#04 ホルストの街名産、羊肉を使って
ホルストの街名産、羊肉を使って料理を作ります。
どうぞよろしくお願いします!(* ̄▽ ̄)ノ
少しでもお楽しみいただけたら嬉しいです!
「さぁて、今回は何をメインにすっかな」
市場に到着し、サミエルは立ち並ぶ商店を眺めながら考える。幅広くは無い石畳の通りは賑わい活気に溢れていた。
小さなマロはこのまま歩くと踏まれかねないので、バッグに入って貰って、サミエルが肩に担いだ。
「凄い人ですカピね」
「食堂の人も一般の人もここで食材買うからな。ここは街のほぼ中心にあって、街中の人が買い物に来んだぜ。他にも小さい商店とかあるが、新鮮な肉や魚や野菜ってなると、やっぱここかな」
「成る程ですカピ」
そうしてマロを担いで歩いていると、あちらこちらからサミエルに声が掛かる。
「お、サミエル、もしかして今夜か?」
「楽しみにしてるわよ!」
「次は何を作ってくれるの?」
中には、やはりマロに気付いて表情を和ませる人も。
「可愛いわねぇ! どうしたの?」
「あ、カピバラだー!」
おとなしいマロに、みんなサミエルに了解を取った上で撫でてくれようとする。そしてマロが能力持ちだと知ると、ますます安心してくれた。
そうして老若男女に話し掛けられ、サミエルはその都度「はいっす!」「おう!」などと応えながら市場を進む。
まずはメインの食材を決めたい。サミエルは肉の商店に足を向けた。
「ちわっす」
「おやサミエルさん。ここに来られたって事は、今夜は?」
物腰柔らかな壮年の店主に問われ、サミエルはニッと笑う。
「はいっす。で、メインを考えてるんすが、今日はお勧めどうっすか?」
「それなら新鮮な羊肉が入ってますよ。仔羊なので柔らかくて良いですよ」
羊、子羊の肉。それはこの地の名産であり、調理次第でとても旨くなるものだ。よし、決まりだ。
「俺が使う量あるっすかね?」
「他にも屠殺仕立ての仔羊仕入れてる店ある筈ですので、掻き集められますよ」
任せてください。そう言う様に店主は拳を握った。
「じゃあまた済まんですが、頼んで良いっすか?」
「勿論ですよ。いつもの食堂ですか? お届けしますね」
「よろしく頼んます。いつも助かります」
「いえいえ。それよりも可愛いカピバラさんをお連れですね」
サミエルが担ぐマロに視線を移し、店主は頬を緩ませた。
「昨日から俺の相棒になったんす。能力持ちなんで安心っすよ」
「そうなんですね。こんにちは」
「こんにちはカピ」
店主の挨拶に、マロは眼をくりくりさせて応える。
「これは本当に可愛い。サミエルさん、良かったですね」
「はいっす」
そうしてその商店を離れ、次に野菜の商店、その次にはスパイスの商店を訪ねる。
それぞれの商店で遣り取りを交わし、マロを愛でられ、市場を離れた時にサミエルの両手にあったのは、一部の野菜とスパイスが入れられた袋だけだった。
仔羊の肉もだが、野菜も全てを持っては帰れない。何せ重いのだ。
なので急ぎたいものは肩や両腕に負担を掛けながらも頑張り、後は配達して貰うのだ。
「サミエルさん、何を作られるのですカピか?」
地面に降りて貰ったマロが訊いて来るが、サミエルは悪戯っ子の様な表情を浮かべて言った。
「まだ内緒な」
さて、根回し済みの食堂の厨房に入ると、サミエルは早速下拵えを始める。
マロは厨房の隅に用意した椅子の上でおとなしく。そして食堂の厨房スタッフは、まるで殺気立つかの様な視線をサミエルの手元に注ぐ。
少しでも技術を盗もうとしているのだ。
しかし困った。技術に関しては、恐らく皆とそう変わらない。違うとすれば、やはり味付けなのだ。
サミエルはいつものこの光景に苦笑しながら、それでも下拵えを進める。
まずは鍋に水を入れる。そこに洗った鶏がらを入れ、火に掛ける。
沸くまでの間に玉ねぎと人参を、皮付きのまま丁寧に綺麗に洗う。玉ねぎはへたと根を落として皮を剥き、にんじんも皮を剥く。
終わった頃には鍋がふつふつと沸いて来て、灰汁が出て来るので丁寧に取り除いて行く。
そうして灰汁が少なくなって来たら、玉ねぎのへたと人参の皮、生姜と粒胡椒にローリエを加え、更に煮込んで行く。途中でまた灰汁が出たら取って行く。
作っているのはブイヨンである。
その間に続々と市場から食材が届く。
オリーブオイルを引いた大鍋で、にんにくと生姜の微塵切りを弱火で炒め、香りが出て来たら、薄切りの玉ねぎを入れて塩を振り、淡い飴色になるまで炒めて行く。
次に塩と胡椒、ローズマリーで下味を付けつつ臭み抜きをした、一口大に切った仔羊の肉を加え、表面の色が変わるまで炒める。
そこに一口大のじゃがいもと乱切りの人参を加え、全体にオイルが回る様にさっと炒めたら、赤ワインを入れてアルコール分を飛ばし、しっかりと煮詰まったらブイヨンをひたひたに入れ、煮込んで行く。
次にトマト。湯剥きをして細かく切り、それも大鍋に加えて行く。
さて、スパイスの準備。フライパンにコリアンダー、クミン、カイエンペッパー、カルダモン、ガラムマサラ、ターメリックを入れ、焦げない様に弱火でじっくりと炒っていく。
良い香りが上がって来たら、大鍋に入れる。
スパイスのフライパンをさっと拭ったら、オリーブオイルとバターを熱し、適当にカットしたアスパラガス、芯から切り離したとうもろこしを炒める。
香ばしく炒まったら、オイルとバターごと鍋に入れる。
そうして混ぜて、少し煮込んで最後に味見。良し。
羊肉のカレー煮込みの完成である。
さて、怖い顔でサミエルの手元を凝視していた食堂の従業員たちは、厨房に漂う香りにすっかりと骨抜きにされていた。
「旨そう……」
「すげー良い匂い……」
「早く食べたい……」
そんな心の声がだだ漏れである。そんな様子にサミエルは愉快そうに「はは」と笑った。
「もうちょっと待ってくれな。おっと、でももうすぐ時間か?」
時計を見ると、この食堂の夜の営業開始時間が近かった。
「おう、そろそろだぜ」
従業員に混じってサミエルの手元を見ていた大将が、口を開く。
「多分、もう店の前には行列が出来てるぜ。こっちの準備もバッチリだ。完成してんなら、少し早えーが、店開けんぜ?」
「おう、俺も大丈夫っすよ。大将たちが良かったら開店しちまってください」
サミエルが応えると、大将は大きく頷き、声を上げた。
「よしオメーら、今夜はとんでもなく忙しくなんぞ! 席は品切れまで満席確定だ。キビキビ動けよ!」
「おー!」
従業員が気合いの声を上げ、一斉に動き出した。
「マロ、飯は営業が終わってからな。遅くなっちまって済まんが」
厨房の隅でおとなしくしているマロに声を掛けると、マロは「いえいえカピ」と機嫌ひとつ損ねた様子も無く首を振る。
「いつでも大丈夫ですカピ。それよりもお手伝いが出来なくて申し訳無いのですカピ」
「手伝い、手伝いかぁ〜」
サミエルは考えると、あ、と口を開く。
「外で待っててくれてるお客さんの相手とか出来んかな。暗黙の了解で長居するお客さんはいないから回転は早いんだが、それでも済まんと思うからよ」
サミエルの提案に、マロは顔を輝かせて立ち上がった。
「勿論ですカピ。お手伝い嬉しいですカピ」
「おう。じゃあ頼むな」
「はいカピ!」
マロは元気に応えると、するりと椅子を降りて、ホールへと走って行った。
それと入れ代わりに顔を出したのは大将だった。
「開店したぜ! 当たり前だが満席だ。どんどん用意してくんな!」
「はいよっと」
サミエルは山と積まれた皿から1枚を取り、羊肉のカレー煮込みを盛り付けた。
大量に作った煮込みは、あっと言う間に品切れた。
ホールから響いて来る「うめー!」「美味しい!」「美味しすぎる何これ!」という歓声を聴きながら、サミエルはひたすらに皿に盛り、洗い場の従業員は次々と下げられて来る皿を高速で洗って行く。
ホール係も忙しなく動き、料理を運び、ドリンクを作り、皿を回収し、テーブルを拭き、ホールと厨房を飛び回る。
そうして最後のお客さまが退店された時には、全員で万歳した。
「乗り切ったー!」
「やったー!」
そうして喜び合う従業員を前に、サミエルも達成感を込めた息を吐いた。足元にはマロも戻って来ていた。
「凄かったですカピ。皆さんがサミエルさんのお料理を楽しみにしていましたカピ」
「マロも手伝いありがとうな」
「とんでも無いですカピ」
マロは嬉しそうに眼を細めて小首を傾げた。
「よっしゃ。皆、待たせたな! 賄いと言う名のご馳走だぜー!」
大将が鼻息も荒く声を上げると、従業員も揃って「おー!」と歓声を上げた。
「はいはい。じゃあ並んでくれ」
サミエルが苦笑しながら言うと、表情を輝かせた従業員が皿を手に並び始めた。
従業員と自分たちの分は、煮込みが完成した時に別の鍋に取り置いてあったのである。
さて、従業員全員に大将、そしてサミエルにマロが、羊肉のカレー煮込みを前にフロアの席に。
「じゃ、いただきます!」
「いただきまーす!」
大将の音頭に皆が続き、我先にとスプーンを手に煮込みにがっついて行く。
「やだ、おいしっ……!」
「旨すぎ!」
「お肉柔らかぁい……何これ……」
「何でこんなの作れるんだよ! 旨めー!」
従業員が次々と声を上げる。横ではマロも「美味しいカピ……」とうっとりと眼を細めていた。
そんな彼らを眺めながら、サミエルもスプーンを入れ、口に運んだ。
我ながら素晴らしい味付け。赤ワインとブイヨンで煮込んだ羊肉や野菜は膨よかさを宿し、トマトのバランス良い甘味と酸味を感じ、そしてメインのカレー粉。
独自にスパイスをブレンドしたものであるが、これが刺激と香ばしさを生み、そして赤ワインとブイヨン、トマトと合わさる事で、甘さと旨味を引き出している。
羊肉は煮込まれてほろりと柔らかく、じゃがいもと人参はほっくりと仕上がっている。
アスパラガスととうもろこしは彩りも兼ねてはいるが、やはり味のバランスに必要不可欠なもの。甘さと爽やかさを演出している。
今日も自分好みの味に、いやいや、皆が喜んでくれる味に出来た。サミエルは満足げにスプーンを動かした。
その時。
「サミエル! いや、サミエルさま!」
ドアから飛び込む様に入って来たのはひとりの女性だった。ストールで顔の下半分と頭を隠していたが、サミエルと視線が合うや否やそれらを潔く取り去った。
現れた素顔、それは若く美しかった。そして少しの間の後、従業員のひとりが慌てて立ち上がって叫んだ。
「サリーだ!」
サリーはこの街出身の歌い手である。普段は首都の街ドルドラに拠点を置くが、頻繁に国中を飛び回り演奏会を行なっている。
サリーは確かに美貌ではあるのだが歌唱力も確かで、国の中でも人気の歌姫なのである。
「お、サリーじゃ無いか。帰って来てたんか?」
そんな大物と言えるサリーに、サミエルは立ち上がって気安く応える。するとサリーは途端に膨れっ面になり、サミエルに詰め寄った。
「そうよ休暇が出来たから里帰りよ。そしたら貴方が来てて営業するって言うから! 来ない訳には行かないじゃ無いこんなの!」
「いや、また俺がドルドラの街に行くのを待ってくれたらよ」
「待っていられる訳無いわよ! 私は貴方の料理の虜なんだから、食べられるチャンスは逃さないわ。出来たら私のお抱えにしたいぐらいよ」
その言葉に某悪魔の存在がふっと頭を過ぎるが、もう解決した事だと咄嗟に打ち消す。
「ま、そんな事したら、国民に恨まれかねないからね、我慢するけど。今日も本当に美味しかったわ。直接お礼を言いたくて、営業が終わるまで適当に飲んで待ってたの」
「そりゃあありがとうな。また食ってやってくれや」
「ええ、勿論よ。じゃあね! ご馳走さま!」
サリーは極上の笑顔を残し、上品に手を振って食堂を出て行った。その姿が消えた途端、騒然とする店内。
「あんな大物とあんな気軽に……」
「流石凄げぇなサミエルさん……」
サリーがいる間は流石に皆の手は止まっていたが、また次々と動かしながらそんなひそひそ話。とは言え殆どがサミエルの耳に入って来るので、内緒話でも何でも無くなっているのだが。
ともあれ、今回の営業も無事終了。万が一また呪いを掛けられてしまってもマロがいるから安心だし、無事に旅を再開する事が出来そうだ。
そうしてサミエルは空になった皿を前に、満足げに手を合わせた。
「ご馳走さまっした!」
ありがとうございました!