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義兄

 ある日の夕方、後宮へ戻るために(きょう)と本殿の廊下を歩いていると、後から詩音を呼び止める声がした。


「おーい、詩音ちゃーん!」


 遥星の兄、佑星だった。


 佑星はいつものチャラチャラした様子で、遥星と三人で話したいことがあるから付いてきて欲しい、と言って、「あ、君はもういいよ。あとは俺か弟が送ってくから」と、喬を追い払った。


 佑星に付いていくと、いつもの遥星の部屋とは別方向に進んでいる。どこへ行くのかと問うと、「俺の部屋」とのことだった。遥星も、そっちにいると。



 この人は、詩音のことを疑っていた。

 十中八九、三人で話というのは罠なような気がする。

 だが、仮にそうだとしても逃げる術が思いつかず、従うしかなかった。


「どーぞどーぞ入って~」と先に入室させられ、佑星が後ろ手でドアを閉める。


 そこに、遥星の姿はなかった。


(ほらー、やっぱりね! そうだよね! くそ!)


 わかってはいたとはいえ、どう対処したものか。

彼は詩音があの日話を聞いていたことには気付いていなかったはずだ。

 こちらとしても、とぼけてみるしかないと思った。


「あの、陛下は?」


「まだみたいだね、後から来るよ」


 これから、何を言われるのだろうか。

 怖い。とにかく怖い。 


「そうそう、こないだの葡萄酒、もう一本あったんだ。一緒に飲もうよ」


 そう言って机の上にご丁寧に用意してあった酒瓶を手に取り、飲み物用の器に注ぐ。


 この前は白だったが、今度は赤だ。

  完全に試しに来てる。


(何この赤い液体、とか驚くべきなんだろうか...いやでも不自然すぎるかな)


「……陛下のいないところで男性と二人でお酒を飲むわけには参りません」


「もうすぐ来るって、いいじゃんいいじゃん」


「陛下が来たら、いただきます」


「固いねー.....もう少し穏便に行きたかったんだけど、仕方ないか」


 頑として折れない詩音に苛立ったのか、佑星がぼそっと呟き、葡萄酒を口に含んだ。


 そして立っている詩音の側まであっという間に距離を詰め、腰を引き寄せ顎を掴み、唇を重ねた。

 閉じた歯を舌でこじ開けられ、ぬるい液体が流れ込んでくる。


 突然のことに目を見開く詩音に、「この味、知ってる?」と笑いかけてくる様子に、戦慄が走る。

 かっとなって右手をあげたものの、あっさりとその手首を掴まれ、逆に身動きを取れなくさせられた。


 詩音は精一杯の力で抵抗しているが、向こうは全然力を入れていなさそうなのにビクともしない。


「.....何を、するんですか」


「君の企みを、知りたくて」


 佑星はニコニコしたまま、至近距離で囁く。


「企み? そんなものありません。それにどうしてこんなこと」


「こんなことって?」


 佑星は不敵な笑みを浮かべ、腰を抱えていた方の手の指一本で背筋から足の付け根までをツーっとなぞる。


 ビクンと身体が震え、一瞬全身の力が抜ける。その隙に、壁際まであっさりと追い詰められた。


「へぇ、いい感度してんじゃん。やっぱり処女じゃねぇよなぁ」


 どうして突然、こんな侮辱をされなければならないのか。

 詩音は真っ赤な顔に涙を浮かべ、精一杯の反論を試みる。


「いくらお兄様とはいえ、皇帝の妻になんてことを」


「ははっ。その皇帝とはまだ何もしてないのに? 大恋愛の末に召し抱えられたっていうのに、どういうことかなぁ? 勿体ぶるような身体でもねぇだろ、あんた。

 しかもあんた、日中あいつの部屋に入り浸ってるらしいな。なのに、そういうことをしているわけでもない。むしろ逆に何をしてるわけ?」


 いくらなんでも、酷い言われようだ。


「...お掃除など、雑用を」


「は、皇后サマがわざわざ雑用?何のために? なんか探してる情報でもあるんじゃねぇの?

 ちょっと調べさせてもらったんだけどね、城下で君のことを知ってる人、1人もいなかったんだよね。随分周到に足がつかないようにしてるなーって」


 口調こそ普段とあまり代わっていないが、弾丸のように責められ、何より冷たい目に射抜かれ、身動きが取れない。


「ほら、言えよ。もっと酷いことされたい?」


 そう言って、服の上から胸元を掴み、言葉とは裏腹にそっと親指を滑らせ、優しく弾いた。


「……くっ」


 小さく声を上げてしまった詩音は、そのことを恥じる気持ちもあって佑星をきっと睨んだ。


「だからって、どうしてこんなこと.....」


「はは、感じてるくせに強がっちゃって。女を自白させるには、こういうやり方が一番かなって。少なくとも殴るより効果高いんだよね~。

 逆もまた然りじゃねぇの? (よう)を利用したいならまずこの身体を使うもんかと思ってだけど、なんかの切り札としてでもとってあんの?」


 佑星がさらに身体を触ろうと手首を離した一瞬の隙を、詩音は見逃さなかった。


「やめてください!!!」


 大声で叫んで、その場にしゃがみこむ。

 これ以上、心も身体も侮辱されることに、耐えられなかった。



 その時、部屋の外から声が聞こえた。


「兄上? .....詩音も、そこにいるのか?」


 遥星だった。


 佑星がちっと舌打ちして、詩音の耳元で囁く。


「ま、あんたが何か変なことしたら、俺が黙ってないから。よく覚えとけよ。

 それから、分かってるだろうけどあいつには言うなよ。兄に先に手を出されましたなんて、ウブなあいつには刺激が強過ぎるだろうからなぁ。あんたに幻滅することは間違いないしな」


 そう言って扉の方へ向かった。



「遥! そろそろ迎えに行こうと思ってたんだ」


「.....詩音の叫び声が聞こえたけど、何?」


「今一口酒を飲ませたら急に具合悪くなっちゃったみたいで。介抱しようとしたら叫ばれちゃった。夫以外に触られたくないとか、身持ちの堅い奥さんで良かったね~」



 詩音はその場にへたりこんだまま、佑星と遥星の会話を遠くに聞いていた。佑星の嫌味もなにもかも、もうどうでもよかった。


「入るよ」「どうぞ~」


 つかつかと遥星がこちらに歩み寄り、目の前で屈む気配がした。詩音はゆっくりと、顔を上げた。


「大丈夫か?」


「遥さま.....」


 涙が出そうになるのを、なんとかこらえる。


「兄上、何を飲ませた? どんな粗悪な酒を」


 立ち上がった遥星に、佑星は机の上の瓶を持ち上げて見せた。


「これだけど? 葡萄酒の、色が違うやつ。いる?」


 それを見て、遥星ははっとした。

 佑星の方に向き直り、静かに口を開く。


「兄上、話しておかなければならないことがある。明日の朝、時間を貰えるか」


「へーい」


「詩音、立てるか?」


 差し伸べられた手を掴み立とうとしたが、身体が持ち上がらない。詩音が混乱していると、遥星がすっとしゃがみこみ、詩音の背中と膝裏に手を入れ、抱きかかえた。


(お、お姫様抱っこ.....!)


 拒否しようにも、下半身がうまく動かない。あわあわしていると、「手が動くなら掴まってくれ」と言われ、その通りにした。




――この人は、優しい。

でも。


この状況をどこまで理解したのかわからないけど、

.....怒ってはくれないのね。


愛した女がこんなことになってたら、怒りも沸いてくるのが普通だと思うけど、

所詮、形だけの妻だもんね。


お兄さんには逆らえないみたいだし、私はどうせその程度の存在ってこと。

 

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