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月が照らす闇

「ここは、夜空が綺麗ですね」


 外に目を向けて、詩音は呟いた。

 そもそも、無駄な明かりがないのだ。日が落ちれば真っ暗になり、月明かりだけが頼り。


「そうか?……良ければ、少し風に当たりながら眺めにいくか?」


 遥星が、部屋の端から羽織のようなものを二着-ー彼の分と詩音の分-ー持ってきて、一着を詩音に差し出した。詩音はそれを受け取って肩にかけ、彼のエスコートで、窓側にある扉からテラスのようなところに出た。


 目の前には、ただの闇。

 目線を上げると、無数の星が飛び込んできた。

 詩音と遥星はしばらく無言で、その星を眺めた。


「私にとっては当たり前の景色だが、そなたにとっては違うのだな。」


 そう言って遥星は薄く微笑んだ。

 真っ暗な背景に、月明かりのみを浴びた白い端正な顔がなんとも儚げで、詩音は一瞬なんだかわからない不安がよぎった。それを振り払うように、景色の方へ視線を移す。



 こんな電気の明かりのない中で星空を眺めるなんて、いつぶりだったか。中学生の頃、林間学校で見た以来ではないだろうか。今自分の目の前に普通に存在している景色が、人生の中で記憶にある限りたった1回しかないなんて、不思議だった。


 余計な光がないから、星の一つ一つがよく見える。


 虫の声と、草の揺れる音。

 それがいっそう静寂を強調する。


 まるで、おとぎ話の中にいるみたいに幻想的だった。


(っていうか、さっき星を眺めてたらビルから落ちて、いつのまにかここに来てたんだっけ。

 まだ何時間も経ってないはずだけど……)


 星を眺めながら、なんとなく星座を探す。


(あ、オリオン座。これだけは、素人でも絶対見つけられるやつ)


 そしてオリオン座の中心の3つ並んだ点から右上の方向に視線を動かした先に、青白く輝く複数の星の固まりを見つけた。


(あれ、綺麗だな。あの辺って、なんていう星座なんだろう)


 詩音がそう思った時、池の傍の茂みに、星や水面の月明かりとは違う光がチラッと見えた。


(え?う、動いて…?)


「危ないっ!」


 咄嗟に、遥星の前へ身体が動いた。


 鋭い光の元を視界に捉える。

 何かがゆっくりと、こちらに向かって飛んでくる。


(あぁ、まただ。落ちた時と同じような、スローモーションな風景…)


 それが自分の胸元へ現れ、弓矢の矢のようなものだと理解した瞬間、意識が途切れた。




 。.。.+゜*.。.*゜




(ん、まぶし……)


 部屋に差し込む朝日の光で、目を覚ます。

 きっちり閉めたつもりの遮光カーテンに隙間があり、ちょうどそこからの光が顔に当たったようだ。


(あれ!?)


 違和感を覚え、がばっと跳ね起きる。

 昨日の仕事へ行った服のまま、ベッドの上で布団をかけず寝ていたらしいことがわかった。


(夢……?)


 夢にしては、やけに記憶がはっきりしている。


――ビルから落ちて、そこは女の人の上でその人は死んじゃって、なんか古代中国って雰囲気のとこで、遥星っていう名前の男の人とお茶して、その人はその国の皇帝で、外出て星見てたら矢が飛んできて――って、私、二回も死にかけてる?

 そもそも今なんで生きてるの? ……ビルから落ちたところも夢で、実は普通に合コンに参加して帰ってきたとか? そんな酔う程飲んでないけど???――


 頭の中は?????????の波がとめどなく押し寄せてくる。


 ベッドの下を見ると、昨日持っていた鞄が置いてあった。


(やっぱり普通に家に帰ってきてた?)


 財布、スマホ、家の鍵もちゃんとある。

 スマホを開くと、メッセージアプリの通知と着信が溜まっていた。


“詩音、どこー?”

“どうしたの?具合悪い?帰った?”

“とりあえず状況知りたいから連絡ちょうだい”


 全部、同じ秘書課の同僚からだった。

 とりあえず状況確認をしたくて電話をかけると、しばらくのコールの後、彼女が出てくれた。



「詩音!もー、昨日はどうしたの~? 急にいなくなるからびっくりしたよ! 酔ったのかと思ってトイレ行ってもいないしさぁ! 男メンツと抜け出したわけでもなさそうだったし……先帰っちゃったの? なんで?」


 息もつかせぬ怒涛の物言いにちょっと怯む。


「うん、ごめんね。昨日は・・・」


 言いかけて、少し悩む。

 非常階段から落ちたことを、話す?

 いやいや、そしたら無傷なことが信じられないし、不思議な夢の世界の話をされたって困るだろう。


「急に体調悪くなっちゃって、タクシー拾って帰ったんだ。辛くてスマホも見れなくて、連絡できなくてごめん」


 ちょっとした嘘で誤魔化す。


「えー、今はもう大丈夫なのー?」


「うん、大丈夫。それより昨日、その後どうだった? なんか迷惑とかかけちゃってないかな」


「えっとね、詩音連絡繋がらないし、申し訳ないけど急な仕事で抜けたってことにして、そのまま続行したよ~。なんてゆーか、普通に二次会行って連絡先交換して~っていつもの感じかな」


「そっか、それなら良かった。昨日はほんとごめんね! じゃ、また会社で」



 通話を終え、ふぅっと大きく息を吐く。



――うん、そうだよね。

 私なんかいなくたって、世界は普通に回ってく。


 いい大人がいなくなったって、そりゃ探したりもしないよね。同僚や初対面の人間に、必死に探されてもなんか違う気がするし。


 そっか、そんなもんか。


 ふと私が失踪とかしたとしても、しばらくは誰にも気づかれないんだろうな。


 あ、やばいな……なんだろ、これ。


「寂しい」


 かな。


 いや、これは……



 ……あぁ、わかった。



「虚しい」か。

<あとがき>

余談ですが、命の危機に瀕した時に世界がスローモーションになるのは、私の実体験です。昔、車にぶつかりそうになった時にそうなりました。「ぶつかる!」と認識してから、実際にぶつかるまでの間に凄く色んなことを考えたし、避けようとすらした(実際にはよけれる時間はないわけですが)上、少し薄モヤというか視界が白っぽく見えたなぁ、と。


ドラマのようなスローモーションって、本当にあったんだ・・・と思ったものです。同じような経験をした方はいらっしゃいますか?


不思議ですよね。なんでスローになるんだろう 。

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