彼らの代理人・下
「これは契約書だ。詳しいことは此処に書いてある。必要なら説明しよう」
その言葉の意味を把握するのに少し時間がかかった。
「八百長をしろと?」
「八百長なんて大げさなものじゃない。内容としては、定着ダンジョンでの戦闘や大阪、富山のようなイベント参加は控えてもらいたい、ということだ。
野良ダンジョンでの交戦は制約しないから、市民を見捨てるようなことにはならない」
スミスが何事もないように言う。
別に後ろめたいことを言っている感じは全くない。本当に仕事の話をしているって感じだ。
「聞いたところ……ミズ清里は兎も角、君やミスター斎会には4位に最速で到達したいという願望は無いように思う」
スミスが言う……よく調べてるな。
ここまで来たら高校生のうちに4位になりたいとは思うけど、一番乗りには其処まで拘りはない。斎会君もそんな感じはする。
「なんでそんなことを言うんです?」
「チームOZにとって、日本の高校生4位に最速で到達というのは極めて大きな意味がある」
「これは……彼等の指示ですか?」
この間あった感じだと、こういう感じの手を回すような感じではなかったけど。
「彼らはまだ高校生、子供だ。私は代理人として彼らにとって最良の結果を得るために行動するのが仕事だ」
スミスが曖昧な口調で言う……この人の独断っぽいな、何となく。
机の上に置かれた書類を見た。
「さすがにお断りします」
「何故だい?君が最速での4位を目指していないならば、彼らが1番乗りになっても問題ないはずだ。何もしないだけで利益がある。君に損があるとは思えないんだが」
スミスが不思議そうに言う。
損得の言う話をするならば確かにそうかもしれないけど
「そのお金を受け取ったら、清里さんや斎会君たちを裏切ることになる」
どういう結果になるかはわからないけど……誰が4位に最初になるとしても、不純なもの、真っ向勝負以外の余計な要素は入れたくない。
それに、清里さんが一番乗りになったとして、僕がお金を受け取って活動を控えていたことを知ったら……きっと彼女は嫌な気分になるだろう。
「それに僕は自分の行動に……なんていうか、後ろめたさを持ちたくない」
何か行動する時には、自分の思いを最優先にしたい。
その時にお金とかそう言う余計なもので行動を曲げたくない。このお金を受け取ったらそれができなくなる
「なるほど」
スミスが首を傾げて考えを纏めるように宙を仰いだ。
多分僕の言っていることは分かってないな。でも拒絶の気持ちは伝わっただろう。
合理的じゃないと言われればそうかもしれない。このお金を受け取る方が得なのはそうかもしれない。
でもそうしないのは損得とは関係ない。
「それは……日本のブシドウというものかね?」
長い沈黙の後にスミスが言うけど
「さあ、その辺は良く分かりません」
これは、武士道とかとはあまり関係がない気がするな。僕と清里さん、斎会君の約束だ。
スミスが軽く頭を下げて、書類を鞄に戻した。
「失礼なことを言ったことをお詫びする。済まない。
ここの支払いは私が持たせてほしい。その位はいいだろう?」
「ええ」
「そして、これはあくまでビジネスだ。
もし気が変わったらいつでも連絡してほしい。私としては気が変わることを望んでいる」
そう言ってスミスが席を立った。
◆
「なんやそれ、けったくそ悪いやつやな」
ライアンたちに会ったことも含めて、この話は斎会君や清里さんに伝えないわけにはいかない。
というわけで、その週の電話で話をした。案の定と言うか、清里さんが不快そうに言う。
「なんや、あいつら……そういうセコイ連中なんかい。ますます抜かれたくないわ」
「彼ら自身は違う気がするけどね」
何となくあのスミスが自分の判断でやってる気がする。
確信はないんだけど。彼等にはSNS経由で連絡取れそうだし、直接聞いてみようか。
「ミズキは相変わらずエエ奴やなー、でも分からんで。ニコニコ人がよさそうに見えても中身はダボやったなんてこと珍しくもないわ」
「うーん。3万ドル、500万円ほどか……俺はグラっと来るかもなぁ」
斎会君が言って、清里さんがコンコンとスマホの画面を叩いた。
「へいへいへーい、もしもーし、ショータ、何言っとるんや。本気かいな」
「今年の大雪で道場が色々と痛んでいてね。我が家は物入りなんだよ」
斎会君が言う。
そう言えば彼の実家は槍術の道場経営だっけ。
「勘弁してーな、ショータ。あたしたちの4位一番乗り争いはガチ勝負じゃないと意味ないやろ」
「勿論分かってるよ。冗談だ。いってみただけさ」
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