ある異世界の住人、フロイロアン・ベルグの話
フロイロアン・ベルグ。フロイ特別自治区の領主であり、この地で作られた様々な発明品によって王国に多大な益をもたらし。特に空を行く『飛翔船』は最高傑作として名高く、それらの功績をもって若くして侯爵の位を与えられた者。
そんな彼だが、口さがない貴族たちからは『空狂い卿』と呼ばれていた。
もちろん表立っての事ではない。国王はじめ王家の覚えめでたい彼を公然と批判できるような人物はいないからだ。
そもそも、そこまでの傑物であるならば彼の功績を素直に認めて友誼を結ぶなり良好な関係を築くことができているはずである。
もっともこの件については、別の要因の方が大きく関係していた。当のフロイロアン本人がその呼び名を気に入ってしまっていたのだ。これには彼を攻撃しようとした者たちも、逆に彼を擁護しようとしていた人々も度肝を抜かれてしまった。
何せ彼ときたら国内の全貴族が集まった論功行賞の場で、
「それでは僭越ながら、あるお方々が私のことを『空狂い卿』と言っておられるようなのですが、それを王国公認のものとして頂きたく」
と国王に願い出たのである。
さすがに『狂う』というのは字面が悪すぎるとして一旦国王預かりとなり、後日代わりの呼び名を与えるということでその場は収まったのだが、以降彼のことは変わり者として認識されていくことになるのだった。
「……まあ、間違ってはいないけれどね」
ため息を吐きながら開いていた本をぱたんと音を立てて閉じる。
「いかがでしたか?」
「かなり恣意的な解釈がされているね。見栄え良く描いているようでいて、実際は『空狂い』な変人だと貶めようとしているのが丸分かり」
横合いから声をかけてきた老執事にベルグ侯爵家の次期頭首筆頭と目されているフロイロアン二世は呆れたという感情を隠そうともせずにそう言い切った。
「この著者は確かニュロス侯爵が後援となっておりましたな」
「ああ、あのおデブの子孫が後援なら納得だね。あの頃から「空を飛ぶなど不可能だ」と、やたらと突っ掛かってきていたから。何度「それはお前が重すぎるだけだ!」と言い返したくなったことやら」
「我慢して頂き正解でしたな。今でこそ落ちぶれ始めていますが、初代様の頃はならばまだ強い権勢を誇っていたでしょう」
「そうだね。まあ、その分今ならば思い切ったことも可能だろう。そろそろ私を甘く見てきたツケを支払ってもらおうか」
そして主従は黒い笑みを浮かべたのだった。