ありきたりな物語を
私、フェリシー゠ニブィックスは王弟殿下であるジルベール゠ブルジョワ様のパーティーに来ています。実はジルベール様は私の恋人なのです。私達は出会ったその時から恋に落ちました。しかし私達が結婚するには様々な障害がありました。まず、身分です。彼は王族で私は男爵令嬢、どう見ても家格が釣り合いません。それでも彼は愛があれば身分なんて関係ない!そう言ってくれたのです。
そしてもうひとつ、私達の結婚には障害がありました。ジルベール様の婚約者であるマリー゠アドレーヌ゠ダンビエール様の存在です。彼女は公爵令嬢で、家格だけならジルベール様と釣り合っていました。しかしジルベール様とマリー様の間には愛がありませんでした。お互いの意思など無視した婚約。ジルベール様は愛の無い結婚なんて嫌だ、私と結ばれたいと言ってくださいました。私は涙が出て来た。
「ジルベール様…本当によろしいのですね?」
「ああ。お前以外と結婚なんて考えられ無い。」
ジルベール様は黒い綺麗な瞳で私を見つめて言いました。私はやっと私の恋が報われた、そんな気持ちでいっぱいでした。でも、これでめでたしめでたしとはいきません。まだマリー様の件が残っています。本当に申し訳ないですがマリー様には婚約破棄してもらわないと。
私達の幸せのために。
ジルベール様が婚約破棄の場所に選んだのは自身のパーティーの最中。私は不安で不安でジルベール様の腕にしがみつきました。だってあのマリー様ですよ?私を散々虐めたあの方です。不安にならない方がおかしいですよ。
ジルベール様は大丈夫だ、と囁いて私の頭を撫でた。ジルベール様が居てくれるなら私は無敵です。
私は自慢のピンクブロンドの髪を触りながら何も知らずにのこのことパーティーに現れたマリー様の元へジルベール様と共に歩いて行った。
「ジルベール殿下、これはどういう事ですか?」
マリー様は私を睨みつけながら言う。私はマリー様に虐められていたことを思い出しぶるっと震えてしまう。
「分からないのか?今この時を持ってマリー=アドレーヌ=ダンビエール、貴様との婚約を破棄させてもらう。」
「どういう事でしょう?全くわかりませんわ。どうして私が婚約破棄されなくてはならないのでしょう?」
マリー様は冷たい瞳で私を睨みつける。そしてにっこりと笑った。私は不気味なその笑顔に恐怖を覚えた。
「わかりましたわ。そこの女に誑かされているのですね。」
「私の愛しのフェリシーをその女呼ばわりとは!貴様との婚約破棄は貴様に問題があるからだ!」
マリー様は首をかしげる。
「私の何処に問題があるのでしょう?」
「全てだ。私の愛しのフェリシーを虐めただろう。」
「あら、虐めなんて野蛮なこと私がするわけありませんわ。私はただ、婚約者のいる男性に色目を使ったり身分の高い者に無礼にも自分から話しかける礼儀作法のなっていないフェリシー様に注意したまでですわ。」
何を言っているんだこの人は!あれが注意だって?頰をぶったり、お茶の中に虫を入れたり、ジルベール様からいただいたドレスやアクセサリーを引きちぎったり…。完全な虐めを…注意だなんて。
「証拠も揃っているのだ。見苦しい言い訳は辞めろ!」
そうジルベール様が言うとジルベール様の後ろから何人かの人が出てきた。その中にはマリー様の命令で私を虐めていた令嬢達や見て見ぬ振りをしていた人がいた。
「皆様……?」
ここでさっきまで余裕そうな表情を浮かべていたマリー様の顔が青ざめた。
「マリー様に指示されて仕方なく…。」
「怖くて……。」
マリー様の取り巻き令嬢達が涙ながらに証言をする。それを見てマリー様はどんどん青ざめていく。
「嘘よ!そんな適当な証言!!」
しかし彼女の無罪を証明するものは何一つない。
「マリー゠アドレーヌ゠ダンビエール、私は貴様を心から軽蔑する。そして婚約破棄に同意してもらう。まぁ、こんなことをしていたのだから嫌でも婚約は白紙に戻るだろうがな。」
「わかりました!同意しましょう!しかし殿下は騙されています、その浅ましい女狐に!せいぜい私との婚約破棄を後悔するといいですわ。」
そう言うとマリー様は自身の銀髪を揺らしながらパーティー会場から立ち去っていった。会場はシーンと静まり返るが次の瞬間、会場中にいた全ての人が私とジルベール様に拍手をした。
「私はここにいる、フェリシー゠ニブィックスと結婚する!必ずいい夫婦になると誓おう!」
「私もジルベール様と幸せな家庭を築けるよう努力いたします!」
この時私は幸せの絶頂だった。
マリー様はこの後公爵家から勘当され、教会送りになった。私とジルベール様は結婚して、末永く幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし………
と、物語では終わるだろう。しかし現実はここでは終わらない。幸せも永遠に続くものじゃ無い。私達の愛情は冷めるのが早かった。愛し合っていたのに代わり映えしない日常は退屈になった。そしてあんなに私を愛していたジルベール様は私を放ったらかして愛妾の元へ入り浸った。
(どうして…私はこんな所にいるの?)
もはやジルベール様は愛してくれないというのに王族に嫁いだため私に王族という肩書きが纏わり付いた。自由なんて無かった。愛されたら幸せ?彼に愛されたら王族という鎖を貰っただけだ。
一回だけお忍びでマリー様の居る教会を見に行ったことがある。マリー様は修道女として子供達に囲まれており笑顔だった。
(なんで…なんでマリー様の方が幸せそうなのよ。)
公爵令嬢としての身分を剥奪され、婚約者も奪われ、その上教会送り…不幸な筈なのに。どうして幸せそうに笑うのよ!
どうして……私は幸せになった筈なのに。彼女が不幸になった筈なのに。
彼に愛されないから…とヤケになった私は召使いの男と不倫し、ジルベール様の怒りを買って姦通罪で死刑判決を受けた。
断頭台へと向かう中私は処刑鑑賞用に用意された玉座を見る。そこにはジルベール様とその愛妾の姿があった。それは昔の私とジルベール様と重なった。
(マリー様の気持ち…今なら少しわかるかしら。)