あなたのためならば
「なあ、君たちは魔討士だろう。突入して戦ってくれれば結果はどうあれ3万ドルを保証する。どうだ?」
人垣の向こうから大きな声が聞こえた。スミスか。
テントの中にはテレルとケーシーが居て、こわばった表情でタブレットの画面を見ていた。
「どうしたの?」
「ライアンがダンジョンマスターと戦って苦戦してる……サポートチームに行ってもらったんだけど、途中で蟲の大群に阻まれてしまった」
さっきの怪我人はサポートの人たちか。
タブレット何かが動きまわる様子と、emergencyの黄色の文字が映っていた。
ただ、画質が粗くて良く分からない。
「無事なの?」
「スケアクロウがまだ3機生きている。映像を見る限り無事だけど……」
テレルが言葉を濁してケーシーが俯いた。
「どうだ、腕に覚えがあるものはいないか?
突入するだけで3万だぞ。ライアンを救出できればさらに7万ドルを支払おう」
スミスが言うけど……誰も手を上げなかった。
目の前であんな風に怪我人が出ればそりゃしり込みするよな。スミスがこっちを見た。
「カタオカか……君ならどうだ。10万ドルだ」
「また金で解決しようとする気ですか」
ああいう言い方はどうも好きになれない。スミスが僕の方を見た。
「私に出せるのは金だけだ。だからこう言っている」
真剣な顔でスミスが言った。
10万ドル。全部で1500万円以上だ。損得だけなら其処までは言わないか
……単なるビジネスだけの人じゃないっぽい。この人なりにライアンとかの事を考えてるんだろう。
もう少し大人になったら、この人の事も分かるんだろうか。
「金はいいです……それはそれとして行きますよ」
「なぜだ?」
「だって、それを受け取ったら金目当てみたいでしょ」
お金はある方がいい。
それはもちろん当たり前だけど……こうするのは金のためじゃない。どうするかはあくまで自分の意思で決めたい。
「檜村さん、いいですか?」
「君が行くなら私も行くに決まっているだろう。富山で君がそうしてくれたようにね……というか、こんな当たり前のことを、もう聞かないでほしいんだが」
檜村さんが少し非難するような口調で言った。
◆
ライアンはダンジョンマスターと戦ってる。恐らく一刻を争う状況だ。
のんびりしている暇はない。
「カタオカ……なんで?」
ケーシーがおずおずと聞いてきた。
これはエルマルにも似たようなことを聞かれたな。
「人のためとかそういうご立派なことじゃないけど……ここで何もしないのはいい気分じゃなってだけかな」
この気持ちをまだ上手く整理できていない。
ヒーロー気取りで人助けとかなんて柄じゃないけど、ここで見ないふりをするのは嫌だ。
「それにさ、立場が逆ならライアンはそう思うわけ?ライバルが消えてくれてよかったって」
そういうとケーシーが無言で首を振った。
「そうでしょ……だから僕が特別なわけじゃないよ」
もし相模原でライアンと話さなかったら、行こうとは思わなかったかもしれない。
でもあの時話していて思った。彼も誰かが窮地になったら助けに行くだろう、今の僕と同じように。
ケーシーが表情を引き締めて眼鏡をはずした。
「テレル、予備の案山子と手動制御ユニットを出して」
「……まさか君が行くのか?正気か?」
「……行かないわけにはいかないよね……頑張ってね、ケーシー」
「ありがとう」
マリーサとケーシーが軽くハグしあう。
「テレル!早くして!」
「分かった!」
テレルが白いコンテナを開けて中に収められていたドローンを机に並べる。
眼鏡をはずしたケーシーがサングラスのような装置を付けて、両手に大きなグローブをはめた。
ドローンとグローブの表面に赤い光が灯る。
「君も行くの?能力とかないんでしょ」
「案山子であなた達を守るわ」
ケーシーが言って指揮者のようにグローブを嵌めた手を動かす。
手の動きに従うように、テーブルに乗ったドローンがふわりと飛び上がった。
「それ、自動制御じゃなかったっけ」
「ええ、そうよ。技術が人の個々の能力を超えること、それが私の望む未来……AIは、ドロシーは、いずれ私を超える」
ドローンが4機、隊列を組むようにケーシーの後ろに浮かんだ。
「でも今はまだ私が使う方が強い。カタオカ、同行させて」
ケーシーが言う。
スミスが何か言いたげに口を開きかけて首を振った。
「怪我しても責任取れないよ」
「分かってる……でも此処で彼を待っているのは耐えられない」
議論をしている場合じゃないか。
それに、大事な人を助けるためにここでじっとしていたくない、なんとしてでも行きたいという気持ちは分かる。
檜村さんが頷いた
「よし、行こう」
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