皇帝の立場
――ふぅん、そんな背景があったんだ。
それにしても、大臣といい兄といい、彼の評価は随分高いみたい。
でも、兄の方は上手いこと言って、押し付けてるだけのような気も……。
「.....詩音」
衝立の向こうから、遥星が顔を覗かせる。
考え事をしていた詩音の体が、ビクッと飛び跳ねた。
「話は聞こえてしまっただろう、なんていうかその.....すまなかった。不快だったろう」
「あ、えと.....」
そりゃ、不快でしたけど。なんて正直に言えるはずもなく、ただ否定もできず、曖昧に誤魔化す。
「私、疑われてたんですね」
「あぁ、兄はチャラチャラしてるように見せて人に近付いて、実に他人をよく見ている。勘が鋭くて、疑い深い」
「それと.....遥さまが皇帝を継いだのって、そういう事情があったんですね。初めて、知りました」
その話題に、遥星は呆れたように肩をすくめる。
「ま、押し付けられたってやつだな。昔っから兄上には逆らえないんだ」
それはそうなのかもしれないけど。
昨夜のことも重なって、詩音はどうしても何かを言わずにはいられなかった。
「.....それで、いいんですか?」
例によって、遥星は「何が?」という顔を返してくる。
「不本意だからって、適当に仕事をするとか、やっぱりやめたっていいとか、そんな簡単に立場を投げ出そうとしていいんですか?」
――何を偉そうに言ってるんだろう。自分は大した仕事をしてきたわけでもないのに。
頭の片隅でそう思いながらも、口が動くのが止められない。
「引き受けたからには、真剣に取り組む義務があると思います。遥さまは、自分がこの国の皇帝だって、胸を張って言えますか? 」
「....別に私が偉そうにしなくたって、国は回っているぞ。優秀な臣下達が、それぞれ動かしているから、私が口を出すことはあまりない」
――そんなの。優秀な人が多ければ多い程、トップにカリスマ性がないと、簡単に瓦解するのに。
いずれ派閥に分かれて争って…歴史の上でも現代の普通の企業でも、終わることのない話だ。
「何もできない皇帝と思われて、悔しくないんですか」
「またその話か? 悔しいからという理由で偉ぶるのか?」
2日連続で似たようなことを言われ、さすがに遥星も少しムッとした様子で言葉を返す。
「だから偉そうにするとか、そういう話じゃなくて!」
「はぁ、ちょっと疲れた。.....詩音、昨日からどうしたんだ? 理屈っぽいというか.....なんか、大臣と話してるみたいだ」
「.....っ! もういい!!」
詩音はおもむろに立ち上がり、部屋を飛び出した。
出てすぐのところで、誰かにぶつかる。
「あ、ごめんなさい」
「橘夫人? どうしました?...泣いているのですか?」
喬だった。
「あ、いや、なんでもないの」
「陛下と喧嘩でもなさったのですか。後宮へお戻りになるなら、お送りいたしますが」
どうしよう。
何も考えずに部屋を飛び出してきてしまったが、後宮へ戻る気にはならない。かといって遥星の部屋へは戻れないし、今は気持ちを落ち着けたい。
「もしよろしければ、とっておきの場所があるんです。ご案内しましょうか?」
よくわからないけど、後宮や執務室以外に行けるならどこでもいいと思い、従うことにした。
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一人にならない為にこの部屋に来ていたのに、と追いかけてきた遥星は、後宮とは違う方向に歩くく詩音を見つけた。声をかけようとして、彼女が一人でないことに気付く。
「あれは、喬……?」