あの時にやれなかったことを
七奈瀬君視点です。思いついたので急遽書いてみました。
「走れ!逃げるんだ!奏」
そういったパパとママが目の前で7本の腕を持つ巨人に引き裂かれるのを見た。
「痛い……怖いよ、お兄ちゃん」
体の下半分を潰された葉月が泣いている顔が目に焼き付いている。
そのあとなぜ僕がそうできたのか、全く分からないけど。
手の指のように動く灰色の糸でその巨人を殺したことを覚えている。文字通りあの時僕は力に目覚めた。
巨人の7本の腕を一本づつ引きちぎり、目と鼻をそぎ落とした。
悲鳴を上げて喚く巨人の首を絞めて、時間を掛けて殺した。
可能な限り残酷に殺せばパパやママや葉月が戻ってくるかと思ったけど、戻ってこなかった
あの日、僕は一人になった。何もかも昨日のように思い出せる。
ダンジョンなるものがニュースになり始めて3週間ほどした時のことだった。
◆
ダンジョンなるものが現れて、そこのモンスターには自衛隊の武器が全く通じないことが分かった。
そして、次第にそれと戦う能力を持つものがいることも少しづつ分かってきた。自分がそうであることも。
薄汚い虫を、ゲームに出てくるようなモンスターを、ヘンテコなキューブや球を殺しまくった。
何もかもが憎くてたまらなかった。敵を八つ裂きにした時だけ心が少し晴れた。
暫くして、僕の周りに人が集まり始めた。
パパの弟の奥さんの親戚、ママの昔からの親友、パパの父さんの弟の子供。沢山いすぎて覚えていない。
というかお前たち誰だよと思った。どいつもこいつも会ったこともない連中だった。
でも大人でもどんな奴も僕に逆らえなかった。
僕が何をしても、何を言っても、ダンジョンでモンスターを叩き潰せばだれもが黙った。だってそれは僕しかできないことだったから。
ダンジョンの中の敵はどれもこれも弱すぎて話にならなかった。
なぜこの力を最初から持っていなかったんだろう。そうすればパパもママも葉月も守れたのに。
うざったい「知り合い」には金をくれてやった。
金を床に落としたら奴らは這い蹲って拾った……クズだ。虫みたいなもんだ。
でも世界は全てそんなものだ。力と金がすべてだ。
それがあれば周りは言うことを聞く。
テレビだのなんだのに映るときはあまりやり過ぎると面倒なことになりそうだったから、ちょっとおとなしいふりをした。いい子を演じた。
でも誰も僕の演技には気付かなかった。バカばかりだ。世の中はバカばかりだ。
もし気付いたとしても、そいつだって金を払えばころりと態度を買えるだろう。
ダンジョンの中でならそいつを殺すことも難しくはない。
誰も僕に逆らえない、そう思っていた。
◆
あの倉庫街での戦いから二日たった。
あの片岡とかいう奴は、僕に口答えした。そして、正面からあの妹を助けに行って成功させた。
ムカつく。
なんであいつだけ成功するんだ。失敗すればよかったんだ……そう、僕みたいに。
それになんであいつには仲間がいたんだ。あいつ一人なら失敗していたはずなのに。
しかもあいつは僕を助けやがった。赤の他人なのに。
しかもそれを当然とか言いやがった。何から何までイライラする奴だ。
「今日はどうだった?」
そう言いながらパンダ模様のエプロン姿の女、加賀美桐子がキッチンから出てきた。
こいつは魔討士協会に勤める女だ。今は渋谷のマンションにこいつと暮らしている。
年は22歳。1年ほど前に初めて会ったときにも22歳っていってたからあてにならないけど。
肩くらいまで伸ばした柔らかい茶色を今は後ろで束ねている。
優しげな目元とちょっと厚目のピンク色の唇が目立つ顔立ちとすらっとした体形。
世間的にみれば可愛い女ってことになるんだろうということくらいは分かる。
でも、見た目はいいけど、明るくて遠慮が無くて、丙類2位の僕にも姉ぶってズケズケとモノを言う。
つまり身の程知らずのバカな奴だ。
魔討士の素養はないバカだけど、身の回りの世話を焼いてくれるのと、特に僕にくどくどとうざったい説教したりしないのは気に入っている。
食事も美味い。
部屋をやたらと可愛く飾るのは勘弁してほしいけど。
ベタベタ媚を売る親族と過ごしていると吐き気がする。あれに比べれば100倍マシだ。
「あ、今日はカレーよ。特製ビーフカレー」
カレーをよそった皿をテーブルに置きながら加賀美が言う。
カレーだってことは臭いを嗅げば分かるだろうに、わざわざ言うことじゃないだろう。バカらしい。
「どうもしないよ、あの絵麻とかいう女を守る任務についてほしいとか言われただけ……まあ断るつもりだけど」
魔素を寄せる体質、というのがあるのは初めて知った。
あのキューブを一瞬で修復したのもその能力らしい。
本人は魔素をよせるだけで魔法を使ったりする能力は高くないんだそうだ。
だが、その能力のおかげで狙われる可能性があるらしい、気の毒だな。少し同情する。
「いいじゃないの、やりなよ?」
カレーを食べながら加賀美が言う。
上手くできたとばかりに嬉しそうな笑みを浮かべる。
僕も一口食べた。確かに美味い。
辛いスパイス、ざっくり大きく切られたニンジンやタマネギの歯ごたえと柔らかい牛肉の甘い脂が美味い。ボリュームがあっていいな
バカな奴だが、料理の味はちょっとしたもんだ。
「くだらない。誰かを守るなんて何で僕がしなくちゃいけないんだ。
僕がいざというときの援護要員として本部にいないと不味いだろうが。そんなことも分からないの?
それに、守っても金にならないだろ。」
「あのねー……君の口座にいくら入ってると思うの?」
加賀美が呆れたように言って僕にカレーのスプーンを向けた。
失礼な奴だな。人に箸とかスプーンを向けるな。
「……いくらだっけ?」
「今は確か3億円くらいよ。どれだけ稼げば気が済むわけ?」
「金は大事だろ、世の中の問題は殆ど金でケリがつく」
……つかない問題は一つしかない。
そういえばあのカタオカとかいう奴は金は要らないとか言ってたな。
やっぱりいけ好かないバカだ。
「やってみなよ。きっと君にとっていいことがあると思うよ、七奈瀬君」
「なにがだよ……言ってみろよ」
「言葉にはできないっていうか……言うのが難しいな。でも大事なことだよ。いい事」
こいつはバカだけど妙に押しが強くて、根拠はないのにやたらと確信を持って言う事がある。
ただ、そんなに嫌な感じはしないのが不思議だ。
まあ、あの馬鹿二人は観察対象として面白そうだ。
観察するなら近くに居る口実がある方がいいかもしれないな。
◆
「なにかあったら君があたしを守ってくれるのよね」
絵麻とかいう女が言って、不意にその時に実感がわいた。
そうか、もしまたダンジョンに巻き込まれて戦いになったら……僕がコイツを守るんだ。
そのために戦う。守るために。
「ねえ?」
あの時できなかったことをすることになる。
もし、こいつを守れたら……あの時死んでしまったパパやママはなんだったんだ。
それに、こいつを守っても妹の代わりにはならないし、ママやパパも葉月も帰ってはこない。
でも。
「ええ、勿論、任せてください」
思わず答えてしまった。絵麻が嬉しそうに僕を見る。
無邪気な、多分何も考えずに信じているという笑顔で言った。
「ありがとう、頼りにしてるね」
◆
「……やることにしたよ」
昨日のカレーに、加賀美曰く特製チキンカツを乗せたカツカレーにした夕食を食べながら言った。
加賀美がちょっと驚いた顔をする。断ると思ってたらしいな。
「あいつを守るのか……僕が」
誰も守れなかった僕が。
守りたいのか、そうじゃないのか。気持ちの整理が今一つつかない。
「辛いことを忘れることはできないよね」
加賀美がサラダボウルからミニトマトを一つ摘まみながら小さく呟いた。
「……忘れなくてもいいと思う。でもさ……いい思い出も増やそう……少しづつね」
珍しく柄にもないしんみりした口調で加賀美が言う。
「あいつを守ればいいことがあると思うのか?」
「うん、あるよ。きっと」
いつも通りの口調で加賀美が言い切る。
「……理由は?」
「さあ……カンかな」
「相変わらずバカだな。意味が分からない」
僕があの時見たかったのは、あいつが失敗する姿なんだろうか……それとも本当はうまく行く姿を見たかったのだろうか
あいつが妹を引きずって戻った時の感情は自分でもよくわからない。
その時が来たとき。僕はあいつを守って戦えるんだろうか。守り切れるんだろうか。
……4年前のやり直しを僕はできるんだろうか。
「僕は……できると思うか?」
「当たり前でしょ、君ならきっと出来るよ、七奈瀬二位。君はすごいんだからさ」
加賀美が当たり前だろって感じで言い切った。
今度こそ本章は終わりです。
次章のプロット考えてくるので少しお待ちください。
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