「悔い」
起きてすぐ腕に違和感を覚えた。
昨日は無かった切傷が腕いっぱいについてた。
私はギョッとして、血の固まりきっていない生々しい傷を眺めた。
不思議なことに、肉を切られたときの焼けるような痛みはほとんどない。
しかし、じくじくとした嫌な鈍痛があった。
「そうか……。」
君がやったのか。
私は隣で気まずそうにしている男を見やった。
男を疑いたくはなかったが、昨日から今日にかけて同じ空間にいた人間は私と男だけだ。
男はこちらと目を合わせない。
恥じているのだろう。
かける言葉は無いので、私は自分の怪我を労わることにした。
肘から先に無数についた切り傷は、どれも5㎝ほどの長さであった。
よく切れるカッターナイフで描いたような、赤っぽい地味な切り込み線だ。
みみず腫れにはなっていない。
時間がたっていないのか、はたまた相当に傷が浅いのか。
私はふと、傷の中から何か覗いていることに気が付いた。
傷に触れないよう、傷の周りの皮膚を押すと、無機質な異物が傷口から顔を出した。
薄い金属片だった。
そっとつまんで傷から抜き出した。
背筋が寒くなった。
私の腕には、この尖った金属片がいくつも潜んでいる。
恐ろしさに泣きたかったが、このグロテスクな状況から私を逃がしてくれる者は私しかいない。
隣にぽつねんと座っている男は、変わらず宙を見つめて恥じている。
まるで鼻の角栓をとっているみたいだ……
慎重に傷を探り、私は次々と肉に埋まった金属片を取り除いていった。
折れたカッターナイフの刃のようでもあり、割れた果物ナイフのようでもあった。
小さく座る私の足元に、刃の破片が溜まった。
理不尽な暴力の前に感情は生まれない。
それは怒りや悲しみさえも生まない。
生まれるのはしんとした恐怖と、それに適合する自身だけだ。
すべてを抜き取り、私はいつものように一日を始めた。
男もいつものように一日を始めた。
彼には良心がある。
つまり、恐ろしさに震え出すのは彼の番だった。
(完)