竹下通りでダンジョン災害に遭遇
現代異能モノを書いてみたくなったんです。昔書いていたので。
スマートホンから警告音が流れた。ワンテンポ遅れて僕の周りの人のスマートホンからも同じ警告音が流れる
[警告!ダンジョン出現!ダンジョン出現!]
[最寄りの『境界』へ直ちに避難してください]
日曜の竹下通りを埋め尽くしていた人たちが慌てて左右を見回した。
悲鳴のような声があちこちで上がったり、やれやれまたかって感じで首を振る人がいたり。反応はまちまちだ。
ワンテンポ遅れて空が血のように赤く染まった。コーティングでもされるかのように狭い通りに立ち並んだ店に揺らめく幕のようなものがかかる。
カフェやブティックから店員さんやお客さんが転げるように駆けだしてきた。
「市民の皆さんは原宿駅まで退避してください!ダンジョンは竹下通りの入り口までです!落ち着いて境界まで避難してください!」
大きな声が聞こえてきた。警察の人が竹下通りの入り口に立って避難誘導してくれている。
対応が早いな。
赤い空間の境界線は竹下通りの入り口で止まっていた。向こうに原宿駅の改札が見える。
『境界』とはダンジョンと僕等の世界のはざま。
『境界』を抜けて僕等の世界の側に戻ればとりあえず危険はない。一般的にはダンジョンに現れるモンスターは境界線を越えることは出来ないからだ。
★
ダンジョン、と呼ばれる異界のはざまがこの世界に突然現れたのは3年ほど前のこと。突然僕たちの世界に現れた異界の何かが僕等の世界を侵食した。
当初はすさまじいパニックを世界中に引き起こしたけど、3年たった今、もはやこれ自体は珍しいものでもなくなってしまっている……それもどうかとは思うけど。
どのくらい一般的かと言うと、ほぼすべてのスマートホンに国が作ったダンジョン感知アプリがプレインストールされているくらいには日常の一部だ。
空間の振動によりダンジョンの出現を感知し、警告を発するというものらしい。
ディスプレイには竹下通り周辺地図と光点が表示されていた。光点はモンスターのおおまかな位置を表す。基本的なアプリの機能だ。
光点は小さいけど数が多い。敵は群れか。
[資格保持者は戦闘準備を整えて下さい]
大慌てで『境界』を目指して走る人達のスマホが発する警告と僕のスマホが発している言葉は違う。
赤と黄色の警告、対象に対抗できない場合は自衛を最優先の上、速やかに撤退してください、という文が画面の上下をスクロールしている。
厳密な意味において解析はされていないのだけど、ダンジョン内には魔素と呼ばれる物質が満ちている。
そして、その魔素に対して特別に反応するものはそれを使ってダンジョン内に限り魔法のようなものを使うことができる。
『魔素活用能力ヲ有シ超自然的空間浸食災害ニ対抗スル討伐活動ヲ為ス士業』
長すぎるので略して魔討士。今や国家資格だ。
そして、僕のような資格持ちには特別なアプリが与えられる。
こっちのほうがダンジョン内の魔獣の位置を特定する精度が高いらしい。それよりも特別なのは戦闘ログの収集だ。
「交戦します」
[交戦開始を認証しました。交戦にあたっては、市民の保護及び自衛を最優先とし、対象に対抗できない場合は……]
画面が切り替わって、アプリがいつもの交戦開始時の音声を発した。
聞きなれたメッセージを途中で切って、スマホをポケットに押し込む。
「こい、剣」
呼びかけると、長めの日本刀が空中から湧き出すように現れた。渦を巻く風のような鍔に青みがかった刀身。小さな鈴をつけた飾り紐が柄頭から伸びている。
我が愛刀、風司鎮定。
指紋や声紋のように、素質には個人差があって選ぶことは出来ない。僕の能力はこの刀を使うこと。
この中二病っぽい名前は握ったときにそう聞こえたからだ。断じて僕がつけたものではない。
国家資格だけあって魔討士には様々な便宜が図られるけど、代わりに課せられた義務もある。
その一つが、ダンジョンに遭遇した場合、市民を守りダンジョンの討伐のために精力を投入すべきこと。まさに今のように。
魔討士になって半年。そろそろ使い慣れた刀の重さを確かめるように握った。
★
竹下通りの奥の方から三人の女の子が必死の形相で走ってくる。その後ろからはずんぐりした体の小人がどたどたと追いかけてきていた。
鬼を思わせる歯をむき出しにした武骨な顔。手にしているのは石でできた棍棒。筋肉質な体には粗末な布を纏っている
「助けて!」
まっすぐに走って女の子とすれ違う
「もう大丈夫、安心して!」
「ありがとう!」
こういう瞬間はいつも心が熱くなる。映画の主人公にでもなった気分だ。
走る足音が遠ざかっていく。突っ込んできた鬼のようなもの、何度かすでに戦ったことがある相手を袈裟懸けに切りつける。
豆腐でも切るかのようにそいつが真っ二つになった。
スマホのマップに表示された光点と同じ場所、ガラス張りのカフェの前にはモンスター、ゴブリンと呼ばれる小鬼の群れがいた。
数は多い。ただ、ダンジョンマスターとしてはあまりに弱い。
ダンジョンには核となるダンジョンマスターと呼ばれるモンスターが必ずいる。おそらくもっと手ごわい相手が出てくるはずだ。
「ダンジョンマスターがゴブリンってことはないよなぁ」
「それは私も同感だな」
何となく言ったら、不意に後ろから返事があった。
★
「やあ、君も魔討士かな?」
振り向いたところに居たのは一人の女性だった。
僕より少し低いくらいの170センチ位の長身。左右に分けられた肩より少し長いくらいの黒髪が白い顔と綺麗にコントラストを描いている。
物静かな感じの整った顔立ち。黒いふちの眼鏡が文学少女っぽい印象を漂わせているけど、僕よりはどう見ても年上っぽい。
ほっそりした体をゆったりした青いデニムっぽいロングワンピースに包んでいる。
幾何学模様の刺繍と首元の組み紐の房がなんか魔法使いのローブのような雰囲気を醸し出していた。
「初めまして。私は檜村玄絵」
「ああ……どうも。僕……いや、俺は片岡水輝です」
畏まった口調の挨拶だな。
「片岡君か。高校生かな?」
「はい、都立荻久保中央、2年生です」
「ランクは?」
「ランクは乙類の7位」
魔討士には実績に応じてランクがある。
甲乙丙丁は種類を示し、その中の1から9位までのランク付け。
類は能力の種類を示す。甲は万能型、乙は僕のような武器を使って戦う近距離型、丙は魔法や式を使う遠距離攻撃型、丁はそれ以外って感じだ。
雑なグループ分けとか言われているけど、なんとなくこのままになっている。
「なるほど。私は都立法経大学、2年。丙の4位だ。得物は刀かい?」
檜村さんが僕を見ながら言う。4位はなかなかスゴイ。
あえて言ったってことは、指揮を執るのは自分だというアピールだろう。
魔討士には、ランクの高い方が指揮を執る、ランクが同じなら年上が指揮を執る、という不文律があるからいいんだけど。マウント取りみたいに言われるとちょっとカチンとは来る
ただ、4位は7位にとってはかなり上だ。
「はい」
「私の能力は魔法系でね。前衛をお願いしたいがいいかな?」
「もちろんです」
「そして、どうする?援軍を待つかい?」
ダンジョン発生の警報はこの一帯の魔討士のスマホアプリの全てに配信されたはずだ。
今は僕等しかいないようだけど、いずれは周辺から駆けつけてくるだろう
「いえ、僕等でやりましょう」
魔獣討伐をすれば、討伐実績によって国から評価点が与えられる。
お金に換えることも出来るし、討伐実績は学校の成績や、僕は良く知らないけど会社での評価とかにも影響するらしい。
ガンガンランク上げに勤しんでいる、なんてことはないけど。でもやる以上はランクを気にしてないわけじゃない。
討伐実績点は討伐参加者で山分けになる。数が少ない方がポイントは高く取れる。
「では我々でやろう」
ゴブリンが金切声のような奇声を発しながらこっちに駆けてくる。
10体ほどだ。その奥にもさらに10体ほど
「少し待ちたまえ」
そう言って檜村さんが僕の頬に触れた。冷たい細い指が触れて、ちょっとドキッとする
「【書架は南東・理性の七列・五十二頁21節。私は口述する】」
手を触れたまま檜村さんが小さくつぶやく。周りに白い紙、というか本のページのようなものが浮かんだ。周りを回るようくるくると紙が舞う。
「【『災いは影のごときものなれば、光満つれば其はおのずと退くが理』術式解放】」
檜村さんが僕の頬に触れたまま呪文を唱える。紙が手に絡みつくように動いて、僕の体に白い光が纏いついた
「防御の術式だ。多少のダメージには耐える」
「ありがとうございます!」
刀を持っているときは身体能力は上がるし魔素が体の周りの膜のようなものを形成してくれるから、普段よりは体は強くなるし痛みにも強くなる。
でも支援はありがたい……というか支援魔法使いなんて初めてみたな。
★
ゴブリンの群れから何体かが、耳障りな奇声をあげてこっちにむかって走ってきた。
刀の柄を握って大きく息を吸った。
「来い!」
気合の声を上げる。
突出してきた一体目。こん棒を振り上げて隙だらけの胴を薙ぎ払った。紙でも切るかのようにゴブリンの体が真っ二つになる。緑色の血が流れた。
その後ろにから続々と続いてきたけど、統率が全然取れていない。バラバラに突撃してきたゴブリンを順に切り伏せた。
よし、体は動く。これならいける。
都営の訓練施設で言われたこと。
呼気を整え、心を落ち着かせ、恐怖に溺れるなかれ。そして敵は確実に殺すまで気を抜くな。
地面に転がるゴブリンを一瞥する。もう動く気配はない。
ゴブリンの群れが怖気ついたように止まって、言葉を交わし合っている。この程度なら「技」を使うまでもない。
確実にこの後にダンジョンマスターとの戦闘が待っている。温存できるところは温存すべきだろう。
「やるじゃないか、いい腕だな、片岡君」
檜村さんが後ろから声を掛けてくれた時。
周りを漂っていた赤い霧が吸い寄せられるように通りの向こうに流れて行った。風が吹いて檜村さんのスカートがふわりと浮く。
通りの向こうで赤い霧が塊のように蟠った。
「来るな」
檜村さんがつぶやく。何度か体験した、重い物を担がされたような、息が詰まるような圧力がその塊から感じられた。
赤い塊の向こう、通りの奥に黒い影が浮かぶ。そして、足音を立てて巨大なモンスターが姿を現した。
★
現れたのは、4メートルはありそうな巨大な人型のモンスターだった。
カバを思わせる裂けた口からは乱杭歯がのぞいている。ゴリラのような長い手とずんぐりした体。紫色っぽいごつごつした肌を不自然な山のような筋肉が盛り上げていた。
片手には巨大な鉄板のような剣を引きずっている。
いかにもパワーがありそうだけど……僕は見たことがない相手だ。
そして、そのデカいのを周りを無数のゴブリンが守るようにとりまいていた。
スマホのアプリの光点がさらに増えた。増援がどんどん湧いてきている。
「あれは……トロールだな」
「あれがダンジョンマスターでしょうか」
檜村さんが頷いた。戦ったことが有るんだろうか。さすが4位。
「私の魔法で仕留めよう。すまないが時間を稼いでもらえるかい」
「了解です」
僕の技が通じるか試してみたいけど、それより丙類4位の魔法がどんなものか見てみたい
「【書架は東南・想像の五列。壱百五拾弐頁五節……私は口述する】」
檜村さんが呪文を唱え始めて、さっきのように紙が彼女の周りを舞う。
不穏な空気を察したのか、トロールが剣で地面を突いた。それを合図にしたのか、ゴブリンの群れが突っ込んでくる。
少しでも前で止めた方がいい。
走りだそうとした時、不意にアプリが警告音を鳴らした。新手か?振り向くと、竹下通りの入り口、後ろからゴブリンの群れが迫ってきていた。
単話完結形式で不定期連載の予定ですが、8話くらいまでは連投します。