
……というほどでもなくて、単に突きに合わせて下から小手を切る要領で切っただけだ。
どれだけ速くても、次に何をしてくるかが分かれば対応できないほどじゃない。
あれだけあからさまに右の鎌で攻撃してくるのなら、迎撃は出来る。
「なぜだ……なぜ。うまく動けるように工夫した……同じことをすれば私はお前より強いはずだ、我々は人間なんかよりも強いはずだ」
「悪いんだけど、その場所は多分僕たち人間がはるか前に通り過ぎてきた場所だ」
確かに前のカマキリに比べれば明らかに動きが変わった。
ただ動きが速いだけじゃない。技のようなものは感じる。
でもまだすべてが未熟だ。何がしたいのか、どう行動するのか、動作の先が読める。
師匠が言ってたな。
僕らの使う剣術は数知れない先人の研鑽と犠牲と試行錯誤の上澄み。
たとえどれほどの天才でもそれを一足飛びに超えることは出来ない
「だからこそ負けるわけにはいかない」
人が積み重ねてきた技を簡単に超えさせはしない。
カマキリが俯いた。何を考えているのかなんとなく分かる。こんなはずじゃなかったとかそんなことを思っているんだろうな。
俯いていたカマキリが顔を上げて僕を見た。
人の顔の横についている牙をむき出しにして、威嚇するように羽を大きく広げる。
羽根が羽ばたいて風が吹き付けた。
「死ね!人間如きが!」
「一刀!破矢風!」
噛みつくように顔を前に突き出してカマキリが真っすぐに突進してきた。
その突進の針路上に置くように風の斬撃を飛ばす。
風の刃に突っ込んでカマキリの右足と羽根の一部が切んだ。バランスを崩してもんどりうって床に転がる。
予想外の戦況になったときに平常心を保って戦い続けることはできないらしい。
「こんな……こんなはずが」
カマキリが体を起こそうとするけど……長引かせる意味はない。
倒せる敵は倒せるときに確実に仕留める。
「一刀、破矢風、篠編!」
意識を集中して鎮定を振り下ろす。
鎮定の切っ先から飛んだ網のように細かい風の斬撃がそいつをバラバラに切り裂いた。
◆
サイコロのように切られたカマキリの上半身が地面に散らばった。
白い粘液がスライムのようにつながろうとする。もう一撃……と思ったけど、戦意を失ったようにしばらくして動きが止まった。
カマキリの顔が僕を見上げる。
「間違って……いたのか?」
カマキリがつぶやく。
体が崩れて行って、あとにはライフコアが残った。
強くなりそうな敵は未熟なうちに必ず殺せ、か。
今くらいの程度ならなんとかなったけど……こいつらが本格的に技を磨くという概念を持って、もっと技を磨いて来たら勝てただろうか。
それに僕等にはこいつらのように噛みついたり羽根で飛び回ったりとかそういうことは出来ない。あれは人間を超えた技だ。
そういうのまで考えてあいつらなりの技を使い始めたら……
いずれにせよ、こういう風に思考してくるやつが現れたのは先が思いやられる。
好敵手は強い方が面白いが、敵はバカな方が都合が良い……とは師匠の弁だけど、できればこんなことを考えないでほしいところだ。
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