代々木訓練施設・グラウンドの攻防・1
お待たせしました、更新再開します。
とりあえず区切りまで7連投は確定。プロットは出来てるので、あとは行けるとこまで行きます。
1階に下りたら、トレーニング器具を置いたホールは人でいっぱいだった。
かるく200人くらいは居そうだ。
魔討士らしき人達や戦えない人たち、男の人や女の人、親子連れや友達同士っぽい人たち。
それぞれが不安そうにホールの中央に寄り集まっていて、それを囲むように武器を携えた魔討士達がいた。
「片岡君」
「先輩!」
柚野さんや真坂門さんがこっちに気付いて駆け寄ってきてくれる。
「無事だったかい?」
「大丈夫です。七奈瀬二位が援護に来てくれたんで……状況は?」
「入り口で防御して籠城してる感じだ」
真坂門さんが応えてくれる。側には二人の娘さんが寄り添っている。
治癒の術を掛けていたらしき朱音がこっちに近寄ってきた。
「兄さん、ケガはない?絵麻は?」
「絵麻はまあ多分大丈夫。今は七奈瀬君と一緒にいる。僕は怪我はないよ」
あちこちが痛むけど、体を動かすのに不都合はない。
「援護は出してないんですか?」
そういうと、柚野さんが首を振った。
屋上から見た感じ、グラウンドに取り残されている集団がいる。
それぞれ魔討士がガードしてるんだろうけど、上から見ただけでもグラウンドには沢山の魔獣がいた。
というかいつもの野良ダンジョンとくらべて敵の数が多すぎる。
とりあえず屋上のアリの群れは七奈瀬君が止めてくれるとしても、恐らくあんな風に魔獣が出てくる入口みたいなのが他にもあるはずだ。
孤立した状態じゃ長く持たないぞ。
それにダンジョンマスターをどうにかしないと不利になるばっかりだ。
表から爆音が響いた。施設の床が震えて周囲から悲鳴が上がる。
暫くして入口の方から何人かの魔討士が戻ってきた。トレーニングウェアとか袴姿の乙類に交ざって檜村さんもいる。
怪我してる人に朱音が近づいて行って、治癒の術を掛けていた。
他の人と言葉を交わしていた檜村さんがこっちに気付いて歩み寄ってきた。
顔には疲れた表情が浮かんでいる。
「片岡君、無事だったか」
「檜村さん。状況は」
「いったん表の群れは削ったが……キリがない」
「トゥリィさんは?」
「魔討士協会の人と一緒にいる。怯えているようだったし……さすがに戦わせるのもまずいだろう」
たしかに戦ってあの獣耳がバレるとまた別の問題が出てくる。
「それより、早くダンジョンマスターを倒さないと不味いぞ」
檜村さんが周りを見ながら言う。
ホールの壁を覆っているダンジョンの赤い光が少しづつ濃くなってきている。
あんまり悠長にしていると定着ダンジョンになってしまいそうだ。
スマホには今も、7位以下の魔討士は撤退してください、の警告が流れ続けている。
アプリを見る限り、ダンジョンマスターらしき反応はグラウンドに二つ。両方ともがあの知性のある奴なんだろうか。
トレーニング施設のガラス越しに施設を守るように何人かの魔討士が蟲と戦っているのが見えた。
屋上でも見たアリのような魔獣だけど、なんかサイズが大きい気がする。
その向こうにはグラウンドが見える。
普段は緑の芝生とランニングコース、それにテニスコートやフットサルのフィールドなんかが見える広々した空間なんだけど。
今はダンジョンの赤い光と胸あたりまである茂みのようなものに覆われていた。
遠くて見えにくいけど、施設を囲っている低めの生垣が今は壁のように高くなっていた。
その向こうのあちこちで魔法の光のようなものが閃く。戦いは続いている。
「あれ、なに?」
誰かが窓の方を指して声を上げた。
そっちに目を向けると、グラウンドが広く見える大き目の窓の向こうに、蟲の群れを蹴散らして大きな白い馬が走ってくるのが見えた。
場違いすぎる光景に何が起きているのかわからなかったけど。
真っすぐ駆けてきたその馬がトレーニングルームのガラスを蹴破って中に飛び込んできた。
◆
ガラスが派手な音を立てて砕けて床で跳ねる。
何人かが武器を手にして馬を囲んだ。
「待って、敵じゃないです」
そう言って、馬から飛び降りたのは小柄な女の子だ。その後に3人の子供が下りてきた。
短めの跳ねるようなポニーテールに青いジャージ姿。多分年は僕よりちょっと下ってくらいだろうか。
白い顔には土かなにかで汚れていて、ジャージのあちこちが裂けて血が滲んでいた。戦った後って感じだ。
その子が子供たちを促すように背中を押すと、子供たちが泣きながらホールの中に駆け込んでいった。
グラウンドに取り残されてた子供たちっぽいな。
「まだ向こうに人がいます……助けて!でないと全滅します」
「君は?」
「鐙亜沙……甲の9位です。まだ友達がいるんです」
そう言ってその子がグラウンドの方を指さす。
「お願いします。誰か手を貸してください」
鐙さんが頭を下げる。広いホールが一瞬静まり返ったけど。
「あそこの少数を助けに行ってより大きな被害を出したらどうするのです?」
「ここで守りを固めて周囲の援護を待つのが最善の手だろう。周囲から魔討士の援護が来る」
「そうですよ。籠城戦のセオリーです」
スーツ姿の奴が言う。
40歳くらいのなんとなく役人とかそんな感じの男と女だ。
トレーニングをしに来たジャージ姿の人や親子連れが多いなかでスーツ姿が浮いてる。
「そんな!」
「助けに行ってここの守りが薄くなって、その結果ここが襲われたらどうするんだね、責任は取れるのかい?」
男がそう言うと、鐙さんが俯いて窓の外を見た。
「でも……あの、向こうに友達がまだ……」
「それは君だけではないだろう。勝手な行動をすれば混乱が広がるだけだ」
「あなたもここにいなさい。外は危険だから」
そいつらが言いつのって、鐙さんが俯いた。
魔討士協会の関係者とかなんだろうか……まあどうでもいいか。
「行くのなら、僕が一緒に行くよ」
「え?本当ですか?あの……あなたは?」
「乙類五位、片岡水輝」
鐙さんの顔にぱっと嬉しそうな笑みが浮かぶ。
檜村さんの方を見たら、やれやれって感じで肩をすくめて頷いてくれた。
「ありがとうございます、本当に……」
「いいから、早く行こう」
「君達、私の言う事が聞けないというのかい?」
スーツの男が言うけど……なんか仙台であったあいつらを思い出すな。
誰だか知らないけど、指図するのが当然って感じの口調が鬱陶しい。
「魔討士の交戦については自由意志で決められるんですよ、指図できるのは僕より上のランクの人だけだ」
「万が一のことがあったら、君も責任を問われることになるぞ。高校生五位であってもただでは済まない」
「生き残ったらお好きにどうぞ」
似たような脅しをされたからか、こういう言われ方には免疫が付いた気がするな。
まだ何か言ってるのを無視して鐙さんの方を見た。さっきの馬は割れたガラスの傍で大人しく佇んでいる。
鐙さんの能力なんだろう。
「あの馬、何人か乗せられる?」
「えっと……多分、4人くらいならなんとか」
鐙さんが応えてくれる。
ゆっくり作戦を練っている暇はない。4人なら少数精鋭で行って、孤立してる人たちを助けるしかないか。
◆
「あの……老子」
檜村さんと話していたらトゥリィさんが近寄ってきた。
魔討士協会の人らしきスーツ姿の男の人と一緒だ。
「行かれるのですか?」
トゥリイさんが不安げに聞いてくるけど。
「ああ」
「なぜ戦うんですか?……怖くないんですか?家名のためですか?」
トゥリィさんの問いに檜村さんが少し考えこんだ。
「さあ……よくわからない。そんな使命感に駆られてとは思わないんだが。
でも、すべてが終わった時に、何もしないでいた自分が嫌なんだよ……多分ね」
言葉を探すように檜村さんが言った。
檜村さんが何か言えって感じで僕の方を見る。
「まあ……似たような感じです」
安全に生き残るだけなら、ここで籠城戦をしている方が良い。
魔討士は別に自分の身を危険に晒してまで無理に戦う必要は無い。
ただ、銀座の時もそうだったけど。
戦わずにここにいるほうが安全かもしれないけど、なにもしないでいるのは何となくいやだ。
危ない目に合わなくてよかったと言いたくはない。
「君と同じ気持ちで嬉しいよ。片岡君。
それにまあ……片岡君が行くなら私も行かないといけない……そうだろう?」
「まあ、そうかもしれませんね」
檜村さんがそう言ってトゥリィさんの肩をポンと叩いた。
「ではトゥリィ。此処の皆を頼むよ」