#09 役目を果たす為には
ご飯もですが、翌日の営業に向けて。
どうぞよろしくお願いします!(* ̄▽ ̄)ノ
少しでもお楽しみいただけたら嬉しいです!
市場で購入したものは、牛肉やクレソン、小麦粉など。
「今日はがつんと肉な!」
「楽しみですカピ!」
まずは小麦粉と牛乳と塩で、発酵不要のパンの種を作る。
フライパンでパンを焼いている間に、メイン料理の調理だ。
牛肉は太めの千切りにし、塩、白ワインで下味を付け、片栗粉を塗しておく。
クレソンは牛肉の長さに合わせてざく切りに。にんにくは微塵切りに。
フライパンを弱火に掛け、オリーブオイルを引き、にんにくを入れる。香りが出るまでじっくり炒めて。
牛肉を入れる。全てが解れる様に木べらを巧く使いながら炒め、クレソンの茎を加え、更に炒めて行く。
味付けに白ワインと塩、黒の粒胡椒をたっぷりと。
クレソンの葉を加え、さっと混ぜる。
牛肉とクレソンの黒胡椒炒めの完成である。
これを、焼き上がったパンと一緒にいただく。
「どちらからも良い香りがしますカピ」
マロが鼻をひくつかせる。
「さて、食うか。つか、カロリーナがまだ来て無いな」
昨日はこの時間にはもう来ていたのだが。
「来ないのなら来なくて良いのですカピ」
マロが少し不機嫌になって言った。
「マロはカロリーナの事になると、辛辣になるな」
「当然なのですカピ。やはり祓魔師と悪魔は相容れないのですカピ」
「ま、仕方無いんだろうが、来た時には堪えてくれな」
「努力しますカピ」
マロが不承不承と言う様子で言ったその時、部屋の窓ガラスが軽く叩かれる。サミエルが開けるとカロリーナがするりと入って来た。
「待たせたわね!」
相変わらず尊大な態度である。マロはやや顔を顰め、サミエルは気にしない。
「丁度良いタイミングだ。出来たとこだぜ」
「じゃあ早速寄越しなさい」
「はいよ。じゃあお前さんもテーブルに着いてな」
「嫌よ。浮いてる方が楽だもの、面倒だわ」
カロリーナが眉を顰めて拒む。しかしサミエルは引かない。
「外でならそれでも良いが、部屋で食う時は座ってくれ。俺の気が散るからさ」
「……解ったわ」
カロリーナは渋々と言った様子で椅子に掛ける。その斜め前に座るマロとは決して眼を合わせない。ふたりしてつんとそっぽを向いている。
サミエルは苦笑し、炒め物を盛った皿と小皿をそれぞれの前に、パンを入れた籠を真ん中に置いた。
「ほらよ、どうぞ」
立ち上がる湯気に、カロリーナは鼻を寄せた。
「今日はシンプルな炒め物なのね。でも良い香り。いただくわ」
「いただきますカピ」
ふたりは早速フォークを手にし、炒め物を掬う。争う様に口に。
「いいわぁ〜……」
「美味しいですカピ……」
ふたり同時にうっとりと眼を細める。
「パンはしっとりしているのね。ふわふわなパンも美味しいけど、こういうのも良いわね」
カロリーナはしっかりとパンにも手を伸ばしていた。両手で小さく千切って、上品に口に運んでいる。
マロも欲しそうに前足を頑張って伸ばしていたので、サミエルはひとつ取って小皿に置いてやった。
「ありがとうございますカピ!」
「この距離じゃ取れんよな。気付かんで済まんな」
「いえいえ、とんでも無いのですカピ」
サミエルも炒め物を口に運ぶ。片栗粉を塗した牛肉はつるりとした舌触り。その膜は牛肉の旨味を逃さず、調味料をもしっかりと絡める。
しゃきしゃきのクレソンが、しっかりとした味の牛肉をさっぱりとさせる。そして黒胡椒のぴりりとした刺激。
牛肉もクレソンも味がはっきりとしているので、こういったシンプルな味付けが合うと、サミエルは考えている。
そしてそういうもの程、料理人の腕が試されるとも思っている。
ともあれ、マロにもカロリーナにも喜んで貰えた様だ。勿論サミエルも旨く出来たと心中で自画自賛である。
「明日はこれまでのものより凝ったものと作るのよね? 勿論食べに来てあげるわ」
空になった皿を前に、カロリーナはふわりと浮きながら言い放つ。
「そりゃあ構わんが、飛んで来るなら表からは入って来んなよ」
「どうしてよ」
サミエルの言葉に、カロリーナは眉を顰める。
「羽根が無くても飛べる人型ってのは、悪魔だってのが人間の認識だ。下手すりゃ騒ぎになる」
「人間なんか放っておけば良いじゃない」
「そうは行かん。それに表から来るってんなら、飛ばれちゃ困るのも勿論だが、その人間らに混ざって並んで貰わなきゃならん。何分、何十分掛かるかはその時々だがな」
「待つのなんて冗談じゃ無いわ。この私が行くんだから、優先して然るべきだわ」
「俺の飯を食うってんなら、皆平等に扱う。そりゃあその時によって例外がある事もあるが、お前さんの場合は当て嵌まらん。特別扱いはしない」
「……何よ、それ」
カロリーナは膨れっ面になる。すっかりと機嫌を損ねてしまった様だ。
「そもそもカピ、お前は人さまから盗んだもので支払いをしているのだカピ。自分の懐は痛んでいないのだカピ。それなのにきちんとお金を払っているお客さまより優先しろだなんて、図々しいにも程があるのだカピ」
マロの怒りすら含んだ台詞に、カロリーナは怒気で表情を歪めた。
「何よ! 大人しくしていたら付け上がって! カピバラ、お前なんか私が全力で呪いを掛けたら、生きてすらいられないわよ!」
「やれるものならやってみたら良いカピ。自衛は祓魔師の常識カピ。それとも悪魔、お前は自分とボクとの力の差も測れない程の間抜けなのだカピか?」
激昂するカロリーナに、マロは冷静に対応する。その時点で度量の差が充分にある様に思われる。火に油を注ぎたくは無いので、カロリーナには絶対に言わないが。
マロとカロリーナの能力の差。それはサミエルにははっきりとは判らないが、これまでの経験からすると、それなりの開きがあるのだろう。当然マロが上。
いやあしかし、普段はあんなに可愛いマロが、事カロリーナ、否、悪魔に関わると、ここまで黒い部分が表れるとは。
面白いがこのまま放っておく訳にも行くまい。サミエルは「まぁ待て」と、ふたりを宥める様に両手を上げた。
「カロリーナ、人間に混ざって食べたいんなら、人間のルールに倣ってくれ。それが嫌なら裏口から入れ。それなら、使わせてもらう食堂の従業員に説明も出来る。どちらも嫌だと言うんなら、営業ん時の飯は食わせてやれん。どうする?」
サミエルの言葉にカロリーナは小さく舌打ちするが、それでも考えて、ぽつりと言った。
「……裏口から入ってあげるわ。それで良いんでしょ?」
「それで良い。勿論従業員に迷惑は掛けんなよ」
「善処してあげるわ」
「なら良い。頼むな」
これで大丈夫か? サミエルは笑みを浮かべると、カロリーナは唇を尖らせた。まだ不満な様だが、そこは自粛して貰わなければ。お客さんを混乱させる訳には行かない。
皆、サミエルの料理を楽しみに来てくれるのだ。その権利と安全を守るのは、サミエルの役目なのだ。
カロリーナが帰って行き、洗い物などの片付けを終えると、サミエルはエールを入れて、テーブルで一息。マロには本人希望のミルクを用意した。
そうしながら、明日の営業のメニューを考える。
今日市場で聞いたところによると、今はニジマスが豊作なのだと言う。でっぷりと太って脂乗りも良いらしい。
ニジマスはこのスーザの村の特産品だ。ドルドラの街で1番大きな湖があり、そこで水揚げされる。なら使わない手は無い。
速やかに提供する事を優先するなら、煮込みやスープが良いのだろう。だが折角なら、美味しい脂をしっかりと味わって貰いたい。
うん、方向性が見えて来た。サミエルは必要な材料をテーブルに広げていた用紙に書き出して行く。
「明日のお献立が決まったのですカピか?」
「まぁな。前ん時よりお客さんを待たせちまう事になるだろうが、これが良いだろう。だからマロ、お客さんの相手、大変になるだろうが、よろしく頼むぜ」
「お任せくださいカピ。ボクはこの村にお世話になった事もあるのですカピ。皆良い人たちばかりでしたカピ」
「へぇ? この村ではどんな事があったんだ?」
「あのですカピ……」
マロはそうして、スーザの村での解呪の思い出を語り出した。
ありがとうございました!