代々木訓練施設・グラウンドの決戦・下
おはようございます。日曜日も朝更新
一瞬のうちにカマキリの体が目の前に迫ってきた。
左右の鎌が振り回される。鎌を鎮定で弾いた。強い衝撃に手が痺れる。
でも、動きは恐ろしく速いけど、動きは大振りで単純だ。動きの先が見える。
鎌を唯振り回してくる。それだけの、ただ速い攻撃を強く叩きつけるって感じだな。
『どうした、人間』
三度目に左の鎌が振り下ろされてくるのを内側から弾いた。
大きく振りかぶった右を振り下ろそうとしてくるけど、遅い。
踏み込んで、鎌を弾いた鎮定をそのまま突き出す。
突きがまっすぐに首から入って頭を貫いた。
切っ先が頭の向こうに突き出して、血のような灰色の体液が噴き出す。鼻を突く異臭がした。
悲鳴のような声を発してそいつが身をよじる。切っ先が抜けた。
少しは効いたかと思ったけど、顔と首の大きな切り傷がすぐに白い粘液で塞がる。
刺す攻撃だとこいつらには致命傷は与えられない……切らないとダメだな。
そいつが首を傾げてこっちを見た。なぜ刺されたんだ、とか思ってるんだろうか。
単純な動きは間違いなく僕よりも速い。でも攻撃の動作としては遅い。
師匠が言ってたな、自分より速い相手、力の強い相手を制してこその剣技。
『ふむ、私の前に立つだけあって、少しは強いようだな』
そいつが言う。
速さで負けている以上、こっちから切りかかるのは不利だ。後の先に徹した方がいい。
そいつがまた左の鎌を振り回してくる……さっきより速い。
風を切って飛んできた鎌を鎮定で受ける。同じように弾くつもりだったけど、鎌の鋸のような棘と鎮定が噛み合った。
右の鎌も加わって二本の鎌が鎮定を持つ手にのしかかってくる。
ギザギザの刃が目の前に迫ってきて、上から押しつぶすような圧力に刀身が軋んだ。
気味の悪い複眼とギザギザの顎が間近に見える。顎が威嚇するように動いてカチカチと鳴った。
表情はないけど、勝ち誇ったような雰囲気は伝わってくる。
力で押し切る気らしいけど。
でも動きが止まったここはむしろ好機……意識を集中する。
「一刀、破矢風。裾払!」
強い風が足元を薙ぎ払った。カマキリがバランスを崩してよろめく。
噛み合っていた鎌が離れた。
「一刀、断風!」
強く地面を踏んで風を纏った鎮定を上段から振り下ろす。
崩れた姿勢でそいつが鎌で受け止めようとするけど、刀身が噛み合って鎮定がそのまま鎌を両断した。
勢いそのままに鎮定の刀身がそいつの肩に食い込む。
一瞬硬い感触が伝わってきただけで、そのまま左半身を切り飛ばした。
『なんだと?』
もう一太刀と思ったけど、そいつが大きく後ろに飛んで距離を取る。
白い粘液がスライムのように伸びて切った部分をつないで傷が塞がった。
絶好の機会だったけど……風を使った斬撃は二連発が限界だ。
やっぱり一太刀目で首を落とさないとダメか。
さっきのように首を切って、胴体と引き剥がすのがベスト。
間を開けたカマキリが大きく足のスタンスを広げる。今度は目にも止まらない位の速さで右に飛んだ。
でもなんとなくその動きが肌で感じられた。カンが冴えている、というか、風の動きでこいつの初動が捉えられる、そんな感覚だ。
右から突進してきたカマキリが左右から挟むように鎌を振り下ろしてくる
振り下ろされた鎌を避けざまに胴を薙ぎ払った。カマキリが地面を転がる。
胴を切ったけど切り離すには浅かった。白い粘液がまた傷を埋める。
『バカな、私より速い……だと、人間が』
「いや、お前の方が速いよ」
単純な速さだけならとてもじゃないけど敵わないだろうな。
でも、師匠やセスのような力強さも、シューフェンのような精度も、宗片さんのような鋭さもない。
戦いは速さ比べじゃない。
身を起こしたそいつが周りの様子を伺うように頭を動かした。
僅かな間があって、腰の周りの羽根が広がる。何をする気かは察しがついた。
「一刀!破矢風!天槌!」
鎮定を振る。空中から風の塊が降り注いだ。狙うは周りのセスや檜村さん達がいるところの手前。
鈍い音がしてカマキリが風の塊の押しつぶされた……やっぱりそこか。
硬いものが折れ曲がる音がして、カマキリが車にはねられたように転がった。
『なぜだ……なぜ』
「何をするかが分かってれば、それに備えられる……それが僕らの、人間の技だ」
最初から最後までマトモに一騎打ちするとは思ってない。
どこかでこういうことやってくるのは予想済みだ。
誰かを襲うふりをして僕の気を逸らそうとしたのか、それとも本当に誰かを襲おうとしたのか、それは分からないけど。
そう言う風にすることが分かれば、速くても対策はできる。
折れ曲がった手足がまっすぐに戻るけど、その頭と胸を白い光の矢が貫いた。パトリスの矢だ。
僅かに遅れてカタリーナの銃声が響いて、細い体に穴が開く。
カマキリが呻き声をあげてまた地面に転がった。
「【光届かぬ谷底にあるは不帰の牢獄。命尽きるまで汝はここに留まることとしれ。肉が朽ちて躯となり、嘆きの声は闇夜に溶け、名は奈落に消えようとも、嵌められし足枷は外されること無し】術式解放!」
檜村さんの詠唱が聞こえて、地面に黒い線が浮かぶ。
追い打ちをかけるように立ち上がろうとしたカマキリを黒い塊が押しつぶした。
体を起こそうとしているようだけど、重さに負けたように細い腕がへし折れる。
首を差し出すように上半身だけが辛うじて動くだけだ。
近寄るとカマキリが僕を見上げた。
『人間風情に……この私が遅れをとるだと……』
「僕等を、人間を舐めるな……一刀、断風!」
風を纏った鎮定がカマキリの首を切り落とした。
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