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幕間・僕が知りたいことは・下

 糸が切れたようにペトラが倒れた。緑の草原に血が飛び散るのが妙に鮮やかに見えた。

 黄色と黒の鎧、虎耳の連中がペトラに向けて走ったが……途中で足を止めた。


 馬を駆けさせてあいつらとペトラの間に割って入る。

 メイスを構えて獣どもを見た。相変わらずの慎み深さのかけらもない、けばけばしく目障りな衣装を着た連中が20人ほど。


 先頭にいるやつはひと際大柄で、手には曲刀を持っていた。

 こいつがペトラに槍を投げた奴だ。そいつが僕越しに後ろのペトラを見た。


「僕らの魔法使いによくもやってくれたな。無事で帰れると思うなよ。殺すぞ」

「女か……この俺が女を手に欠けることになるとは」


 虎の耳をしたそいつが僅かに表情を歪めた。


「守るべき花を……女を戦場に立たせるな。サンマレア・ヴェルージャの者よ。お前らに男の誇り、戦士の矜持は無いのか」

「黙れ(ケダモノ)。かかってくるならさっさとこい。お前らごとき僕一人で十分だ」


 頭が燃えるように熱い。視界が回っている気がする。

 今すぐこいつらをぶち殺したいという気持ちと、ペトラの状態を確かめたい気持ちが心の中で嵐のように渦巻いていた。

 騎士団で教えられた方法で呼吸をして気持ちを落ち着ける。


 今すぐに石礫をこいつら全員に叩き込むことくらいは簡単だ。

 だが、まだペトラは息がある。後ろから苦し気な息が聞こえる。


 こいつらを全員ぶち殺したいが、さすがに全員殺すのは難しい。

 今はまずペトラの命の方が大事だ


 いや、むしろさっさと全員殺してから手当てする方がいいのか。

 メイスに力を込めて頭の中で攻撃をイメージしようと思ったが。


「興が覚めた」


 そいつが身をひるがえして後ろの部下の連中に言った。


「全員、撤退せよ。駆け足」 

 

 そういうと、兵たちが隊列を組んで走り去っていった。それを見てその先頭の男も背を向ける。

 追おうと思ったが……思いとどまった。まずはペトラのことが先だ。



「くそ、誰か!いないのか!」


 胸に突き刺さった槍。その傷口から血が流れて白い魔術師の衣装を真っ赤に染めていく。

 薄い胸に痛々しく刺さった槍を抜いてやりたくなるが

 ……深く刺さった槍は抜くな、出血ですぐ死ぬ。それは父上に何度も言われたことだ。


 治癒薬(ポーション)を持ってこなかったのは失態だった。

 この僕が傷を負うなんて考えもしなかったから……だけど、たしかルークは持っているはずだ。

 

 傷を改めて見る。幸いにも心臓は逸れていた。

 なら当然助かる。そうに決まっている。

 ペトラが手を伸ばしてくる。手を握ると弱弱しく握り返してきた。 


「手を握ってて……エルマル様」

「何度も言ってるだろ。様を付けるな、バカ。僕とお前は同格だろうが。

いいか、すぐにルークが治癒薬(ポーション)を持って来る。何の問題もない」

「もう何も見えない……怖いよ」


 ペトラがつぶやいた。赤味がかった頬と唇から血の気が失せて行く。

 傷から流れる血は止まる気配がない。


「おい!!誰もいないのか!ルーク!早く来い!」

「仮面もお屋敷も……欲しくなかった。皆と静かに暮らしたかった……こんな力も要らなかった」

「何言ってるんだ、お前は」


「パパ、ママ……」


 そう言ってペトラの手から力が抜けた……体に宿っていた命が離れたのが分かった。

 草原に風が吹いて涼しい空気が肌に触れた。


 風に乗って声と馬の足音が聞こえる。

 遠くからルークと兵士たちが駆けてくるの分かった。

 


 王都で葬儀が行われて、初めてペトラの親を見た。

 どこにでもいそうな農夫の夫婦と弟らしき奴が二人。母親にはペトラの面影があった。


 たくさんの親との手紙を入れた飾り箱と使い込まれた羽ペン。

 故郷の物だと教えてくれたタペストリーだけが飾られていたペトラの部屋は両親が片づけて行って空っぽになった。


 誰もいなくなった部屋には梟の仮面だけが机の上に残されていた。

 それを見てその時初めて実感がわいた……あいつは、ペトラは死んでしまったのだと。


 素晴らしい能力があったのに、なぜだ。なぜそれを使わなかった。

 あいつの魔法ならあの獣どもを一撃で焼き払うことも出来たはずだ。

 

 王の傍に仕えて、名誉を得て、そしてその力に相応しい暮らしを得る。

 その力を民のために使い、国を守り戦って称えられる……これ以上の誉れがあるのか。


 その能力を活かすこともなく、ちっぽけな村で、小さな家族と昨日も今日も明日も変わらない退屈なくらしをする方がよかったというのか

 分からない……分からない。


 でも……その答えを教えてくれる奴は永久にいなくなってしまった。



 そのあと、僕は当然のように鷹の位階に上がった。

 魔獣を倒し、あの獣どもとも何度も戦った。

 でもあの日の疑問は晴れることは無かった……そしてミノタウロスの洞窟であいつ、カタオカと出会った。


 思えばカタオカやその仲間もおかしな奴だ。違う世界の奴だからなんだろうか。

 誰かに仕えているわけでもない。金のために戦う傭兵とも違う。

 しかも、どうも聞いたところではあいつの世界では戦うのは当たり前じゃないらしい。


 なら、あいつらはあの蟲どもや獣どもと対峙する時になにを考えているんだろう

 何を考えて戦っているんだろう。なぜ命を懸けるんだろう。

 あいつらの中にペトラの気持ちがわかる奴はいるだろうか。 


 あいつと共に戦えば、ペトラが最後に言っていた言葉の意味も……いつか分かるんだろうか。



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