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 遥星は詩音を抱きかかえたまま、自分の部屋へ戻った。扉はたまたま近くを通りがかった喬に開けさせた。


 部屋の奥の寝台へ詩音を横たえると、「茶でも入れようか」といつもの調子で言ったが、詩音は静かに首を振った。


「すみません、重かったでしょう」


「いや、実は人を抱きかかえたのは初めてなんだが、意外といけるもんだなぁ。ま、兄上程の力はないけどな」


 彼が軽く放った「兄」という言葉に、思わず身体が強ばる。


 その様子を見た遥星は、横になった詩音の腰の近くに腰掛けながら言った。


「兄上に何か、されたか?」



 いっそ、全部話して泣きついてしまいたい衝動に駆られる。

 だが、あの兄に脅された通り、少なからずショックを与えてしまうだろう。それに、彼が自分のことを愛していないとしても、そんな隙を作ってしまったこと、他の男の手垢を付けられたことに、軽蔑の眼差しを向けてくるかもしれない。

 彼にまでそうされてしまったら、本気でこの世界では生きていけなくなる。


「あ、えっと…...あの葡萄酒を出されて、そのことで何か詰問されるかもって考えたら気分が悪くなってしまって。だから、特になにもないです、大丈夫」


「そう、か。怖かっただろう」


 そう言って、詩音の髪をそっと撫でた。

 そうされるのは、初めてだった。

 愛されてはいないのだとしても、嬉しい気持ちがこみ上げてきてしまう自分に戸惑った。


(.....どうしよう、心地いい)


「あの、そういえば、どうしてあの時、お兄様の部屋へいらしたのですか?」


 あの時遥星が来てくれなかったら、どうなっていたか。まさに救いの声だった。


「あぁ、喬が教えてくれてな。二人と一緒じゃないのか、と」


「そうでしたか」


「もう、落ち着いたか? 良かったら、このままそこで寝ていて構わない。ゆっくり休んでくれ」


 そう言って立ち上がろうとした遥星の手を、思わず掴んでしまった。


「あ、」


「どうした?」


「あの.....もう少し、さっきの.....」


「さっきの?」


「頭、撫でて貰えませんか? すごく、安心するんです」



 図々しいお願いだっただろうか。

 だが、形だけのものだとしても、手の温もりが伝わってくることが、今の詩音には救いだった。


「いいよ」と遥星が再び頭を撫でてくれる。

 その言葉遣いが新鮮だな、と思いながら、詩音は目を閉じた。



 次第に詩音の寝息が聞こえてくると、遥星は撫でる手を止めた。

 彼女の少し赤い痕のある手首をそっと手に取り、「嘘が下手だな」と呟いた。



 。.。.+゜*.。.*゜+.



 その夜、詩音は夢を見た。


 幼いころの自分が、母親にしがみついて泣いている。

 お友達に仲間外れにされたことで、涙をボロボロ流す詩音の髪を、母親が優しく撫でる。


「大丈夫よ、詩音ちゃん。あなたはその存在だけで価値があるわ」

「でも、ユキちゃんたちは『しおんちゃんとはあそびたくない』っていった」

「あら、自分の居場所は誰かから与えられるものじゃないのよ。それは自分で作らなくちゃ」

「つくる?」

「自分は自分だって自信を持って過ごしてたら、いつの間にか居場所はできてるし、他人の評価なんて気にならなくなるよ」

「...むずかしくてよくわかんない」

「そうだね、そのうちわかるよ。今は、詩音の居場所はここにあるよ。辛いことがあったらお母さんのところにおいで。いっぱいぎゅーってしてあげる」



 場面は急に切り替わる。


 だだっ広い会議室のようなところに、リクルートスーツに身を包んだ詩音。奥の机には、スーツを着た黄大臣に、知らない中年の男性。


「それで、貴方は弊社でどんな力を発揮してくれますか?」

「はい、MOS相当のPCスキルと、簿記2級資格を持っています。法人営業の経験から、顧客フォローや交渉事、社長秘書の経験から、スケジュール管理や幅広い事務手続きなどお役に立てると思います」

「はぁ、うちには関係のないものも結構ありますねぇ。それに、スキルとしては使えることもあるかもしれませんが、皇后としての十分条件ではありませんね。他の人間でも補充が可能です。」

「.....皇后として、何をすればいいのでしょう?」

「それは自分で考えてください」



「おかあさーん.....」

「はいはい」

「ぎゅーってして~」

 子供の自分を母親が抱きしめる。

「なにをしたらいいか、わからないの」

「そうねぇ、詩音ちゃんは、何かなりたいものはある?」

「なりたいもの?」

「そうなるために、何をする必要があるか、考えてみたら?」

「うーん.....」





「遥さまの、大事な人になりたい」


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