勇者パーティーを追放された勇者が復讐を果たすため魔王軍の面接にやってきた話。
ここは世界中に散らばる魔王城の支部の一つ。
人間たちの動向を観察し、反乱が起これば直近の支部がすぐに鎮静に向かうことができる、というシステムだ。
ただ、問題もある。
戦力を世界中に分散させてしまったため、圧倒的な人手不足状態なのである。
そこで設立されたのが、人事部新人採用係だ。
そしてその役目を任されたのが、私ことスケルトンです。どうやら長年生きていた(?)から、人(?)を見る目がありそうという理由だそうです。
これによりその辺でブラブラしているようなゴブリンも、訓練を受けて立派なハイゴブリンやホブゴブリンとなって戦力になってくれます。
さあ、今日も張り切って面接をしていきましょう。
コンコン。
「どうぞー」
ガチャリ。
「失礼します」
入ってきたのは……人間か。珍しいな。
だが、魔王軍に種族は関係ない。
実際に、かつて同僚である六本腕のスケルトンが人間の赤子を拾ってきたことがあった。
その赤子が成長した今、魔王軍幹部まで上り詰めている。
確か、名前は……、ヒュ……ヒュ……ヒュンなんとかだったはずだ。
そう。魔王軍に必要なのは魔王様への忠誠と強さ!
この人間……、如何ほどか見定めさせていただきますよ。
「まず、自己紹介をお願いします」
「アリュスです。つい先日まで勇者やってました」
「ええええっ!? ゆゆゆ、勇者!?」
「はい。でもパーティーを追放されました」
追放されたァ?!
勇者なのに!?
勇者パーティーから勇者が抜けたらそれ、その辺のゴロツキと同じでしょう!?
――ハッ、いかんいかん。
経歴がどうであれ、この面接をスムーズに進行するのが私の務め。
さあ、次の質問に移りましょう。
「そ、それでは、魔王軍を志望した動機を教えてください」
「動機……。動機ですか……」
アリュスと名乗る勇者は突然、憎しみに満ちた表情を浮かべた。
そして、不気味な笑みとともにこう続けた。
「ぶっ倒す……! 俺はアイツをぶっ倒したいんだああああああ!!」
ひっ……!
まさか、人間にこの私が迫力で圧倒されるなんて……。
気になる……!
私はこの男のことが面接官としてではなく、一人のスケルトンとして気になる……!
「な、なにがあったのか、詳しく教えていただけませんか!?」
するとアリュスは急に落ち着きを取り戻し、ポツリ……、ポツリとこれまでの経緯を淡々と語りだした。
『アリュス、お前はクビだ』
『だ、誰だお前は!?』
『僕かい? 僕はね、レオン。勇者の血を引く真の勇者だよ。というわけで、君みたいな偽勇者は出てってくれよ』
『そんな、馬鹿な……!』
ある日俺は、突然現れた真の勇者を名乗るガキに解雇を言い渡された。
確かに俺は勇者の血を引いていない。先祖代々ただの農民だ。
自分から勇者を名乗った覚えはない。だが、魔王を倒すための旅を続け、多くの功績を残していくうちに自然と人々は俺を【勇者】と呼ぶようになった。
でも、真の勇者でないにしろこれまで魔物から数々の街を守ってきたはずじゃないか。
それをいきなり追放なんて、そんな話があるのか!?
そんなに、勇者の血筋ってのが大事なのか!?
『だったら、なんで真の勇者であることを黙っていたんだ?』
『ふん、君には関係ないだろ?』
『答えないか。だったら当ててやるよ。お前は名声が欲しいんだ』
『何ッ!?』
『図星のようだな。世界の平和に貢献し、人々に感謝されている俺たちが羨ましくなったんだろ?』
『だ、黙れ! なら、仲間たちに聞いてみなよ! 僕とオマエ、どちらが必要とされているかをッ!』
すると、俺たちが話をしていた部屋に三人の見慣れた顔が入ってきた。
戦士、魔法使い、僧侶――。
みんな俺とともに苦難を乗り越えてきた、頼れる仲間だ。
こいつらなら、わかってくれるはずだ――。
『いやあ、ホンモノの勇者が来てくれてよかったぜ』
……戦士? 冗談だよな……?
『これからよろしくね! レオン!』
……魔法使い? 嘘だろ……?
『アリュス……。今まで私達を騙していたのですか? ひどい! 顔も見たくありません!』
……僧侶……!
『これで分かっただろ? 偽物くんっ』
『ああ、分かったよ……十分すぎるほどな……』
でも。
俺は諦めの悪い人間だった。こんなに追い詰められているのにまだ諦めていない自分がいた。
『お前、表出ろよ。決闘だ。俺とお前、どっちが強いか。それで決めようぜ?』
『ふーん、別にいいよ。弱いやつに世界の命運は任せられないからねっ』
ふん、ほざいてろ。
俺は巨大な魔人やドラゴンを退けてきたんだ。
勇者の血を引いてるってだけのヤツに負けるはずはない。
外に出て、レオンってヤツと対峙した俺は剣を構えた。
この剣だって洞窟の奥深くで見つけた最高の武器だ。一振りでドラゴンの硬い鱗をも切り裂く。
戦闘開始の合図から決着までは一瞬だった。
――――敗けた。
レオンの剣筋は速すぎて視えなかった。俺が一度剣を振り下ろす間に、ヤツは俺の全身を何度も切り裂いた。
なぜこんな、ぽっと出にあんな技ができるのか。
その秘密はヤツの剣にあった。
その剣は真の勇者が装備するだけで絶大な力が得られる、伝説の武器だったのだ。
かくして俺の今までの鍛錬や経験は、クソッタレなふざけた力によって打ち崩された。
その後、俺は元仲間たちの真の勇者を称える声に耳を塞ぎ、傷だらけの身体を引き摺り街を去った。
「――そして、今に至ります」
「…………」
かけるべき言葉が見つからなかった。
いや、かけるべき言葉があるなら、唯一つ。
「採用!!」
「えっ! 本当ですか!?」
魔王軍の面接に二次なんてものはない。
使えると思ったら即採用、使えないと思ったら即、落とす!
まあ、言い換えればそれくらい切羽詰まってるってことですがね……。
しかしこの男、いい目をしている。
これほど復讐に燃える目をしている者は魔王軍本部を探してもそうそういないだろう。
私は長年面接官をやってきたので、言葉の真偽がわかるようになってきた。
この男の言葉に嘘偽りはない。断言できる。
◆
我が魔王軍にも訓練という名の新人研修がある。
一ヶ月の通常コースと、一週間で暗黒兵士になれる特別ハードコースがあるのだが、アリュスは迷わず後者を選んだ。
そして彼はヒュン……なんとか氏の元で地獄の訓練を受け始めた。
私は毎日面接の合間を縫って彼の成長を見守った。そのうち、私は彼のファンになっていたのだ!
「先生、もう動けません……!」
「ふん、お前はこの程度か」
「アリュスさん! 諦めたらそこで試合終了ですよ!」
「スケさん……! そうだ、俺は諦めの悪い人間、いや、魔族だ! 先生、お願いします!」
「ふっ、根性だけは認めてやろう……」
そしてあっという間に一週間が経った。
体も精神も一回り大きくなったアリュスの姿を見たとき、ないはずの心臓がドクンドクンと鼓動したような気がした。
アリュスは魔王軍特別遊撃部隊に配属となった。彼の目的からして、最適の配置だろう。
「スケさん……行ってきます」
「こんなことしか言えないけど……頑張ってください」
「その言葉だけで百人力です!」
アリュスは目的を果たすため、旅立った。私にできることといえば……応援することと……、面接だけ。
でも、それが役目であり使命でもある。
私は今日も彼の帰りを待ち、いつもの仕事に取り掛かった。
コンコン。
「どうぞー」
◆
――とある街にて。
「見つけたぞ、レオン」
「ん? 君は……もしかして偽勇者のアリュスかい?」
「憐れだな。偽とか本物とか……そんなことに未だ拘っているなんてな」
「なんだと……?」
沸点の低いやつだ。
真の勇者たるもの、何事にも動じぬ精神が必要なのにな。少なくとも、努力を知らないお前には無理だ。
すると、俺たちの会話に気づいた元仲間たち……いや、違う!
知らない顔ぶれがレオンに加勢しにきた!
「おい、仲間が違うじゃないか。どうしたんだ?」
「ああ、あの雑魚どもか。真の勇者の僕には釣り合わなから、クビにしたよ。それよりも彼らを紹介するね。右からバトルマスター、パラディン、賢者だ」
それが勇者の言うセリフか……!
このクサレ外道め……!
「そんなことするなら、最初から自分でパーティーを組めばよかっただろ!」
「それじゃあ意味ないよ。君の苦しむ顔が見られないからね。それに、この世に勇者は二人もいらないだろ?」
するとレオンの野郎はくすくす笑い、こう続けた。
「さっき、クビにしたって言ったけどさ、あれほんとに文字通りなんだよね」
「は……? どういう意味だ」
俺は嫌な予感がした。
俺の予感は結構当たる。今回だけは外れて欲しい、そう思った。
しかし。
「ほら、アレを見なよ」
レオンの指差す方向、そこにあったのは……。
戦士、魔法使い、僧侶のクビ――生首が無造作に捨てられていた。
「うわああああああああああ!!」
「あいつらさあ、弱いんだよ。ちょっと特訓つけてやっただけであのザマさっ」
このクズ野郎のことだ。
きっと特訓にもあの剣を使った、もしくは特訓と称して殺戮を楽しんだに違いない。
裏切られたとはいえ、あいつらとの思い出は消えたわけではない。
頬を大粒のしょっぱい液体が伝い、地に落ちた。
それと同時に、俺はレオンを斬りかかろうと突進していた。
しかしそれをタンク職であるパラディンに止められ、俺は後退した。
「オイッ、仲間三人! 俺はお前たちに恨みはない。五秒以内に降伏すれば攻撃はしないッッ!」
……降伏する意思はなし、か。
なぜコイツに尽くすのかは分からないが、立ちはだかるなら容赦はしない。
「――『魔炎黒竜槍』!」
グオオオオオオン!
俺の左腕はドス黒い炎に変化し、まるで大蛇の如くヤツらを飲み込んだ。
一週間の訓練で得た魔族のスキルである。
「やったか!?」
シュウウウウウ……。
黒煙が晴れるとそこにレオンの姿はなく、三人の仲間が黒焦げになって立っていた。
「ふう、危ない危ない。『盾』がなかったら死んでたかもねっ☆」
黒焦げの仲間が地に伏せると、後ろにいたであろうレオンが姿を見せた。
「さ、起きて。反撃してよっ」
レオンは盾扱いした仲間の一人、バトルマスターの身体をゲシゲシ蹴り込む。
しかし、びくとも動かない。
「おい、動けよ……、オッサン」
レオンは何度も蹴りを入れた。
が、結果は同じ。
「無駄だ。この技をまともに食らって起き上がれるはずがない」
そのうちレオンは蹴るのをやめ、その場に立ち尽くした。
ヤツに少しでも人間の心が残っているなら、仲間を盾にしたことを悔いているはずだ。
俺は二発目の魔炎黒竜槍を撃つのをやめ、様子をうかがうことにした。
「うっ……うっ……」
泣いている? やはりヤツもにんげ――。
「ハアアアアアアア!? 使えねええええええ!!」
――やっぱりコイツは殺さなきゃダメだ。
レオンは激昂し、剣を抜き突進してくる。
俺もすぐさま剣を抜き、構える。
ガキンッ!
刃と刃がぶつかり合う。
視える。視えるぞ!
ヤツの剣筋が手に取るように視える!
そしてしばらく刃を叩きつけあった後、つばぜり合いとなった。
クソ、一ミリも動かねえ。
パワーは互角、か。
しかし、コイツの細い腕のどこに……。いや、これも伝説の武器の力なのか。
「へ、へーえ、結構、やるねえ」
く、残念ながら俺にしゃべる余裕はない。ヤツの方が一枚上手か。
だがな。お前は気づいていないだろ。
俺が逆転の一手を投じていたことを。
つばぜり合いとなり、お前の動きが止まった今がチャンスだ!
ザシュッ。
レオンは何が起こったか分からないような顔をしている。
なぜ僕は「背中」を斬られたんだ、そんな顔だ。
でも、そんなのすぐ分かるぜ。後ろを見てみろよ。
「バ……、バトルマスター!?」
そう、お前が足蹴にしてた仲間だ。
どうだよ、仲間に裏切られる気分は。
最悪だろ?
「なんで、どうして……」
「密かに回復呪文をかけていたのさ」
本当は三人全員にかけていたんだけどな。
ダメージを受けていたパラディンと元々体力の低い賢者は間に合わなかった。
バトルマスターがレオンを斬ったのは自分の意志だ。
レオンに加勢する可能性もあったが、そうならなくてよかった。
「この野郎ッ!」
レオンは後ろに振り向き、バトルマスターに斬りかかった。
俺はその瞬間、戦いの最中に背後を見せた愚か者を切り捨てた。
「ぎゃあああああ!! いてええええええよおおおおおおお!!」
ヤツの背中にはバトルマスターと俺が付けた綺麗なバツ印の切り傷ができていた。
痛みに転げ回る姿は実に滑稽だ。
やがて動きを止めたレオンを、俺は心臓めがけて剣を突き刺した。
◆
因縁の対決から数日後。
俺とバトルマスターは死んだ仲間たち「五人」の墓を立ててやるため、海の見える見晴らしのいい丘に来ていた。
木の棒を立ててやるだけという簡易的なものだったが、今の俺たちにできるのはこれくらいしかない。
「アリュス殿。これからどうなさるつもりで? もしよければご一緒に……」
「バトルマスターさん。俺の旅はここで終わりです」
「そうですか。名残惜しいですが、お別れですね」
バトルマスターは去っていった。
俺は復讐のために魔族に魂を売った男だ。今更勇者に戻れるはずがない。
魔族として生きる俺の第二の人生は、レオンのようなヤツが現れないように人間を見張ることだ。
さて、あの人も待ってるし、帰るとしよう。
「……おかえりなさい」
「ただいま、スケさん」