仔犬のお願い2
詩音が呆れた目で遥星を眺めていると、それに気付いているのかいないのか定かではないが、うるうると子犬のような目でこちらを見つめてくる。
詩音は軽い溜息をついてから、それに答える。
「それって、そもそも私に拒否権ってあるんですかね?」
「いや、受け入れてくれないと私が困る! どうか、私を助けると思って! 頼む、形だけでいいから!」
(なんなの、この展開…)
詩音も、相手が皇帝だと知りつつも、この一連の流れでついついぞんざいな言葉遣いをしてしまう。
しかし、遥星はそんな態度を取られていることを気にも止めず、泣き落としのような真似をしてくる。
詩音は、思わずこめかみを押さえて考えた。
……そもそも。こんな人だったのかっていうショックが大きくて。
もうちょっとスマートな感じの人だと思ってたのに。
さっき私がドキッとしちゃったの、取り消していいですかね?
あの場で彼がかばってくれなければ、不審者として捕らえられていたのはほぼ確実だろう。
それに、この世界で過ごすには、この「お願い」を拒否してしまったら、自分に居場所なんてないだろうことは容易に想像がつく。
不安要素は多いけど、ここにいる限り、一番偉い人であるこの人の傍にいれば、何かに不自由したりすることはない。はず。
「わかりました。あなたの妻、に、なります」
妻、という言葉に気後れを感じ、詩音は少しどもりながら答えた。
詩音がそう発すると、今にも泣きそうな目で懇願していた遥星の顔が、ぱぁっと明るくなった。
そう、ほんとに、「パァァ」っていう擬音がぴったりで、周囲にキラキラが飛んでそうな感じ。
「本当か、詩音! ありがとう、ありがとう!」
遥星は詩音の両手を外側から包み込み、ブンブンと上下に振った。
――ま、どーせ夢か妄想かなわけだし。
我ながら随分あっさりと「妻になる」とか言ってしまったと思った。
同時に、同僚の言葉がこだまする。
『結婚までの道のりって遠いなーって思う。つかめんどくさい。どっかから条件ピッタシで私だけを愛してくれるイケメン、降ってこないかな』
道のりもなにも、すべてをすっ飛ばしてしまったようです。金持ちっていうか皇帝だしイケメンだけど、降ってきたのは私の方。
そして、愛なんて概念すらなさげ。
いいのか、これ?
生まれて初めてされたプロポーズが、こんなボンボンの自己都合100%なものなんて…
残念すぎるでしょ。
ま、現実でだって、待っててもされる予定はさっぱりなんですけどね。
あれかな、結婚の予定がなさすぎるあまり、「手っ取り早く結婚させてやろ、しかも玉の輿」とかの神の悪戯的な感じで、そういう夢を見させられてるのかも。
詩音が頭の中でぐるぐると考えていたところに、突然頬に触れられる感触があった。
ずっと手を握っていたためか、若干汗をかいた掌がしっとりと肌に張り付く。
!?
「やっと表情が出てきたな」
言っていることがよくわからず、彼の方を見上げる。
「初めて会った日も、さっきまでも、ずっと表情が硬いままだった。今、困ったように顔をくるくるさせてただろう。人間らしくて、可愛い」
(かわっ……!?)
そんなこと何年も言われていない詩音は、頬が一気に熱を帯びた。
「はは、赤くなった」
(は!?)
もうパニックだ。
さっきまで呆れていた相手に、何故か翻弄される。
迂闊だったか。
古臭い言葉で言えば、男日照りすぎて、耐性がなくなっているのかもしれない。
これから一体どうなるのか。
早すぎる心臓をぎゅっと押さえた。