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失望と混乱

「では、そなたに一応納得してもらえたところで、これからのことを話そうか」


 遥星は、お茶を淹れ直してから改めて席について言った。


「まず、そなたの立場についてなのだが――、私の正室、別の言い方をすれば皇后、ということになる。まぁ、他に側室もおらぬし実質たった一人の妻なのだが」



 ――そうだよね、こういう時代の皇帝だったら、たくさんの側室を持つのが当たり前で、正室はそれを束ねて…とか聞く。たくさんの側室を束ねるとか勘弁して欲しいし、他にはいないのは助かるか。



「ただ、そなたは我が国や周辺国の人間ではないから、余計な勘繰りや妬みの対象となる可能性も高い。それには、耐えられるだろうか?」



 変な質問をしてくる人だな、と詩音は思った。 


 人に無理くり皇帝の妻という立場を押し付けておいて、どうして耐えられるか、とか聞くのか。

 この状況において詩音には反論や拒絶の権利はないはずであるし、なんら意味のないことではないか。



(…この人は、皇帝の権力を意識しているのかしてないのか謎だなぁ。わがまま甘ったれ僕ちゃん風でも、人に対する気遣いは持ち合わせてるみたいだけど)



「それについては、やってみなければわからないかと。心構えだけは、しておきます」



 詩音は、歯切れの悪い返事をした。

 これも、社会人経験の為せる所業かもしれない。


 見通しが明らかでないことについては、「できる」と断言するのがどうも(はばか)られる。ついつい、どう転んでもいいように予防線を張ってしまう自分を、若くないと感じてしまった。 



「そなたは慎重だな」と遥星が呟いてから、次の話題に切り替えた。



「そして、そなたの出自についてだが…『どこぞの見知らぬ世界から突然降ってきた』と言うわけにもいくまいと思ってな。追及されてもぼろが出ないような、設定を決めたいと思うのだが、どうであろうか」



「設定、ですか。…そう、ですね」



 その言葉に、改めて自分はこの世界では異物なのだな、と思う。ここでは、私の今まで育ってきた歴史はなかったものと同じ。



 皇后となる、『これから』の為だけに、鎧を(まと)う。



「詩音、気を悪くしたか?すまないな。

 これからそなたが、ここで過ごしやすいように必要かと思ったんだが」


 遥星は詩音が複雑な思いを抱いていることに気付いたのか、フォローを加える。


 詩音は慌てて返事をした。



「あ、いえ!その、設定といっても、どのような方向で考えたらいいのか悩んでしまって。

 いくつか必要な条件をまず一緒に挙げてみませんか」



 それから、二人はそれぞれが思いつくまま、出自の設定を考えた。

 ある程度まとまった条件は、次の通りである。


 ----------------------------------------------------------

 1.この国や外交の状況については全く知らないこと

 2.この国の人間が知っている可能性のない国出身とすること

 3.元の国ではある程度の地位や家柄があった前提とすること

 4.その地位を捨てるだけの理由があり、

   かつそれがこちらの国で拒絶されるものではないこと

 ----------------------------------------------------------


 1.2.については、遥星以外の人間と会話するときに、困らないように。自分が知らないことが多かったり、逆に詩音の知識が相手に通じなかったりした時に、盾となる。

 3.については、詩音が漢字の知識や、秘書の仕事をしていたことが所作や会話などから知られたときに、不都合がないように。

 4.は、祖国を脱する必要があった理由づけをしつつ、例えば犯罪など、皇后としての立場を脅かすものでないと証明できるように、ということで考えた内容だった。



「とりあえず、これを満たすような人物像を練ってみましょうか」


 二人は、うんうん唸りながら、しばらく話し合った。


家柄と逃げてきた理由については、


「中流程度の貴族で、政略結婚の話が来た時に、耐えきれず国を飛び出した」


というような形で良いのではないか、ということになった。



「あの。出身国はこことは遠く国交がない、ということですが、そうするとこの国へ入ってくる手段すらないような気がするのですが。歩いて入国できる位の近さなら外交関係にあるはずですし。


 それに、遠い国ですと、使用している言語が違う可能性があるのではないでしょうか」



 詩音は引っかかっていた疑問を提起した。



「うーん.....大陸は、広い。前にも言ったように、この国は私で二代目だ。この形になる前に諸国乱立時代があり、その前はとてつもない広さの国が統一していた。

現在国交がなくても、言語や文化などは割と共通していると言えよう」


(そういえば.....)


 詩音は、万里の長城を思い浮かべた。


 ここが本当に古代中国なのかもわからないが、そうだと仮定して、確か万里の長城は何千kmだかなんだかだったような記憶がある。

 この国の広さはわからないが、それほど大きくないとすれば、かなり広範囲まで言語は届いているのかもしれない。


とりあえず、彼の言う通りなら言語の問題はなんとかなりそうだ。


 次いで、出身国については、特定のどこかを設定するのではなく、事情があって話せないことにするか、いっそのこと記憶喪失ということにしたい、と伝えた。


「ふむ.....もう少し詳しく説明してくれるか」


 遥星の返答を受けて、詩音は自分の考えを説明する。


「例えば、国の方角や国内の様子などヒントになるような情報を出してしまうと、探られてボロが出る可能性があります。

 先程、『妬まれるかも』というお話がありましたが、そういう対象となるならば、開示する情報は最小限とするのが得策かと思います。どこから足を引っ張られるかわかりませんから。

 また、黙秘するというのも、間者であると疑われる要素になり得ます。

 とすると、記憶を無くしたーーということにするのが、周囲からの探りに答える必要がなく、一番都合が良いと私は思います」



それを受けて、遥星が感心したような顔で詩音を見つめ返す。



「さすがだな。皇后となった後の周囲の状況まで想定してものを考えられるとは。

 そなたはこの国の人間を私の他に知らないというのに、大したものだ」


 なんか、褒められました。


「これでも、秘書ですので」


 悪い気はしないが、どういう顔をしていいかわからずにぶっきらぼうに答える。


 物事のパターンはできるだけ多く想定し、特にマイナスの要素はぶつかる前に回避できるようにしておきたい。それに、人間なんて世界が変わったって大体同じだと思うし、何処の馬の骨とも分からないぽっと出の皇后に対して抱く感情や行動なんて、ある程度の想像はつく。


 社長秘書として大した仕事はしていないと思っていたが、意外とこういう時に役に立つ所作は習得できていたのかもしれない。


「ただ、黙っていたところでも間者だと思われることはあるかもしれないがーー」

「そうですね。まぁ、脅されても自白もできない、という状況が作れればいいのです」


遥星は満足そうに頷いた。




そうして、詩音の偽プロフィールは決まった。


----------------------------------------------------------

・どこかの外国の貴族の娘で、結婚が嫌で家と国を捨てて逃亡

・帝都に入る荷物に紛れて入国

・移動のショックか精神的なものか記憶をなくしており、

 自分の名前と"全てを捨てて逃げてきた"ということくらいしか思い出せない

・お忍びで街へ降りていた遥星と会って恋に落ちた

・その後は城下で生活しながら、時々密会

----------------------------------------------------------



貴族とか婚約者とかを考えた意味がなくなったが、記憶喪失って、本当に使いやすい設定だな、と思った。

 何か不都合なことをつっこまれても、すべて知らぬ存ぜぬで通せばいい。被害者ぶることだってできる。


 回避チートとして、昔から数多の創作物で使われていることも納得だった。

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